450 / 1,657
第7章
重なれば満月に 7
しおりを挟む
その時、地面がぐらりと揺れたような気がした。
「なんだ? 」
そのまま目の前の光景が幕を閉じたように一瞬で暗くなったので、焦ってパチパチと瞬きをした。すると今度は眩いばかりの月光が、突き刺すように天空から差し込んで来た。
目を細め夜空を見上げれば、大きな下弦の月が手に届きそうな程近くにぽっかりと浮かんでいた。
月は船だった。
その船には人が乗っていた。
雲の波を避け星の林を避けながら、遠い過去、そのまた前の世界からこの船はやってきたのだ。時空を超える旅をしてきた。何故かそう頭の中で冷静に理解していた。
眩いばかりの光線を発する月の船には、浴衣に羽織を着た和装の青年が乗っていた。
「誰だ……君は? 」
俺の声に反応したらしく若い青年が、はっと俺を見降ろした。
長い睫毛の下で揺れる儚げな瞳、薄い桜色の唇。
この顔に見覚えが……これは見慣れた俺の顔だ。
「君は……俺なのか」
青年にも俺が見えるらしく、目を見開いて驚いていた。
「君は……俺なのか」
二人の言葉がぴったりと寄り添うように重なっていく。
俺は片手を月に触れるほど高く伸ばした。その時、隣に立っていた丈に呼び止められた。
「洋、どうしたんだ? 」
「あ……あれ…丈には見えるか。あの月の船が……」
「いや残念ながら、何も見えない。月は雲に隠れ今は闇夜だ」
「そうなのか……今、ここに来ているんだ。あの青年……俺の前世の夕凪が」
「なんだって? 」
俺は、丈と握りあっていた手にギュッと力を込めた。
「夕凪……俺達を見てくれ。俺は今とても幸せなんだ。俺は丈とこれから籍を共にし、ずっと一緒に過ごす約束をしたばかりだ。だから安心してくれ」
そう改めて口にすると、自然と俺の頬は緩んでいった。すると俺の表情をじっと見つめていた青年も、白き花が舞うようなたおやかな優しい微笑み返してくれた。
「君は幸せなんだね……君が幸せなら良かった。俺も幸せになりたい……君が幸せならば、それが希望の光となり、俺を導いてくれるだろう……ありがとう。君に出会えて良かった」
消えそうな寂しい笑みが少し心配になった。
君も俺と同じような理不尽に躰を奪われてしまったのか……まさか……そうなのか。
「諦めないで欲しい。幸せになると願って欲しい。それが今の俺の幸せにつながるのだから」
夕凪に触れてみたいと思い背伸びして手を必死に伸ばすが、月の船にはどうしても触れられない。
やがて雲の波がまたやってきて、船は再びゆっくりと動き出した。
「行ってしまうのか……夕凪っ」
「君は、俺の名前を知っていたのか。では、君の名は……」
その時船が大きく白波に乗り、再び天高く一気に上昇してしまった。
月を挟んだ邂逅だった。
信じられない出来事だった。
夕顔さんの和歌が夕凪を呼んだのか。
君に会えて嬉しかった。
空を見上げれば、月は元の位置に戻って頭上で輝いていた。下弦の月は、まるで船のようだ。
胸の中に熱いものが広がって、じわっと涙が込み上げてしまう。
丈と進む道、これで間違っていない。
俺は夕凪のためにも幸せになりたい。
「洋、大丈夫か。月が戻って来たな。夕凪は……もう行ってしまったのか」
「うん、もうここにはいない」
「……そうか私も会いたかったな」
「丈っ俺達、幸せになろう! 夕凪のためにも」
「もちろんだ、洋。愛しい君と共に、この先私は生きていく」
「俺も同じ気持ちだ。あの下弦の月に誓って」
切なる願いを、俺は夜空に託した。
「なんだ? 」
そのまま目の前の光景が幕を閉じたように一瞬で暗くなったので、焦ってパチパチと瞬きをした。すると今度は眩いばかりの月光が、突き刺すように天空から差し込んで来た。
目を細め夜空を見上げれば、大きな下弦の月が手に届きそうな程近くにぽっかりと浮かんでいた。
月は船だった。
その船には人が乗っていた。
雲の波を避け星の林を避けながら、遠い過去、そのまた前の世界からこの船はやってきたのだ。時空を超える旅をしてきた。何故かそう頭の中で冷静に理解していた。
眩いばかりの光線を発する月の船には、浴衣に羽織を着た和装の青年が乗っていた。
「誰だ……君は? 」
俺の声に反応したらしく若い青年が、はっと俺を見降ろした。
長い睫毛の下で揺れる儚げな瞳、薄い桜色の唇。
この顔に見覚えが……これは見慣れた俺の顔だ。
「君は……俺なのか」
青年にも俺が見えるらしく、目を見開いて驚いていた。
「君は……俺なのか」
二人の言葉がぴったりと寄り添うように重なっていく。
俺は片手を月に触れるほど高く伸ばした。その時、隣に立っていた丈に呼び止められた。
「洋、どうしたんだ? 」
「あ……あれ…丈には見えるか。あの月の船が……」
「いや残念ながら、何も見えない。月は雲に隠れ今は闇夜だ」
「そうなのか……今、ここに来ているんだ。あの青年……俺の前世の夕凪が」
「なんだって? 」
俺は、丈と握りあっていた手にギュッと力を込めた。
「夕凪……俺達を見てくれ。俺は今とても幸せなんだ。俺は丈とこれから籍を共にし、ずっと一緒に過ごす約束をしたばかりだ。だから安心してくれ」
そう改めて口にすると、自然と俺の頬は緩んでいった。すると俺の表情をじっと見つめていた青年も、白き花が舞うようなたおやかな優しい微笑み返してくれた。
「君は幸せなんだね……君が幸せなら良かった。俺も幸せになりたい……君が幸せならば、それが希望の光となり、俺を導いてくれるだろう……ありがとう。君に出会えて良かった」
消えそうな寂しい笑みが少し心配になった。
君も俺と同じような理不尽に躰を奪われてしまったのか……まさか……そうなのか。
「諦めないで欲しい。幸せになると願って欲しい。それが今の俺の幸せにつながるのだから」
夕凪に触れてみたいと思い背伸びして手を必死に伸ばすが、月の船にはどうしても触れられない。
やがて雲の波がまたやってきて、船は再びゆっくりと動き出した。
「行ってしまうのか……夕凪っ」
「君は、俺の名前を知っていたのか。では、君の名は……」
その時船が大きく白波に乗り、再び天高く一気に上昇してしまった。
月を挟んだ邂逅だった。
信じられない出来事だった。
夕顔さんの和歌が夕凪を呼んだのか。
君に会えて嬉しかった。
空を見上げれば、月は元の位置に戻って頭上で輝いていた。下弦の月は、まるで船のようだ。
胸の中に熱いものが広がって、じわっと涙が込み上げてしまう。
丈と進む道、これで間違っていない。
俺は夕凪のためにも幸せになりたい。
「洋、大丈夫か。月が戻って来たな。夕凪は……もう行ってしまったのか」
「うん、もうここにはいない」
「……そうか私も会いたかったな」
「丈っ俺達、幸せになろう! 夕凪のためにも」
「もちろんだ、洋。愛しい君と共に、この先私は生きていく」
「俺も同じ気持ちだ。あの下弦の月に誓って」
切なる願いを、俺は夜空に託した。
10
お気に入りに追加
445
あなたにおすすめの小説
【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語
ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ……
リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。
⭐︎2023.4.24完結⭐︎
※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。
→2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)


そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

代わりでいいから
氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。
不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。
ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。
他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。
六日の菖蒲
あこ
BL
突然一方的に別れを告げられた紫はその後、理由を目の当たりにする。
落ち込んで行く紫を見ていた萌葱は、図らずも自分と向き合う事になった。
▷ 王道?全寮制学園ものっぽい学園が舞台です。
▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず)
▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。
▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。
▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。
▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる