重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
394 / 1,657
第7章 

影を踏む 6

しおりを挟む
「はい、こちらの書類になります。先生にお渡しください。こちらにサインを」
「ここですね」
「あの……」
「はい?」
「もしかしてモデルさんですか」

 突然、受付の女性が頬を染めながら訊ねられ照れてしまう。こんな所でも涼と間違えられているのかもしれない。真剣に見つめられたので思わず苦笑してしまった。

「違いますよ。俺はただの先生の助手です」
「あっごめんなさい。モデルさんみたいに凄く綺麗だったので、つい」
「いえ。あの……ありがとうございます」

 もしかしたら涼絡みかもしれないので、頑張って笑顔を浮かべることを心掛けて応えた。最近、涼がモデルになったおかげで、今まで気になっていた周りの視線に俯いているのではなく、こんなふうに素直に応じられるようになってきている。これはいい傾向というのだろうか。

「うわぁ微笑んだ顔も素敵! やっぱりモデルさんみたいに綺麗です」
「あっ……では失礼します」

 何はともあれ無事に書類に受け取り出版社を後にしようとエレベーターホールへと向かっていると、今度は見知らぬ男性に親しげに声を掛けられたので驚いてしまった。

「君、ちょっと待って。あぁやっぱり! 早速来てくれて嬉しいよ」

 相手は、俺と同じ年位のスーツ姿の男性だった。

「…?」

 相手は俺のことをよく知っているようだが、俺の方は全く思い出せない。えっと…誰だったか。

「どうしたの? 今日はこの前より大人っぽい感じだね、早速編集部に来てくれて嬉しいよ。ほらっ遠慮しないで、こっちこっち」

 この前って? なんだかよく分からないが強引に腕を掴まれて連れて行かれる。な……なんだ? 見かけは柔和そうな人なのに随分と強引だ。本当に誰だろうか。中学、高校時代の同級生か、それともアメリカで?安志以外に親友と呼べる友人もいなかった俺には、すでに同級生の顔は朧げだ。

「ちょっちょっと待って下さい」
「ほら、ここだよ」

 あっという間に編集部の入り口に連れて行かれてしまった。

「おーい、噂の涼くん連れて来たよ」

 涼! そうか! 納得した。この男性は俺のこと涼だと思っているのか。それなら早く訂正しないと、そう思うと気ばかり焦ってしまう。

「えーきゃー!! 本当に連れて来てくれたの! 」
「わぁ~実物はもっと大人っぽいんだ」
「それに想像以上に色気があるわ」

 すごい勢いで人だかりが出来てしまって、早く訂正しないといけないのに上手くいかない。どんどん人だかりが増してしまい、このままでは本気でまずいと思い、なんとか声を振り絞った。

「あっあの違います。俺は涼じゃありません」

一瞬場がしーんと静まり返ってしまった

「えっ……」
「まさか……だってそっくりよ」
「えっと双子? 」
「あっすいません。俺はたまたま今日この会社に用があって立ち寄っただけで、涼の従兄弟になります」
「従兄弟かぁ納得! でも本当にこんなに似ている従兄弟がいるなんて驚いたわ」
「歳も近いんですか」
「いや俺の方が十歳も年上で」
「嘘ー! 信じられないっ」

 そう答えた途端、静まった場はまた一層騒がしくなっていく。早くこの場から去りたくて、俺をここまで連れて来た男性に助けを求めると、俺の意図を汲んでくれたようで目で合図してくれた。

「ごめんね。人違いだったが、みんなも貴重な涼くんの従兄弟に会えてラッキーだったね」
「うん、でも本当に綺麗、あなたもモデルでも通じるわ! 」
「本当に! 」

 周りの女性たちが首をブンブンと縦に振って同意していた。

「悪かったよ。勘違いして強引に連れて来てしまって……玄関まで送るよ」
「あっはい」

 やっと解放され、玄関まで送ってもらうことに成功してほっとした。

「それにしても君、本当に涼くんに似ているね。Soilが知ったらかなり驚くだろうな」
「あのSoilさんって誰ですか」
「あぁ涼くんにとっては同じモデル事務所の大先輩であって、僕にとっては親友かな」
「そうなんですね、涼がお世話になっているようでありがとうございます。俺は日本での涼の保護者代わりなんです」
「へぇそうか、じゃあまたどこかで会えそうだね」
「はい、そうですね」
「そうだ、君の名前は」
「……洋です」
「洋くんか、名字はなんていうの?」
「崔加です」



しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

欠陥αは運命を追う

豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」 従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。 けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。 ※自己解釈・自己設定有り ※R指定はほぼ無し ※アルファ(攻め)視点

処理中です...