重なる月

志生帆 海

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第7章 

重なれば満月に 8

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「翠兄さん、酒でも飲みませんか」
「あぁ流か」

 酒をお盆に乗せて、弟の流が僕の部屋に久しぶりにやってきた。

「なんだか久しぶりだな。お前とこうやって酒を交わすのは」
「そうですね。ふぅ、それにしても肩の荷が降りましたね。なんだかほっとしましたよ」
「あぁ本当に半信半疑で受け継いだ話が、まさかこんな風に現実になるとはな。今頃、丈と洋くんは夕さんの墓の前に着いただろう」

 流が注いでくれた酒をぐいっと飲み干し、窓の先の下弦の月を見上げると、急に雲に隠れたようで闇夜となっていた。

「不思議な夜だな。僕はお前と以前こうやって月を見上げたような気がするよ」
「兄さん……俺も同じことを感じていました」

 眩しそうに流も月を見上げた。受け継がれた話の湖翠と流水という兄弟は、僕たちの祖先であると同時に前世であったような気がしてならない。それは夕さんと夕凪の切なる願いのせいなのだろうか。

 悲しい想いを繰り返さないように……幸せになるための手助けを、僕たちは確かに受け継いでいたのだ。

「でも兄さん、夕凪はその後どうなったのですか。この寺にずっといたのでしょうか」
「いや……それについては、まだよく分からない」
「そうなんですね。それにしても洋くんを初めて庭先で見た時、平静を装いながらも心の中では驚愕しましたよ。ずっとずっと写真の中にいた青年が、突然写真から抜け出て来たのかと思うほど似ていたので」
「そうだね。僕も部屋で初めて会った時、数珠を落としそうになったものだ」

 私達兄弟が父から受け継いだ話と写真……特にその写真の中に写っていた夕凪という美しく儚げな青年を一目見た時から、この子を守ってやらないといけないという強い庇護欲にかられていたのだ。

「洋くんは幸せになれるでしょうか」
「あぁこの世で必ず幸せにしてやりたい。僕たちもついている。そうなれるように導き、守ってやろう」
「そうですね。でもなんだかすべて片付いてしまうと目標を失ったようで少し寂しいですね」

……
でも……兄さんがいれば寂しくないのです。
だからずっと俺を傍に置いて下さい。
……

 今、流が考えていることが僕の胸にじんわりと温かく伝わって来た。僕より人懐っこく親しみのある笑顔を浮かべる弟の流、僕もお前がいるから寂しくない。

 だがその言葉は永遠に表に出すことはないだろう。心の中で「同じ気持ちだ、だから安心していい」と答えていた。

****

「洋、また泣いているのか」

 部屋に戻り、共に褥に入っても洋の目はまだ潤んでいた。小さく震えている肩を抱き寄せ、優しくなだめるように擦ってやる。

「だって……丈……なんかまだ信じられなくて」
「籍のことか」
「あぁ……本当にいいのか? 」
「当たり前だ。もう兄達の了解も取ってあることが。もちろん手続きには役所へ行ったり弁護士に間に入ってもらったりと事務的なこともあるが…それは明日以降考えよう」
「ありがとう、丈」
「お礼なんていいんだよ。君が笑ってくれるなら。さぁもう泣き止め」
「これは嬉し涙だ」
「そうか……それならば遠慮しなくていいな」
「えっなに? 」

 胸に顔を埋めていた洋が不思議そうに見上げて来たので、その美しい形の唇を奪い取った。角度を変えて吸い上げ潜り込み…何度も何度も深い口づけを交わした。

「んんっ……丈っちょっと待って……苦しい」

 息苦しそうに洋が顔を反らして喘ぐが、止まらない。

「我慢していた……これでもさっきから」


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