重なる月

志生帆 海

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第7章 

重なれば満月に 5

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「その方の名は夕顔さんで、この寺では『夕さん』と呼ばれていたそうだ」
「夕さん……ですか」

 なんだって……それは確か洋の亡くなった母親の名前ではないか。一体これは何を意味しているのか。この写真に写る洋にそっくりな人物、そしてその母親の名前に「夕」とつく。今まさに何かが繋がろうとしているのか。何かが迫ってくるような緊迫した気配をひしひしと感じていた。

「兄さん、墓の場所を教えて下さい。今から行って来てもいいですか。洋を連れて行きたいです」

「そうするといい。洋くんにも見てもらうといい。この不思議な縁が繋がるかもしれない 」

****

 離れの私達の部屋に戻ると、洋はいなかった。

「風呂に入っているのか」

 私は明かりもつけずに窓辺に腰かけて、洋の帰りを待った。暫くすると廊下を静かに歩く足音が聴こえ、そしてすぅっと襖が開いた。

「あれっ丈、どうした? 明かりもつけずに。先に風呂に入らせてもらったよ。すっきりしたよ。丈も入ってくる? 」

 この寺で過ごすようになって、洋は風呂上がりにはいつも浴衣を着るようになっていた。今日はその濃紺の浴衣姿に、先ほど写真に写っていた和服姿の夕凪という青年の姿が重なっていく。

 本当に良く似ている。
 同じ顔……同じ背格好。

 こんなつながりもあったなんて、私も洋も予期していなかった。

 この寺に私が洋を連れて来た意味が、理由が……まさかこんな風に明かされるとは。

 それにしても風呂上がりの洋の頬は血色良く桃色にほんのりと上気し、濡れた髪の毛が細い首に貼り付いている様子も艶めかしく、壮絶な色気を感じてしまった。

「丈、どうした? ぼんやりしているが、何かあったのか」
「あ……いや……なぁ洋、今から一緒に行きたい所があるのだが……いいか」
「ふぅん、なんだか珍しいな。丈がこんな時間に俺を外に誘うなんて。一体何処へ行くつもりだ? 」

 洋が不思議そうに優しく微笑みながら小首を傾げる。そんな仕草は幼子のようにあどけなく、艶めいた中に穢れなき清潔な香りを漂わせている。

「おいで」
「うん」

 裸足に下駄を履き、手には灯篭を持って、洋の手を引いて庭に出た。先ほどの下弦の月が浮かんでいる夜空の下、寺の庭園をそっと通り抜けるとすぐに広大な墓地に出た。

「……丈……なんだか夜の墓地は少し怖いな。一体何の用事だ? 」

 不思議そうな声を浮かべる洋の手を無言で引いて更に中へと進む。墓地の一番奥の左から四番目の墓だと兄達には聞いていた。

「この墓だ」
「ここ? 」

 細目で青みを持つ落ち着いた石目が特徴の墓石の周りには、季節外れの白き花がたおやかに、一輪だけ寄り添うように揺れていた。

「あれ? 綺麗な花は咲いているよ」
「そうだな、おそらく……これは※夕顔の花だ」
「あ……ここに何か文字が彫ってあるよ。灯篭を近づけてみてくれないか」

 灯りを近づけると、文字が浮き上がるように見えた。その墓石に彫刻されている文字を、洋がそっと指で辿って読み上げていく。



****

天の海に 雲の波たち月の舟 星の林にこぎ隠る見ゆ

万葉集・柿本朝臣人麿
現代語訳・天の海に雲の波が立ち月の船が星の林に漕ぎ隠れていくのが見えるよ

歌の内容は「天」を「海」、「雲」を「波」、「月」を「船」、「星」を「林」に見立てて詠んだ壮大な一首です。

****

「これは……和歌だね」
「そうだな。壮大なスケールの和歌だ」
「本当に」

 本当に、見上げれば頭上に広がる濃紺の空は、まさに海のようだ。所々に浮かぶ雲はまるで白波で、ぽっかりと浮かんでいる下弦の月は舟というわけか。

 今私たちは何か大きなものに導かれて、二人手を取りあってこの地に立っている。

 そう思う何かが起こりそうな予感に満ちた夜だった。




※夕顔の花…夕顔の花は、夕方に花を咲かせ、翌日の午前中には枯れてしまいます。この様子から、「はかない恋」「夜の思い出」という花言葉が付けられました。「魅惑の人」「罪」は、源氏物語に登場する夕顔の君のエピソードに由来します。

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