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第7章
影を踏む 5
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振り返ると、会社帰りのスーツ姿で温かい笑顔を浮かべた安志さんが立っていた。その笑顔を見た途端、それまで強がっていた心が簡単に折れてしまった。
「涼、お帰り」
「安志さんっ……どうして」
「なんか今日全然が連絡つかないのが気になってな」
「ごめんなさい。今日はずっとバタバタしていて」
「涼? どうした」
「えっ……」
「泣いてるのか」
そう言われて目元を拭ってみると、初めて自分が泣いていることに気が付いた。
「あっ……ちょっとほっとしたから」
「とりあえず入ろうか」
「うん」
何でこんなにもタイミング良く、僕が会いたい時に来てくれるのだろう。安志さんは本当にすごい。
「今日……何かあったのか」
部屋に入るなり安志さんがじっと僕を見つめて尋ねた。その目は少し怪訝そうだった。その視線はSoilさんに借りた僕には大きすぎるシャツのせいだとはっと気が付いた。どうしよう!カッターの傷のこと、心配をかけてしまうな。
「涼、腕どうした?」
「えっ何で?」
「なんか右腕、動かしにくそうだ」
「うん、実はちょっと怪我をして……」
安志さんに嘘はつけないし、つきたくないので正直に事の子細を簡潔に話した。
「全く危なっかしいな。ちょっと見せて見ろ」
少し強引にソファに座らされ袖をまくり上げられ傷を確かめられた。包帯を一度外し傷の具合を真剣な目つきで確認して、それからもう一度綺麗に巻いてくれた。その一連の作業はとても慣れた手つきで感心するほどだった。
安志さんは、こういうことも仕事でやっているのかな。ボディガードの仕事をしていたこともあるし、安志さんが逆にこんな風に怪我したらすごく心配になるだろう。そう思うと安志さんがどんな想いで僕の傷を確かめているか痛いほど伝わって来た。
「この傷はカッターか何かだな。そんなに深くないから傷跡にはならないと思うが。綺麗に応急処置もしてあるな」
「実は……ちょっと油断して。でももう大丈夫だ。Soilさんに助けてもらって解決した。それにしても僕がモデルになったことで、少なからず誰かに影響を与えてしまっていることがよく分かったよ」
「涼……はぁ」
安志さんはきゅっと口を引き締め、悔しそうな溜息を漏らした。そしてそのまま安志さんの腕にすっぽりと抱かれた。
「俺、心配だよ。ずっと傍にいてやるわけにいかないから、またこんなことあったらと思うと、居ても立っても居られないじゃないか」
「安志さん、心配かけてごめん。もっと気を付けるよ」
すっぽりと抱かれた安志さんに胸に額をつけて、スンと安志さんの若竹のような爽やかな香りをかいだ。清々しい香りを存分に吸うと今日1日の目まぐるしい感情がすぅーっと平らになっていくような感じだ。
「あぁほんと心配だ。可愛すぎる綺麗すぎる恋人を持つのは心臓に悪いな」
安志さんの手は僕の背中を優しく擦ってくれる。僕の方こそ、こんなに真っすぐで素敵な安志さんはきっと会社でもてるだろうなと考えてしまった。ふと安志さんのスーツ姿に家まで送ってくれた遠野さんのことを思い出した。彼とSoilさん、なんだかいい雰囲気だったな。
「怪我しているから今日は大人しくな。それにしてもこのシャツさ、涼には大きくないか」
「あっ……これSoilさんに借りたんだ。僕のシャツ破れちゃって」
「何だって? なんか気に食わないな。それっ」
「ごめん。怪我のこと大事にしたくなくて、それでSoilさんの家で治療してもらった経緯で」
安志さんがじっとシャツを見つめているのが居たたまれなくて、早く脱ぎたくなってしまった。
「ぬ……脱ぐよ、もう」
「そうだな。他の男の匂いがするのは気に入らない」
「なっ! そんなんじゃないから」
「分かっているさ。分かっているけど心配だ」
そう言いながら、安志さんの指が僕の襟元に伸びて来て、シャツのボタンを外していく。
はらりとシャツが床に舞い落ち上半身裸で腕に包帯を巻いている姿が露わになった。
僕のそんな姿が安志さんには痛々しく映ったのだろう。安志さんは少し悲し気な顔をして僕の前に屈みこんで、むき出しになった肌を他に怪我がないか確認するように優しく撫でていき、腕の傷の部分は一層優しく撫でながら、包帯の上からちゅっと口づけしてくれた。
「涼、ここ痛かったな。今日はすごく怖かっただろう」
そんな言葉を植え付けられると、僕は途端に弱い人間になってしまう。また涙がじわっと浮かんで視界が霞んでしまう。立っているのが急に不安定になり、慌てて安志さんにしがみつくように手をまわしてしまった。
「怖かった。痛かった。だから今日は安志さんにとても会いたかった!」
「俺も今日思い切って来てみて良かった」
「嬉しい……」
僕の影を安志さんは優しく踏んで、影を重ねてくれる。
いつも僕を見守っていてくれる優しく温かい大事な人。
それを存分に感じるひと時だった。
****
「あれ洋くん、今日は出かけるの?」
離れで出かける仕度をしていると、通りかかった流さんが窓越しに親し気に話しかけて来た。
「そうなんです。語学学校の先生に頼まれて、東京の出版社まで受け取るものがあって」
「東京まで? 一人で大丈夫か」
「流さんもういい加減にしてくださいよ。俺はいい大人ですよ」
「だから心配なんじゃないか」
「大丈夫ですよ。品行方正に夕方までには戻りますから」
「本当に気を付けるんだぞ。今日は寺で法要があるから忙しいので、俺はついていけないから」
「ありがとうございます。それじゃ行ってきます」
久しぶりにバスと電車を乗り継いて、東京へ向かう。
語学学校の先生は俺が目指している翻訳の仕事もしているので、いろいろ学ぶことがあって最近助手のようなことも手伝っている。今日はその資料を受け取りに指定された出版社の編集部まで使いを頼まれていた。
そうえいば暫く安志にも涼にも会っていないが、あの二人今頃どうしているかな。
今日、少しでも会えたらいいな。電車に揺られながらそんなことを思っていた。
「涼、お帰り」
「安志さんっ……どうして」
「なんか今日全然が連絡つかないのが気になってな」
「ごめんなさい。今日はずっとバタバタしていて」
「涼? どうした」
「えっ……」
「泣いてるのか」
そう言われて目元を拭ってみると、初めて自分が泣いていることに気が付いた。
「あっ……ちょっとほっとしたから」
「とりあえず入ろうか」
「うん」
何でこんなにもタイミング良く、僕が会いたい時に来てくれるのだろう。安志さんは本当にすごい。
「今日……何かあったのか」
部屋に入るなり安志さんがじっと僕を見つめて尋ねた。その目は少し怪訝そうだった。その視線はSoilさんに借りた僕には大きすぎるシャツのせいだとはっと気が付いた。どうしよう!カッターの傷のこと、心配をかけてしまうな。
「涼、腕どうした?」
「えっ何で?」
「なんか右腕、動かしにくそうだ」
「うん、実はちょっと怪我をして……」
安志さんに嘘はつけないし、つきたくないので正直に事の子細を簡潔に話した。
「全く危なっかしいな。ちょっと見せて見ろ」
少し強引にソファに座らされ袖をまくり上げられ傷を確かめられた。包帯を一度外し傷の具合を真剣な目つきで確認して、それからもう一度綺麗に巻いてくれた。その一連の作業はとても慣れた手つきで感心するほどだった。
安志さんは、こういうことも仕事でやっているのかな。ボディガードの仕事をしていたこともあるし、安志さんが逆にこんな風に怪我したらすごく心配になるだろう。そう思うと安志さんがどんな想いで僕の傷を確かめているか痛いほど伝わって来た。
「この傷はカッターか何かだな。そんなに深くないから傷跡にはならないと思うが。綺麗に応急処置もしてあるな」
「実は……ちょっと油断して。でももう大丈夫だ。Soilさんに助けてもらって解決した。それにしても僕がモデルになったことで、少なからず誰かに影響を与えてしまっていることがよく分かったよ」
「涼……はぁ」
安志さんはきゅっと口を引き締め、悔しそうな溜息を漏らした。そしてそのまま安志さんの腕にすっぽりと抱かれた。
「俺、心配だよ。ずっと傍にいてやるわけにいかないから、またこんなことあったらと思うと、居ても立っても居られないじゃないか」
「安志さん、心配かけてごめん。もっと気を付けるよ」
すっぽりと抱かれた安志さんに胸に額をつけて、スンと安志さんの若竹のような爽やかな香りをかいだ。清々しい香りを存分に吸うと今日1日の目まぐるしい感情がすぅーっと平らになっていくような感じだ。
「あぁほんと心配だ。可愛すぎる綺麗すぎる恋人を持つのは心臓に悪いな」
安志さんの手は僕の背中を優しく擦ってくれる。僕の方こそ、こんなに真っすぐで素敵な安志さんはきっと会社でもてるだろうなと考えてしまった。ふと安志さんのスーツ姿に家まで送ってくれた遠野さんのことを思い出した。彼とSoilさん、なんだかいい雰囲気だったな。
「怪我しているから今日は大人しくな。それにしてもこのシャツさ、涼には大きくないか」
「あっ……これSoilさんに借りたんだ。僕のシャツ破れちゃって」
「何だって? なんか気に食わないな。それっ」
「ごめん。怪我のこと大事にしたくなくて、それでSoilさんの家で治療してもらった経緯で」
安志さんがじっとシャツを見つめているのが居たたまれなくて、早く脱ぎたくなってしまった。
「ぬ……脱ぐよ、もう」
「そうだな。他の男の匂いがするのは気に入らない」
「なっ! そんなんじゃないから」
「分かっているさ。分かっているけど心配だ」
そう言いながら、安志さんの指が僕の襟元に伸びて来て、シャツのボタンを外していく。
はらりとシャツが床に舞い落ち上半身裸で腕に包帯を巻いている姿が露わになった。
僕のそんな姿が安志さんには痛々しく映ったのだろう。安志さんは少し悲し気な顔をして僕の前に屈みこんで、むき出しになった肌を他に怪我がないか確認するように優しく撫でていき、腕の傷の部分は一層優しく撫でながら、包帯の上からちゅっと口づけしてくれた。
「涼、ここ痛かったな。今日はすごく怖かっただろう」
そんな言葉を植え付けられると、僕は途端に弱い人間になってしまう。また涙がじわっと浮かんで視界が霞んでしまう。立っているのが急に不安定になり、慌てて安志さんにしがみつくように手をまわしてしまった。
「怖かった。痛かった。だから今日は安志さんにとても会いたかった!」
「俺も今日思い切って来てみて良かった」
「嬉しい……」
僕の影を安志さんは優しく踏んで、影を重ねてくれる。
いつも僕を見守っていてくれる優しく温かい大事な人。
それを存分に感じるひと時だった。
****
「あれ洋くん、今日は出かけるの?」
離れで出かける仕度をしていると、通りかかった流さんが窓越しに親し気に話しかけて来た。
「そうなんです。語学学校の先生に頼まれて、東京の出版社まで受け取るものがあって」
「東京まで? 一人で大丈夫か」
「流さんもういい加減にしてくださいよ。俺はいい大人ですよ」
「だから心配なんじゃないか」
「大丈夫ですよ。品行方正に夕方までには戻りますから」
「本当に気を付けるんだぞ。今日は寺で法要があるから忙しいので、俺はついていけないから」
「ありがとうございます。それじゃ行ってきます」
久しぶりにバスと電車を乗り継いて、東京へ向かう。
語学学校の先生は俺が目指している翻訳の仕事もしているので、いろいろ学ぶことがあって最近助手のようなことも手伝っている。今日はその資料を受け取りに指定された出版社の編集部まで使いを頼まれていた。
そうえいば暫く安志にも涼にも会っていないが、あの二人今頃どうしているかな。
今日、少しでも会えたらいいな。電車に揺られながらそんなことを思っていた。
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