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第7章
下弦の月 2
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月影寺に帰るなり呼ばれて兄の待つ部屋に入ると、翠兄さんと流兄さんが険しい顔を正座していた。珍しく流兄さんが作務衣でなく袈裟を身に着けている。
こうして端正で麗しい長兄と凛々しく精悍な次兄が並んで僧侶の姿をしていると圧巻だ。
「丈、お前に聞きたいことがあってな。洋くんのことで何か隠していることがあるんじゃないか」
「……」
「それはきっと洋くんの口から決して言えないことだな。そして丈、お前もたやすく人に相談できないことなのだろう」
「翠兄さん何故……」
「ここからは兄としてではなく、この月影寺の僧侶として相談に乗ろう。洋くんの迷いや悩みを、思い切って私たちに話してみないか。秘密は守る」
兄達の目は真剣だった。
「そうだよ、丈。お前ひとりで抱えるには大きいことなのだろう? ここは駆け込み寺でもあるのだから。俺たちは何を聞いても、洋くんとお前のことを見捨てたりしない」
「……流兄さん」
もしも洋が義父に凌辱されてしまったことを兄たちに話してしまえたら、相談に乗ってもらえたら……どんなに気が楽になるかと、ここに戻ってから、実は何度か心が揺らいでいた。
「感じるんだ。洋くんは怯えている。大きなものにまた巻き込まれそうになって苦しんでいる。いかなる時も自分一人でなんとかやっていこうと健気だが……このままではもっと大きな災厄に巻き込まれてしまうぞ」
「洋くんは、もしかしたら一度死を覚悟したことがあるんじゃないか」
「翠兄さん、何故それを」
「うん、彼の放つ気から感じる」
確かにあの時、私のことを諦め死んだように義父と生きる道を選びそうになっていた。もしかしたら本当の死をも選んでいたかもしれない。
だがそれは義父がアメリカで銃に打たれ下半身不随となったことにより、また洋の慈雨によって一旦解決したかのように見えた。だがそのしがらみも、時を経れば、また形を変え、人を替え何度も洋に襲い掛かって来ているのが現実だ。
今度は義父の実の息子が洋を恨んでいる。今日は何事もなかったようだが、彼の恨みがそんなに簡単に晴れないことを私は知っている。そして彼が洋を見つめる眼……あの口づけの意味も不安で堪らない。
洋には言えなかったが、何か良くないことが起きないかと不安が募るばかりだ。
四六時中私が洋を守るわけにもいかないし、洋もそれを願っていない。最近はただ守られるのではなく、逆に洋も大切な人を守りたいと思っているようだ。洋の自尊心を傷つけずに、どうやって解決していけばいいのか、実は八方塞がりだった。
「丈、よく聞きなさい。ここ日本は自殺者が本当に多い。だが、人はそう簡単には死ぬことはできない。そこに至るまでに沢山苦しんでいるのだ。その間に何とか救いの手を掴んで欲しい。だから救いの手を求めるのは悪いことじゃないんだよ。救いを求めるのは、本人からだけでなく、その近くにいる人からでもいいのだ」
「私から、救いの手を求めてもいいのですか」
「私達二人が僧侶であることも、ここが駆け込み寺という異名を持つことも何か君たちの役に立てないか」
「兄さん……」
「さぁ安心しろ、俺たちは何がなんでもお前たちを幸せに導いてやるから」
なんと心強く頼もしい兄たちなのだろう。洋にはいない兄弟の力。それを私を通じて分けてやりたい。
洋が一番知られたくない秘密を漏らしてしまうようで心苦しくもありながら、兄達に縋りたい気持も、どんどん溢れて来てしまった。
兄達を信じている。だから許して欲しい。私たちの過去からの縁を繋ぎ、必ずこの現世で幸せになりたい。だから告白しよう。私から……
「……兄さん、実は……洋は5年前に、育ての親……つまり義父からレイプされています」
こうして端正で麗しい長兄と凛々しく精悍な次兄が並んで僧侶の姿をしていると圧巻だ。
「丈、お前に聞きたいことがあってな。洋くんのことで何か隠していることがあるんじゃないか」
「……」
「それはきっと洋くんの口から決して言えないことだな。そして丈、お前もたやすく人に相談できないことなのだろう」
「翠兄さん何故……」
「ここからは兄としてではなく、この月影寺の僧侶として相談に乗ろう。洋くんの迷いや悩みを、思い切って私たちに話してみないか。秘密は守る」
兄達の目は真剣だった。
「そうだよ、丈。お前ひとりで抱えるには大きいことなのだろう? ここは駆け込み寺でもあるのだから。俺たちは何を聞いても、洋くんとお前のことを見捨てたりしない」
「……流兄さん」
もしも洋が義父に凌辱されてしまったことを兄たちに話してしまえたら、相談に乗ってもらえたら……どんなに気が楽になるかと、ここに戻ってから、実は何度か心が揺らいでいた。
「感じるんだ。洋くんは怯えている。大きなものにまた巻き込まれそうになって苦しんでいる。いかなる時も自分一人でなんとかやっていこうと健気だが……このままではもっと大きな災厄に巻き込まれてしまうぞ」
「洋くんは、もしかしたら一度死を覚悟したことがあるんじゃないか」
「翠兄さん、何故それを」
「うん、彼の放つ気から感じる」
確かにあの時、私のことを諦め死んだように義父と生きる道を選びそうになっていた。もしかしたら本当の死をも選んでいたかもしれない。
だがそれは義父がアメリカで銃に打たれ下半身不随となったことにより、また洋の慈雨によって一旦解決したかのように見えた。だがそのしがらみも、時を経れば、また形を変え、人を替え何度も洋に襲い掛かって来ているのが現実だ。
今度は義父の実の息子が洋を恨んでいる。今日は何事もなかったようだが、彼の恨みがそんなに簡単に晴れないことを私は知っている。そして彼が洋を見つめる眼……あの口づけの意味も不安で堪らない。
洋には言えなかったが、何か良くないことが起きないかと不安が募るばかりだ。
四六時中私が洋を守るわけにもいかないし、洋もそれを願っていない。最近はただ守られるのではなく、逆に洋も大切な人を守りたいと思っているようだ。洋の自尊心を傷つけずに、どうやって解決していけばいいのか、実は八方塞がりだった。
「丈、よく聞きなさい。ここ日本は自殺者が本当に多い。だが、人はそう簡単には死ぬことはできない。そこに至るまでに沢山苦しんでいるのだ。その間に何とか救いの手を掴んで欲しい。だから救いの手を求めるのは悪いことじゃないんだよ。救いを求めるのは、本人からだけでなく、その近くにいる人からでもいいのだ」
「私から、救いの手を求めてもいいのですか」
「私達二人が僧侶であることも、ここが駆け込み寺という異名を持つことも何か君たちの役に立てないか」
「兄さん……」
「さぁ安心しろ、俺たちは何がなんでもお前たちを幸せに導いてやるから」
なんと心強く頼もしい兄たちなのだろう。洋にはいない兄弟の力。それを私を通じて分けてやりたい。
洋が一番知られたくない秘密を漏らしてしまうようで心苦しくもありながら、兄達に縋りたい気持も、どんどん溢れて来てしまった。
兄達を信じている。だから許して欲しい。私たちの過去からの縁を繋ぎ、必ずこの現世で幸せになりたい。だから告白しよう。私から……
「……兄さん、実は……洋は5年前に、育ての親……つまり義父からレイプされています」
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