重なる月

志生帆 海

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第7章 

重なれば満月に 6

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「それで丈、この墓は一体誰の墓だよ?  いい加減に教えてくれ」
「この墓はだな、ここに刻まれている『夕顔』という名前の女性のものだ」
「……夕顔? 」
「あぁかつてこの寺に苦難を抱えて駆け込んで亡くなった女性で『夕さん』と呼ばれていたそうだ」
「えっ……夕(ゆう)と?」

 なんて奇遇な、それは俺の母の名と同じだ。まさか丈の実家に寺に『夕』と名乗った女性の墓があるなんて、不思議な縁もあるものだ。そう思いながら丈の顔を見つめると、まだ言いたいことがあるような曇った表情を浮かべていた。

「丈、母と同じ名を名乗った方の墓だなんて縁があるんだな。他に何かあるのか」
「洋、驚かずに、この写真を見てくれないか」

 丈が差し出した古びたセピア色の写真を灯篭の灯りにかざすと、そこには俺がいた。

 なっ! なんて似ているんだ……そっくりだ。

 まるであの日の洋月のように……俺と同じ顔の人物。
 一体なんだ? こんな展開聞いていない。

 写真を持つ手が小さく震えてしまう。

「丈っこれは一体? この人は誰だ?」
「この墓に眠る夕顔さんの息子だ。夕凪というそうだ」
「一体どういうことだ? まだあったのか。過去から縁が……洋月とヨウだけじゃなかったのか。俺たちの前世は」
「分からない。だがこの写真の人物は洋と瓜二つなのがすべてを物語っている気がしてならない」
「なんてことだ!」

 このことは一体何を意味するのだ。
 母と同じ名前を持つ人の墓がある。
 その息子は俺と同じ顔をしている。

 夕顔……夕……夕凪……とは?

 動揺してしまう。
 何をどうしたら……どうすべきか。

 そんな俺の狼狽を丈が察知して、背後からぎゅっと落ち着かせるように抱きしめてくれた。

「洋、落ち着け。私に考えがある。これは以前からずっと考えていたことだ。先ほど兄たちに許可ももらったばかりなんだ。聞いてくれるか」
「……何? 」

 緊張が走る。

 丈がこんな風に改まって何かを提案してくるなんて。
 良いことなのか、悪いことなのか判断がつかないよ。

「洋、私と正式に籍を入れないか」
「えっ」
「残念ながら日本国内において同性結婚は法的に認められていない。だが、それでも洋にはもう『崔加』という名字から離れて欲しい」
「ど……どういうことだ? 」
「つまりこの張矢家の養子とならないか。兄達も大歓迎だと言ってくれている」
「丈っ……」

 これってプロポーズなのか。あのアメリカの…船上での約束を思い出す。

 丈からの突然の申し出に驚いた。いつも冷静な丈が俺のために、ここまで考えていてくれたなんて驚いた。

 本当は俺もいつまでも自分を凌辱した人の姓を名乗るのが嫌だった。その度に思い出すから。あの日の悲劇を……いつまでもトラウマとなって俺を苦しめる出来事を。

「もう洋は『崔加』という姓から離れてもいい頃だ。崔加氏の実の息子の陸さんと今回、出会ったのも、私の決断のきっかけとなった」
「丈がそこまで俺のことを考えてくれていたなんて……驚いてしまって……なんて答えたらいいんだ?」
「洋……駄目か。俺の家に来ないか」

 ふっと丈はいつもの余裕そうな笑みを浮かべ、俺の肩を抱き寄せてくれた。

「養子縁組をしたら、洋はお母さんのお墓をここへ移せばいい。この夕顔さんの隣に、きっと、すべてうまくいくよ。この夕顔さんが導いてくれる。そんな気がするから」
「丈っ、丈……ありがとう。俺のために、そこまで考えてくれていたなんて、嬉しくて嬉しくて……うっ……ぐすっ…」

 もう我慢できない。

 丈の胸に縋るように抱きついて、久しぶりに泣きじゃくってしまった。

「やれやれ……洋はいつまでも泣き虫だな。だが、最近は随分男らしくなってしまって、私は少し不満だった。こうやってたまには存分に頼って甘えてもらえるのも嬉しいよ」

 背中をなだめるように擦ってくれる丈。そんなことを言う丈が大好きだ。
 俺には丈がいる。俺のことをこんなに真剣に深く考えてくれる丈がいる。
 そのことが幸せで、幸せで……涙と共に笑みが零れ落ちた。

「さぁ洋、まずは夕顔さんにお参りをしよう。そして願おう。この人の息子の夕凪くんの幸せを」
「あぁ。本当にそうだな」

 二人で墓の前にしゃがんで、合掌した。
 そしてお経の代わりに和歌を復唱した。

「天の海に 雲の波たち月の舟 星の林にこぎ隠る見ゆ……」

その時ぐらりと地面が揺れた様な気がした。





****

本日更新分は「夕凪の空 京の香り」の71話『月影寺にて 7』の対の物語です。


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