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第7章
アクシデント 12
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北鎌倉へ向かう電車の中で、俺は自問自答していた。
丈に今日のことを話すべきか否か、かなり揺らいでいた。
病院に駆けつけて来た安志には話せなかった。涼があんな状態の時に俺のことで余計な心配をかけたくなかった。それにまずは丈に相談してからと思った。
安志には何か感じることがあったのか、最後まで心配そうに俺のことを見つめていたのに……ごめんな、安志。心の中で詫びた。俺の問題なんだ。いつだって俺ばかり迷惑かけている。もう今度こそ大丈夫だと思った矢先に、脆く崩れていく幸せを感じてしまった。
義父さん──
どうして俺に教えてくれなかったのですか。あなたには奥さんも子供もいたのに、どうして捨ててしまったのか。そこまで母のことが……。Soilさん……いや陸さんは、俺と同年代ですよね。あなたはどんな気持ちで血の通った息子を捨てて俺と暮らし、挙句の果てに……俺を抱いたのですか。
車窓に流れていく暗黒の世界に問いかけるが返事はない。答えも見つからない。
「まもなく北鎌倉です」
アナウンスによって現実に一気に引き戻されてしまった。
── 丈にはまだ話せない ──
すべてを話すのは陸さんからの要求次第だ。そう勝手に自分勝手な結論を出してしまった。その答えが丈を失望させることだって分かっているのに、どうしようもない。知らなかったとはいえ長年父の愛情を一心に注がれて生きて来たのは事実だ。たとえその愛情が歪んでいたとしても、愛情の一種だったには違いないのだから。陸さんとそのお母さんの人生を奪った代償は、俺が償わなくてはいけない。
そうだろう……母さん。あなたがもうこの世にいない今…それが出来るのは俺しかいないじゃないか。
こんな俺の心のうちを丈が知ったら軽蔑するだろう。悲しむだろう。それは分かっているのに許して欲しいなんて……でもどうか、もう少し考える時間を。
「洋、大丈夫だったか」
駅の改札を出ると、すぐに丈が近づいて来た。心配そうな表情にますます罪悪感が募ってしまった。
「あぁ電話では、取り乱してごめん」
「本当に大丈夫か」
「さっきは動揺していたんだ。丈の顔見たら、ほっとした」
本心だ。本当にほっとしてくる。そして逆にこの丈との生活を守り抜きたくなった。
「顔色悪いな」
「んっ……涼が痛々しくて」
「洋も疲れただろう、ほら車に乗れ」
「ありがとう丈、そして……ごめん」
「おかしな奴だな。何を謝る?」
丈が怪訝な顔をしたので、慌てて取り繕った。
「いや……あっその……クリームパン買えなくて」
「あぁ、あれは洋の好物だろ? 」
「丈も好きなくせに」
「私が好きなのはクリームパンを食べた後の甘い洋だ」
「くくっ、そう言うと思った」
ごめんな、丈。
いずれはちゃんと話すから。まずは陸さんの要求を聞いてからでもいいか。彼が何を望んでいるのか、ちゃんと知りたいんだ。
いつも守られてばかりの俺だったから、俺にも丈とその家族を守らせて欲しい。
どうしようもなくなったら、ちゃんと話すから……
そう心の中で何度も詫びていた。
****
エレベーターの鏡に映る俺の顔は、柄にもなく青ざめていた。
「顔色悪いな」
それもそのはずだ。ずっと探していた父を奪った奴を、とうとう見つけたのだから。それにしても、どうしてあの顔なんだよ。俺が可愛がっている涼と双子みたに鏡みたいにそっくりな顔しやがって。くそっ今日はなんて日だったんだ。いろいろありすぎだ。
涼が俺を命がけで庇ってくれたのに、その涼と同じ顔をした人物が俺がずっと憎んでいた相手だったなんて何の因果だ。
部屋に戻ると照明がついていて、空がスーツ姿のままソファに心配そうな顔で座っていた。
小学校からの腐れ縁の空にはこの部屋の鍵を渡してある。マメな奴だから、たまに掃除をしたり食事も作ってくれたり助かっている。そして空は俺のすべてを知っている。だから楽なんだ。空といるのは……女と過ごすよりも気楽だ。
「なんだ、来ていたのか」
「陸……さっき事務所から聞いたよ。事故のこと」
「あぁ、そっか」
「お前は怪我なかったのか。涼くんが怪我したって聞いたが」
「涼が助けてくれたんだ」
「そうだったのか……涼くんも大丈夫なのか」
「あぁ意識も戻って、今の所異常もないようだ。明日以降精密検査はするみたいだが」
「それは良かったな」
空はほっとした表情に戻って行った。コイツだけは俺のこと、昔から本気で心配してくれるんだよな。
「それで……陸…その……」
空が言い難そうに、それでも聞きたい内容は分かっている。
「あぁ会ったよ。サイガヨウに」
「そっか……やっぱり会っちゃったか」
「縁があるんだよ。悪縁だがな」
「そんな……じゃあ顔も見たんだな」
「あぁ驚いた。涼と同じ顔だったからな」
「うん……だから言えなかった」
「まぁ空の気持ち分かるよ、だがそれとこれとは別だ」
「陸……」
一瞬でも涼と同じ顔に甘んじて、気を許しそうになったが、やはり無理だ。
俺の存在すら知らずにヌクヌクと育ったことが、とにかく許せない!
丈に今日のことを話すべきか否か、かなり揺らいでいた。
病院に駆けつけて来た安志には話せなかった。涼があんな状態の時に俺のことで余計な心配をかけたくなかった。それにまずは丈に相談してからと思った。
安志には何か感じることがあったのか、最後まで心配そうに俺のことを見つめていたのに……ごめんな、安志。心の中で詫びた。俺の問題なんだ。いつだって俺ばかり迷惑かけている。もう今度こそ大丈夫だと思った矢先に、脆く崩れていく幸せを感じてしまった。
義父さん──
どうして俺に教えてくれなかったのですか。あなたには奥さんも子供もいたのに、どうして捨ててしまったのか。そこまで母のことが……。Soilさん……いや陸さんは、俺と同年代ですよね。あなたはどんな気持ちで血の通った息子を捨てて俺と暮らし、挙句の果てに……俺を抱いたのですか。
車窓に流れていく暗黒の世界に問いかけるが返事はない。答えも見つからない。
「まもなく北鎌倉です」
アナウンスによって現実に一気に引き戻されてしまった。
── 丈にはまだ話せない ──
すべてを話すのは陸さんからの要求次第だ。そう勝手に自分勝手な結論を出してしまった。その答えが丈を失望させることだって分かっているのに、どうしようもない。知らなかったとはいえ長年父の愛情を一心に注がれて生きて来たのは事実だ。たとえその愛情が歪んでいたとしても、愛情の一種だったには違いないのだから。陸さんとそのお母さんの人生を奪った代償は、俺が償わなくてはいけない。
そうだろう……母さん。あなたがもうこの世にいない今…それが出来るのは俺しかいないじゃないか。
こんな俺の心のうちを丈が知ったら軽蔑するだろう。悲しむだろう。それは分かっているのに許して欲しいなんて……でもどうか、もう少し考える時間を。
「洋、大丈夫だったか」
駅の改札を出ると、すぐに丈が近づいて来た。心配そうな表情にますます罪悪感が募ってしまった。
「あぁ電話では、取り乱してごめん」
「本当に大丈夫か」
「さっきは動揺していたんだ。丈の顔見たら、ほっとした」
本心だ。本当にほっとしてくる。そして逆にこの丈との生活を守り抜きたくなった。
「顔色悪いな」
「んっ……涼が痛々しくて」
「洋も疲れただろう、ほら車に乗れ」
「ありがとう丈、そして……ごめん」
「おかしな奴だな。何を謝る?」
丈が怪訝な顔をしたので、慌てて取り繕った。
「いや……あっその……クリームパン買えなくて」
「あぁ、あれは洋の好物だろ? 」
「丈も好きなくせに」
「私が好きなのはクリームパンを食べた後の甘い洋だ」
「くくっ、そう言うと思った」
ごめんな、丈。
いずれはちゃんと話すから。まずは陸さんの要求を聞いてからでもいいか。彼が何を望んでいるのか、ちゃんと知りたいんだ。
いつも守られてばかりの俺だったから、俺にも丈とその家族を守らせて欲しい。
どうしようもなくなったら、ちゃんと話すから……
そう心の中で何度も詫びていた。
****
エレベーターの鏡に映る俺の顔は、柄にもなく青ざめていた。
「顔色悪いな」
それもそのはずだ。ずっと探していた父を奪った奴を、とうとう見つけたのだから。それにしても、どうしてあの顔なんだよ。俺が可愛がっている涼と双子みたに鏡みたいにそっくりな顔しやがって。くそっ今日はなんて日だったんだ。いろいろありすぎだ。
涼が俺を命がけで庇ってくれたのに、その涼と同じ顔をした人物が俺がずっと憎んでいた相手だったなんて何の因果だ。
部屋に戻ると照明がついていて、空がスーツ姿のままソファに心配そうな顔で座っていた。
小学校からの腐れ縁の空にはこの部屋の鍵を渡してある。マメな奴だから、たまに掃除をしたり食事も作ってくれたり助かっている。そして空は俺のすべてを知っている。だから楽なんだ。空といるのは……女と過ごすよりも気楽だ。
「なんだ、来ていたのか」
「陸……さっき事務所から聞いたよ。事故のこと」
「あぁ、そっか」
「お前は怪我なかったのか。涼くんが怪我したって聞いたが」
「涼が助けてくれたんだ」
「そうだったのか……涼くんも大丈夫なのか」
「あぁ意識も戻って、今の所異常もないようだ。明日以降精密検査はするみたいだが」
「それは良かったな」
空はほっとした表情に戻って行った。コイツだけは俺のこと、昔から本気で心配してくれるんだよな。
「それで……陸…その……」
空が言い難そうに、それでも聞きたい内容は分かっている。
「あぁ会ったよ。サイガヨウに」
「そっか……やっぱり会っちゃったか」
「縁があるんだよ。悪縁だがな」
「そんな……じゃあ顔も見たんだな」
「あぁ驚いた。涼と同じ顔だったからな」
「うん……だから言えなかった」
「まぁ空の気持ち分かるよ、だがそれとこれとは別だ」
「陸……」
一瞬でも涼と同じ顔に甘んじて、気を許しそうになったが、やはり無理だ。
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