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第7章
隠し事 17
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「空? やっぱり変だぞ」
「なっ……なんでもないよ」
陸のこんなスキンシップはいつものことなのに、思わず身を引いてしまった。
今日は……今、触れられたら、僕はおかしくなる。歯止めが効かなくなる。長年何のために親友として傍で見守っていたのか意味がなくなってしまう。
引きつった笑顔をなんとか浮かべ、懸命にぎこちない雰囲気を断ち切ろうと努力した。
「なぁ陸、少し飲もうか」
「あぁそうだな。今日はとんだオフになったしな、赤ワインでいいか」
「ああ……」
危なかった。陸が洋くんにキスなんてするから、僕の気持ちまでこんなに乱れて、苦しくなって……胸元を掻きむしりたくなる程もどかしい。
「陸、また潰れんなよ」
「ははっ、空は大人しそうな顔して酒強いからな。ほら」
ワイングラスに今にも零れそうな程、並々と注がれた赤ワインを手渡された。
「これ、いれすぎだ」
「俺とお前だ。畏まるなよ。一気に飲みたい気分なんだ」
「ふっ……」
薄い硝子は柔らかなカーブを描き何故だかひどく官能的だ。ワインの赤い色に、洋くんが流した血を思い出してしまう。痛々しい傷を作っても、口から流れた血すら美しく見えた。
陸が洋くんに求めたのは、肉親としての血、それとも……
酒が進めば、陸の口もどんどん饒舌になってくる。普段閉ざした心が開放的になるのだろう。
「くそっ、もっと憎たらしい奴だったら良かったのに。あれじゃ……本当になんで俺を庇うんだよ。涼もあいつも二人して必死に」
「この先洋くんのこと……どうするつもりだ? 」
「あ? あぁあいつのことか……なぁ反則だよな。あの顔……」
「うん、涼くんにそっくりだった。いやもっと綺麗っていうか」
涼くんは瑞々しい美しさで溢れているが、洋くんはまた違った雰囲気だ。静かな湖面に浮く月のように、誰もが憧れて手を伸ばさずにはいられない。危うさ脆さを醸し出していて、吸い込まれるように皆、その魅力に囚われてしまうのではないか。陸ですら……あんな行動に出てしまったのがいい例だ。
それにしても何故僕たちがずっと探していた崔加氏の新しい息子が、洋くんだったのか。僕は洋くんに叶わない。完全なる敗北を認めざる得ないよ。
気が付くと無言でワインを随分飲んでいた。ソファには陸が横になって今にも眠りにつきそうになっていた。
「陸……眠いのか。そんな所で寝たら風邪ひくぞ」
「……あぁ……もう眠い、空も適当に泊まっていけよ」
案の定、陸の方が先に酔いがまわってソファでうたた寝をし始めた。こうなってしまうと、もう陸は朝まで起きないのを過去の経験でよく知っている。
「陸……おやすみ」
大きな躰に温かい毛布をそっとかけてやり、その端正な横顔を見つめた。照明を落とした室内ではその彫りの深さが一際目立っていた。ほんと恰好いい奴……僕の憧れだよ。
さっき陸がしようとしてくれたように、そっとその頬を撫でてみる。指先がきりっと整った唇にあたると同時に、急に何とも言えない悲しみが込み上げてきてしまった。
僕がずっと欲しかったこの唇なのに……あんなに簡単に、僕の前で洋くんにあげちゃうなんてひどい奴だよ、君は。
「……」
ほとんど無意識に次の瞬間、陸の唇に自分の唇をそっと重ねていた。ワインの香りが仄かに漂う、温かい唇だった。何度も何度も想像した通りだ。冷たそうに見えても、やっぱり温かいんだな。
「ん……」
陸が突然起きそうになったので、はっと身を起こした。
「……よ…う?」
まだ夢の世界にいるはずの陸の口から発せられた言葉は、一番聞きたくないものだった。
「うっ……」
その瞬間僕の目から涙がぽろりと零れて、陸の頬を濡らした。
「なっ……なんでもないよ」
陸のこんなスキンシップはいつものことなのに、思わず身を引いてしまった。
今日は……今、触れられたら、僕はおかしくなる。歯止めが効かなくなる。長年何のために親友として傍で見守っていたのか意味がなくなってしまう。
引きつった笑顔をなんとか浮かべ、懸命にぎこちない雰囲気を断ち切ろうと努力した。
「なぁ陸、少し飲もうか」
「あぁそうだな。今日はとんだオフになったしな、赤ワインでいいか」
「ああ……」
危なかった。陸が洋くんにキスなんてするから、僕の気持ちまでこんなに乱れて、苦しくなって……胸元を掻きむしりたくなる程もどかしい。
「陸、また潰れんなよ」
「ははっ、空は大人しそうな顔して酒強いからな。ほら」
ワイングラスに今にも零れそうな程、並々と注がれた赤ワインを手渡された。
「これ、いれすぎだ」
「俺とお前だ。畏まるなよ。一気に飲みたい気分なんだ」
「ふっ……」
薄い硝子は柔らかなカーブを描き何故だかひどく官能的だ。ワインの赤い色に、洋くんが流した血を思い出してしまう。痛々しい傷を作っても、口から流れた血すら美しく見えた。
陸が洋くんに求めたのは、肉親としての血、それとも……
酒が進めば、陸の口もどんどん饒舌になってくる。普段閉ざした心が開放的になるのだろう。
「くそっ、もっと憎たらしい奴だったら良かったのに。あれじゃ……本当になんで俺を庇うんだよ。涼もあいつも二人して必死に」
「この先洋くんのこと……どうするつもりだ? 」
「あ? あぁあいつのことか……なぁ反則だよな。あの顔……」
「うん、涼くんにそっくりだった。いやもっと綺麗っていうか」
涼くんは瑞々しい美しさで溢れているが、洋くんはまた違った雰囲気だ。静かな湖面に浮く月のように、誰もが憧れて手を伸ばさずにはいられない。危うさ脆さを醸し出していて、吸い込まれるように皆、その魅力に囚われてしまうのではないか。陸ですら……あんな行動に出てしまったのがいい例だ。
それにしても何故僕たちがずっと探していた崔加氏の新しい息子が、洋くんだったのか。僕は洋くんに叶わない。完全なる敗北を認めざる得ないよ。
気が付くと無言でワインを随分飲んでいた。ソファには陸が横になって今にも眠りにつきそうになっていた。
「陸……眠いのか。そんな所で寝たら風邪ひくぞ」
「……あぁ……もう眠い、空も適当に泊まっていけよ」
案の定、陸の方が先に酔いがまわってソファでうたた寝をし始めた。こうなってしまうと、もう陸は朝まで起きないのを過去の経験でよく知っている。
「陸……おやすみ」
大きな躰に温かい毛布をそっとかけてやり、その端正な横顔を見つめた。照明を落とした室内ではその彫りの深さが一際目立っていた。ほんと恰好いい奴……僕の憧れだよ。
さっき陸がしようとしてくれたように、そっとその頬を撫でてみる。指先がきりっと整った唇にあたると同時に、急に何とも言えない悲しみが込み上げてきてしまった。
僕がずっと欲しかったこの唇なのに……あんなに簡単に、僕の前で洋くんにあげちゃうなんてひどい奴だよ、君は。
「……」
ほとんど無意識に次の瞬間、陸の唇に自分の唇をそっと重ねていた。ワインの香りが仄かに漂う、温かい唇だった。何度も何度も想像した通りだ。冷たそうに見えても、やっぱり温かいんだな。
「ん……」
陸が突然起きそうになったので、はっと身を起こした。
「……よ…う?」
まだ夢の世界にいるはずの陸の口から発せられた言葉は、一番聞きたくないものだった。
「うっ……」
その瞬間僕の目から涙がぽろりと零れて、陸の頬を濡らした。
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