重なる月

志生帆 海

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第7章 

解きたい 1

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「Soil、目線こっちに向けて」

 カメラのシャッター音が、カシャカシャと心地良くスタジオに響いている。

 その音に躰を委ねるように躰を動かして行く。

 こうやって眩しいほどの照明を浴び、カメラのレンズの前でポーズを決めていくと、自然と体中が高揚していく。

 昔から撮られるこの瞬間が好きだ。なりたい自分になれるような気がして、そうなれるようにとテンションをどんどん高めたくなる。軽い汗も心地良い。やはり俺はモデルの仕事が好きなんだと実感する瞬間だ。

 それに今日はカメラマンもスタッフもいつもより嬉しそうで、活気がある。それというのも涼があの事故以来やっと撮影に復帰したからだ。結局、涼は事故で怪我してしまったせいで、二週間以上も休むことになってしまった。
 
 今でもあの日……俺を庇ってくれた涼の真剣な眼差しが忘れられない。

「いいねー今日はのってるね。あっ涼くん準備できた?」
「あっはい!」

 涼の涼やかな声がスタジオに響くと、皆嬉しそうな歓声を上げた。

「よしっ!  じゃあSoilの横に入って」

 涼が俺の方に向かって真っ直ぐに歩いて来る。俺は久しぶりにまともに涼の顔を見た。

 卵型の理想的な曲線を描く輪郭に、栗毛色の艶やかな少し長めの前髪がかかっている。

 肌色は白いが決して弱弱しくなく、頬は健康的な血色を保っている。二重の目は切れ長で潤む程に澄んでいて、整った鼻梁、薄い上品な唇は桜貝のように色づいている。

 男にしては綺麗すぎるが、かといって女っぽい感じでもない。凛とした清潔感のある雰囲気で満たされている。小顔でバランスが良い躰……醸し出すしなやかな若々しさは、まさにモデルとして理想的だろう。

 背はモデルとしては少々低めだが、それがまた涼の可愛らしい雰囲気に花を添えているようだった。やっぱり美人だな。本当に俺とは真逆の容姿だ。

 あの病院で崔加洋と出会ってから、気まずくて涼の前に顔を出せなかった。退院の時も花束をマネージャーに持って行ってもらうだけで、きちんと助けてもらった礼も言えていない。

 本当に大人げない。

 年若い涼の方がよっぽど堂々としているものだ。涼の方もきっとあの騒動の話を聞いているのだろうに。涼と目が合うと少しだけ戸惑ったあと、また以前のように、ニコっと微笑んでくれた。

「Soilさん、お久しぶりです。僕のせいでこの撮影を延期してもらってすいません」
「……いや……もう傷はいいのか。あの時はありがとう。……助けてくれて」
「もうすっかり癒えました。ほらっ」

 そう言いながら、あの時ぶつけて血を流していた額を微笑みながらちらっと見せてくれた。
もう傷痕も目立たなくなっていて、ほっとした。

 それにしてもやはり似ているもんだな。あの日、呼び出して涼に似せてメイクさせた『崔加洋」の顔と涼の顔。だが俺はもう見間違えたりはしないだろう。なんというか……天使のように澄んだ笑顔で透明感があるのが涼ならば、あいつは深い湖のような悲しみを湛えた人間だ。かといって弱弱しくなく凛と気高かくて……あの日のあの撮影……悔しいが目が離せなかった。

「Soilさん? 大丈夫ですか。撮影始まっていますよ」
「あっ……ああ」

 俺としたことが、あいつのことを考えるとどうも調子が狂ってしまう。

 いずれにせよもう一度きちんと会うことになるだろう。きっと近いうちに、きっと連絡があるだろう。

****

「洋、弁護士とも相談して、手続きの書類などはすべて整ったよ。……陸くんにそろそろ連絡するか」
「丈、本当にいろいろありがとう。そうだね、俺からしてみるよ」
「待て、絶対に今度はひとりでは会うな。私も同席するからな」
「……うん、分かった」

 あれから数日後、丈にそう言われた。本当に『崔加』の籍を離れ、この月影寺の息子として……丈と同じ籍に入れるのだろうか。あまりに突然の申し出、そして丈のお父さんやお兄さんたちがこんなにも温かく俺を受け入れてくれることに、まだ少し戸惑っていた。

 でもこれというのも「夕凪」と「夕さん」が残してくれた、語り継がれて来た切なる想いのお陰だと思うと、すべてが上手くいくような気がした。

 陸さん…… あの義父さんと血の通った実の息子の彼と会うのは、正直少しだけ躊躇われる。あの日突然受けた彼の口づけの熱さを、まだ俺は覚えているから。彼が……父親の二の舞を演じるようなことがあっては、絶対にならない。

 受話器を持つ手が震えてしまうが、この一歩を踏み出さないとすべては始まらない。唇を噛みしめて、受話器を握りしめた。

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