重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
401 / 1,657
第7章 

アクシデント 4

しおりを挟む
 
  
 救急隊がすぐに到着して、慌ただしく涼の躰に応急処置を施していった。

 俺はただ茫然と、その光景を見つめることしか出来ない。どうやら出血は頭部にカメラの破片があたったのが原因らしかった。でもその時、頭を強く打ったらしく、まだ意識が戻らないようだ。何より真っ青な涼の顔色が心配で心配で堪らない。

 ついさっきまで朗らかに喋っていたのに……まるで紅をさしたように血色が良かった唇は土気色になり顔には血が流れ、花のように綻んでいた頬を汚していた。ぞくっと震える光景だ。

「よし。では担架に乗せて……動かないように固定して」

 俺は担架に乗せられて運ばれていく涼へ咄嗟に手を伸ばし、脱力したその手をぎゅっと握りしめてやった。涼が俺を突き飛ばしてくれなかったら、今頃この担架に乗っているのは俺だったはずだ。

「涼、なんで俺を庇って……」
「君っ、ちょっと離れて…誰が付き添いの方ですか」

 救急隊に離れるように指示されたが、一人で行かせるわけにはいかない。

「俺です! 俺が付き添います。一緒に救急車に乗ります」
「Soilさん、私が行きますから」
「いや涼は俺を庇ったんだ。頼むから同乗させてくれ」

 涼のマネージャーに頼み込んで、なんとか付き添いの一人にさせてもらった。救急車の中でも緊張は続いていた。心電図に異常はないようだったが、意識がまだ戻っていなかった。

「患者の名前は、月乃 涼 18歳 血液型 O型で間違いありませんね」
「はい、そうです」

 マネージャーが汗をかきながら応対していた。

「それで、あなた方はこの男性の身内の方ですか」
「いえ仕事先の……あっそうだ! 涼くんの緊急連絡先を預かっていたんだった」
「じゃあ身内の方の連絡先が分かりますか。すぐに教えて下さい」
「分かります。えっと……あっこれです、日本での連絡先になっているこの方にお願いします」
「了解しました。すぐに電話させてもらいますので、読み上げて下さい」

 マネージャーは持ち歩いている手帳から、涼の身内の連絡先を読み上げた。そういえば涼の両親はアメリカにいるんだよな。一体どうするんだ?親戚でもいるのか。

「携帯は080-3……で、えっと名前はサイガ ヨウさんという方です」

 えっ……

 ドクリと心臓が奇妙な音を立てた。歯車が軋むような、急ブレーキを踏むような不協和音だ。おいっ今なんて言った?『サイガ』だって? まさか……嫌な予感が満ちてくる。

「ちょっとそれ見せろ」
「あっ駄目ですよ。個人情報が」

 俺は涼のマネージャーの手帳を奪い取って連絡先を確認した。

「崔加 洋」

はっきりとそこには、俺がずっと探していた奴の名前が書いてあった。


しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

処理中です...