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第7章
アクシデント 8
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俺を捕らえるようなこの視線。この瞳……誰かに似ている。
恐らくモデルをしているのだろう。一般人ではないオーラが漂っている。目鼻立ちが整ったエキゾチックな顔立ちに、見上げるほど高い身長だ。でもなぜだか妙に不安になってしまう。気のせいだと思いたい。この人は涼の大事な事務所の先輩だし、今日だって怪我した涼に付き添ってくれたのだから。
涼から紹介されたばかりの男性の顔を、じっと暗い廊下で俺は見つめた。
「よく聞け。Soilは芸名で、本名は砂川 陸だ」
「……はい」
砂川 陸?
全く聞き覚えがない名前だったし、突然、本名を名乗られ不思議に思った。
「聞き覚えないのか。全く…?」
「あっあの……すみません。俺とは初対面ですよね?」
「はっ……涼と同じ顔してるから少しは優しくしてやろうかと思ったが、やっぱり涼とは別人だな。くそっ! とんだ茶番だな。俺はずっと苦しんでいたのに、お前の方は俺の存在すら知らなかったってことか。そうかよ……」
くっと顔を歪めたその男性の目の奥に、ゆらりと憎悪の炎が芽生えたのを感じた。
「えっ……どういうことですか」
「あんたさ、その綺麗な顔で、随分と図々しく生きて来たんだな」
一方的にまくし立てられてしまい、どうしていいのか分からなくなる。この人は俺を知っているらしい。それも随分前からのようだ。一体どこでだ?
「俺のことを知っているのですか。いつから?」
この砂川 陸と名乗る人物といつ会ったのか。いつから俺をこんな憎んでいたのか?
「知りたいなら教えてやるよ」
「……ええ」
「あんたの父親は……崔加 貴史という名前だな」
その時信じられない名前を告げられ雷に打たれたような衝撃で、持っていた鞄をズドンっと床に落としてしまった。
な……なんでその名を、今聞かなくてはいけないのか。もうしばらく会っていない。もう縁遠い存在にしてしまいたい俺の義父の名前だ。それは。
「あの……何故……義父の名を? 」
「あんたの父親は何にも話していなかったのか。本当に何も知らずに育ったんだな」
動揺するな。あのことまでは知っているはずがない。絶対悟られたくない。この男性と義父の関係が、ますます分からなくなってしまい、もう一度相手の顔をじっと見つめた。
その時、はっと不吉な予感がした。
そうだ、病室で初めてこの男性の顔を見た時から本当は感じていたのだ。顔立ちと視線が、義父に似ていると。まさか……いやそんなはずはない。そう必死に否定していたことだ。
「……ま……まさか」
「やっとピンと来たようだな」
「義父とは……まさか」
「あぁそのまさかさ。あんたの母親と再婚する前は、俺の父親だった、はっ、あいつは俺の存在も母の存在も消して、あんたたちに接していたってことか、全くおめでたいことだな」
「義父に……そんな……俺は……何も知らなかった」
まさかそんな。絶望的な気持ちになり、躰が一気に脱力していく。日本に再び戻ってきてからは、丈の家にも受け入れられ落ち着いて新しい生活をスタートさせることが出来ていた。だから、やっともう誰にも迷惑をかけずに生きている。そう思い始めた矢先だった。
「何も知らなかったからといって許されることじゃない。サイガヨウ! あんたは俺の父を奪った張本人だ」
「つっ……」
何も言い返せない。義父はこの人の実の父だったのだ。それなのに長い年月に渡り、俺は息子として必要以上の愛を注がれる対象だった。挙句の果てに、この人の父に抱かれてしまうという闇まで抱えているのだ。
「絶対に許せないっ! 償えよ! 俺の人生を!」
彼は俺に確実に代償を求めている。吐き捨てるように投げ捨てた暗く厳しいその言葉に対して、俺はどう償っていけばいいのか分からない。
「……どっ……どうしたら?」
「ふっそうだな。今日は涼のこともあるし、このまま帰してやる。だが連絡先を寄こせ。改めて呼び出すから。それからこのことは誰にも言うな。まぁ言えるはずないだろうが。あんたの大事な従兄弟の涼は、俺の大事な後輩だ。あんただって芸能界がどんな所か察しがつくだろう」
「……」
誰にも言うなと念を押され、連絡先を書かされてしまった。
「また連絡する」
そう言い残して義父の実の息子は去って行った。俺を奈落の底に落として。再び俺を襲う暗黒の闇が大波となってすぐ足元まで迫り、俺はすぐにも攫われそうな不安で押しつぶされそうになっていた。
そのまま放心したように、ベンチに座り続けていた。
早く涼のところに戻らなくては。あぁそうだ……丈にまだ連絡していなかった。予定の電車に乗っていないことで心配をかけてしまう。早く事情を話さないと。そう思うのに躰が鉛のように重くて動かない。
「くっ……」
涼には関係ないことだ。涼に迷惑がかかるようなことがあっては絶対に駄目だ。よりによってなんで涼があんなにも慕っている先輩として義父の息子が現れたのだろうか。
俺は一体どうしたらいい?
考えがまとまらない。再び窮地に立たされ、なすすべがない。
恐らくモデルをしているのだろう。一般人ではないオーラが漂っている。目鼻立ちが整ったエキゾチックな顔立ちに、見上げるほど高い身長だ。でもなぜだか妙に不安になってしまう。気のせいだと思いたい。この人は涼の大事な事務所の先輩だし、今日だって怪我した涼に付き添ってくれたのだから。
涼から紹介されたばかりの男性の顔を、じっと暗い廊下で俺は見つめた。
「よく聞け。Soilは芸名で、本名は砂川 陸だ」
「……はい」
砂川 陸?
全く聞き覚えがない名前だったし、突然、本名を名乗られ不思議に思った。
「聞き覚えないのか。全く…?」
「あっあの……すみません。俺とは初対面ですよね?」
「はっ……涼と同じ顔してるから少しは優しくしてやろうかと思ったが、やっぱり涼とは別人だな。くそっ! とんだ茶番だな。俺はずっと苦しんでいたのに、お前の方は俺の存在すら知らなかったってことか。そうかよ……」
くっと顔を歪めたその男性の目の奥に、ゆらりと憎悪の炎が芽生えたのを感じた。
「えっ……どういうことですか」
「あんたさ、その綺麗な顔で、随分と図々しく生きて来たんだな」
一方的にまくし立てられてしまい、どうしていいのか分からなくなる。この人は俺を知っているらしい。それも随分前からのようだ。一体どこでだ?
「俺のことを知っているのですか。いつから?」
この砂川 陸と名乗る人物といつ会ったのか。いつから俺をこんな憎んでいたのか?
「知りたいなら教えてやるよ」
「……ええ」
「あんたの父親は……崔加 貴史という名前だな」
その時信じられない名前を告げられ雷に打たれたような衝撃で、持っていた鞄をズドンっと床に落としてしまった。
な……なんでその名を、今聞かなくてはいけないのか。もうしばらく会っていない。もう縁遠い存在にしてしまいたい俺の義父の名前だ。それは。
「あの……何故……義父の名を? 」
「あんたの父親は何にも話していなかったのか。本当に何も知らずに育ったんだな」
動揺するな。あのことまでは知っているはずがない。絶対悟られたくない。この男性と義父の関係が、ますます分からなくなってしまい、もう一度相手の顔をじっと見つめた。
その時、はっと不吉な予感がした。
そうだ、病室で初めてこの男性の顔を見た時から本当は感じていたのだ。顔立ちと視線が、義父に似ていると。まさか……いやそんなはずはない。そう必死に否定していたことだ。
「……ま……まさか」
「やっとピンと来たようだな」
「義父とは……まさか」
「あぁそのまさかさ。あんたの母親と再婚する前は、俺の父親だった、はっ、あいつは俺の存在も母の存在も消して、あんたたちに接していたってことか、全くおめでたいことだな」
「義父に……そんな……俺は……何も知らなかった」
まさかそんな。絶望的な気持ちになり、躰が一気に脱力していく。日本に再び戻ってきてからは、丈の家にも受け入れられ落ち着いて新しい生活をスタートさせることが出来ていた。だから、やっともう誰にも迷惑をかけずに生きている。そう思い始めた矢先だった。
「何も知らなかったからといって許されることじゃない。サイガヨウ! あんたは俺の父を奪った張本人だ」
「つっ……」
何も言い返せない。義父はこの人の実の父だったのだ。それなのに長い年月に渡り、俺は息子として必要以上の愛を注がれる対象だった。挙句の果てに、この人の父に抱かれてしまうという闇まで抱えているのだ。
「絶対に許せないっ! 償えよ! 俺の人生を!」
彼は俺に確実に代償を求めている。吐き捨てるように投げ捨てた暗く厳しいその言葉に対して、俺はどう償っていけばいいのか分からない。
「……どっ……どうしたら?」
「ふっそうだな。今日は涼のこともあるし、このまま帰してやる。だが連絡先を寄こせ。改めて呼び出すから。それからこのことは誰にも言うな。まぁ言えるはずないだろうが。あんたの大事な従兄弟の涼は、俺の大事な後輩だ。あんただって芸能界がどんな所か察しがつくだろう」
「……」
誰にも言うなと念を押され、連絡先を書かされてしまった。
「また連絡する」
そう言い残して義父の実の息子は去って行った。俺を奈落の底に落として。再び俺を襲う暗黒の闇が大波となってすぐ足元まで迫り、俺はすぐにも攫われそうな不安で押しつぶされそうになっていた。
そのまま放心したように、ベンチに座り続けていた。
早く涼のところに戻らなくては。あぁそうだ……丈にまだ連絡していなかった。予定の電車に乗っていないことで心配をかけてしまう。早く事情を話さないと。そう思うのに躰が鉛のように重くて動かない。
「くっ……」
涼には関係ないことだ。涼に迷惑がかかるようなことがあっては絶対に駄目だ。よりによってなんで涼があんなにも慕っている先輩として義父の息子が現れたのだろうか。
俺は一体どうしたらいい?
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