重なる月

志生帆 海

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第7章 

アクシデント 3

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「遠野さん、Soilさん到着ですよ」

 次の企画の打ち合わせで珍しくSoilが編集部にやって来た。こういう時は幼馴染としてではなく仕事相手として陸とは呼ばない。

 相変わらずの高長身にエキゾチックな顔立ちは普段着姿でも人目をひく。Soilはモデル界でもベテランの大御所になるので、こうやって雑誌の企画会議にも自ら参加するようになっていた。全くすごい才能だよ。

 打ち合わせには僕も同席するので同じ会議室へ入ったが、まだ始まるには時間があったので、少し話せそうだ。

「やぁSoil、久しぶりだな。その後、涼くんは元気?」
「あぁ元気にやっている」
「そうか、この前は大変な目に遭ったのに……精神的に強いのかな」
「どうだろう? あいつ、見た目は女みたいに優しそうな顔しているし躰も華奢だが、なかなか根性があるようだ。だから可愛くてつい助けてやりたくなるよ」
「そうか、本当にSoilにしては珍しいよ」
「そうか」
「打ち合わせの午後は撮影? 」
「あぁそうだ、噂の涼と一緒だ」

 Soilは男から見ても色気のある笑みを湛えていた。あいつ本当に涼くんのこと気に入っているんだなと思うと、何故か少し複雑な気分だ。

 そして『サイガヨウ』の存在をどうしたらいいのか迷っていた。彼がまさか涼くんの従弟だなんて……絶対に伝えられないよ。




****

「Soilさんっ」

 スタジオに入るなり涼が駆け寄って来た。相変わらず花みたいに綺麗な笑顔を浮かべ、清涼感のある奴だよな。

 俺にはないものへの憧れなのか。その真っすぐに育ったであろう上品な育ちの良さも可愛いものだ。

「あの……この前はありがとうございました!」
「あぁもう傷はいいのか」
「今日の撮影は長袖で助かりました。その、まだちょっと傷が目立つから」

 少し気まずそうに、涼は怪我をした腕をさすって笑顔を浮かべた。

「そうか無理すんなよ」
「はい」

 撮影は順調だった。今日の内容は面白いコンセプトで、兄と弟というコンセプトでのスタジオカットがほとんどだった。俺はスーツ姿、涼は大学生という素のままの設定だ。

 俺には兄弟がいないから、こういう感覚に慣れていないが、もし弟がいたらこんな風に仲良くしてみたかったし、涼となら大歓迎だと思うと非常に楽しい気分になった。全くの疑似体験だが、気にいっている涼とこうやって二人で撮影するのは嬉しいものだ。

「じゃあ次行くよ」
「はい」
「Soilと涼くんが横に並んでいるところね」
「目線こっちね~」
「あーいいね、涼くんのその笑顔」

 撮影はいつになく和やかで順調だった。

「いいねぇ~順調だ。Soilの表情も今日は柔らかくて凄くいいぞ」
「涼くんはSoilを尊敬できるお兄さんだと思って見上げて」
「はい!」

 涼の素直な目線になんだか恥ずかしくなってくる。こんな綺麗な瞳で見つめられるほど俺はいい奴じゃない。後ろめたい気分とはこのことを言うのか。

「はいOK!これで全部終わったよーお疲れさん」

 カメラマンの一声で撮影は終了だ。時計を見るともう3時間ぶっ通しで撮影したようで、流石に疲れた。

 涼の方も疲労を浮かべていたが、それでも額に汗を浮かべ頬を上気させた顔で、気遣うように声を掛けてくるのが妙に愛おしい。庇護欲というのはこのことを言うのだろうか。

「Soilさん今日の撮影、とても素敵でした!本当の兄さんみたいで錯覚しそうになりましたよ」

 そんな風に言われたら、ますますいい気分になるじゃないか。

「そうか。俺も本当の弟が出来た気分だったよ」
「嬉しいです!」

 上機嫌で気分良く楽屋へ戻ろうとした、その時だった。

「キャー!!」

 スタジオ内に甲高い悲鳴と鈍い騒音が鳴り響いた。その音と重なる様に、涼の叫び声!!

「危ない!」

 撃音の大きさほどの痛みを躰に感じなかったので、不思議思い目を開けると、そこには頭から血を流した涼が俺を庇うように覆いかぶさっていた。目を凝らすと床には割れたカメラレンズや機材が散乱していた。

「おいっ涼っ!涼っ!」

 涼が動かない。
 意識がないのか。

 なんて馬鹿なことを!
 こんな怪我をして……反応がない。

 血が出ている。

 心臓がドクドクと波打ってくる。

 周りが騒めいているのが遠くに感じる。
 誰かが救急車を呼ぶ電話をかけている。


「なんでっ!」
「Soilさんは無事ですか」
「あぁ俺はなんともない。だが……」
「信じられない、急に一番重たいカメラがSoilさんの方へ倒れて、それを咄嗟にくんが庇うように! あぁ酷い怪我だ、おいっ救急車まだかっ」

 涼のマネージャーも焦りまくっている。

 俺を庇うようにだって?

 涼、なんでそんなことが出来る?

 誰だって自分が可愛いくて、他人のために身を犠牲にするなんて出来ないはずなのに。

 血を流し、どんどん青ざめていく涼の動かない姿に、自然と涙が溢れて来た。

「しっかりしろっ!目を開けろ!」



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