重なる月

志生帆 海

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第7章 

下弦の月 6

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「じゃあ涼、退院まで大人しくしていろよ」
「安志さん、ありがとう。それと山岡も……」
「あぁ月乃、早く大学にも来いよ」
「うん」

 正直、涼の思い切ったカミングアウトには驚いた。涼はただ若くて可愛いだけじゃないんだ。本当にそういう潔いところにますます惚れてしまう。
 
 病院を出るとすっかり夜になっていて、辺りが暗くなっていた。興奮して火照った躰にまだ少し肌寒い外気が心地良く、少し歩きたい気分になった。

 その時、一緒に病室を出て来た山岡くんに、背後から声を掛けられた。

「えっと鷹野さんでしたよね。駅まで話しながら行きませんか」
「あぁもちろん」
「あの……俺、正直言うと少しだけ複雑です」

 それは、もっともな話だ。まだまだ日本ではカミングアウトする人なんて少ないだろうし、ましてそれが大学の親友だったのだから。だが何を言われても涼を守る、俺はそう覚悟を決めている。

「そうだよな。君を驚かせて悪かった」

 彼は少し悔しそうな表情を浮かべた。

「あいつ、あんな外見だから大学でも女にもモテモテなんですよ。ついでに男にも」
「……そうだろうな」
「俺もあいつのキラキラ輝いているところに憧れていた部分もあって」
「……」
「でも相手があなたで良かったのかもしれない」
「……そうか、そう言ってもらえて嬉しいよ」
「悔しいけど……」
「えっ? 」
「でも女と付き合っちゃうよりましかな。ははっ」

 そう言いながら、山岡くんが白い歯を見せながら屈託なく笑ってくれたので、ほっとした。

「しかし鷹野さんも心配ですよね。あんな可愛い恋人だと。俺、大学で悪い虫がつかないように見張っていましょうか」

 本当にそうしてもらいたい位だ。涼は俺に抱かれてから、一層その輝きを増したような気がする。育ちがいいせいか素直ですぐに人を信じてしまいそうで心配だ。もちろんそれが涼の良いところでもあるのだが。

「それにしてもまだまだ寒いですね。春も近いのに」
「あぁ結構冷えるな」

 それから彼が伸びをしながら夜空に目をやったので、俺もつられて見上げてみた。空にはちょうどナイフで半分に切ったような月が冴え冴えと浮かんでいた。

「今宵はlast quarterか」
「へぇあの月のことそう呼ぶのか。あれってただの半月だよな」
「そうですよ。満月が段々と欠けてきて新月に向かう時の半月のことをラストクォーターと言うんです。確か日本では、下弦の月とも」
「へぇ……下弦か」

 なんだか初めて聞く言葉に洋の顔が浮かんだ。彼の寂し気な横顔、潤んだ目元。幸せからいつも一歩外にいる洋のことを。

「他には、first quarter って言葉もありますよ。俺はこっちの方が明るくて好きだな」
「えっと、それは?」
「満月に向かう時の半月のことで、日本では上弦の月と」
「へぇ詳しいんだな」
「向こうではよくキャンプに行っていたので、皆で天体観測をしたので自然と覚えちゃて」
「そうか……涼もそんなこと言ってたな」

 下弦の月が洋ならば、上弦の月は涼だ。

 欠けては必ず満ちていく、月のような二人。

 双子のようにそっくりな顔を持ちながらも、性格は陰と陽。一人では心もとないのに、二人揃えば満月になる。

 そうだ、だから……洋は大丈夫なんだ。今回は涼は傍にいてくれる。涼が傍にいてくれれば、洋は欠けたままじゃない。きっと今回のことも無事に解決する。

 そう思える確かなものを、夜空に浮かぶ下弦の月からもらったような気がする。

「山岡くんいいこと教えてくれてありがとう! 俺も精一杯、涼のこと大切にする! とても大事な出会いだったから……俺達は」

 そう面と向かって、はっきりと告げることができた。

「ははっ俺が入り込む余地ないですね。二人の間には」

****

「ん……?」

 夜中にふと目が覚めた。

 あぁ酔いつぶれて寝てしまったのか。あのまま。昨日は散々だったな。我ながら……

 ソファでうたた寝してしまった俺には、肩口までブランケットが掛けられていた。こんな風にまめに世話を焼いてくれるのはあいつしかいない。

 暗闇に目を凝らすと、テーブルの上にキラッと光りを反射しているものがあった。手を伸ばすと空の眼鏡だった。眼鏡には高層階の大きな窓に浮かぶ月が映り込んでいた。

 今日のような暗く重たい月のことを、下弦の月と呼ぶそうだ。満月からどんどん欠けていく月はどこか頽廃的でゾクゾクする。

「空……どこだ? 」

 暗闇に目が慣れてくると、空が頭をソファに乗せたまま眠っているのが見えた。躰は絨毯に投げ出して、随分窮屈そうな恰好だ。

 なんでこんな場所で?ちゃんと客用のベッドで寝ればいいのに……あっそうか、俺が酔っぱらって引き留めたのか。

「空……」

 空の眼鏡を外した顔、久しぶりに見たな。男のくせに睫毛が長く、落ち着いた端正な顔してるんだよな、こいつ。いつもこんな眼鏡で隠して勿体ない。こんな状態でもネクタイを首元までしっかりと締めた姿に苦笑してしまった。窮屈そうだ。本当にもう少し気を許せっていってるのに……せめて俺の前では。

「おい、そんなところで寝ていると風邪をひくぞ」
「……」

 手を引っ張って起こそうとするが、どうやら深い眠りのサイクルに入ったらしく、びくともしないので、横抱きでベッドへ連れて行くことにした。

「ほら、行くぞ」

 抱き上げると、俺より一回り小さいその躰はふわりと宙に浮いた。お前、こんなに華奢だったのか。こんなに頼りなさげだったか。空はいつだって、俺の言うことに同調してくれ優しく頷いてくれるから、必要な時だけ頼って、要らない時は放置していた。だから空が何を思っているかなんて関係なかった。

「悪かったな。いつも振り回してさ」

 何故だか急に空に悪いことをしているような妙な気持ちになり、心がざわついた。

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