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第7章
鏡の世界 6
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「洋くん、バスが来たよ」
「あっ……」
バスに乗ろうとした時、梅花の芳しい香りに呼び止められたような気がして、思わず振り返ってしまった。
「いい香りだね。あれは蝋梅だよ」
「ロウバイ?」
「あれはね、蝋細工のような不思議な見た目の黄色い花をつけるんだ。その姿に似合わず香りがとてもいいから俺も気に入っているよ。本当にここ北鎌倉は自然豊かだよな」
「そうですね」
バスが動き出すと、ゆっくりと窓枠の向こうの景色も移動し出した。
鎌倉の冬は観光という意味ではオフシーズンだが、冬ならではの良さがあることをしみじみと感じる。寺の境内でには冬ならではの花がゆったりと咲き、寒さを物ともせず鎮座する仏像を拝観したり、大気の澄み渡った冬ならではの雄大な山の景色を眺めたりできる。本当にこの地は堂々と、歴史に支えられながら生きている。それを深く実感する。
バスが山道を走り出すと所々に鮮やかな黄色の花が道しるべのように咲いていることに気が付いた。
「流さん、あの黄色い花は何ですか」
「あれ? あぁ※福寿草だよ。毎年この時期に寒さに耐えながら咲いているのさ」
「流さんは、本当によく知っていますね」
「あっそう? 俺、絵も描くからかな」
「絵? 」
「まぁスケッチみたいなもんだ。この辺りは自然豊かで題材には事欠かないだろ」
確かに流さんは芸術家のような雰囲気を持っているので納得できた。そんな風にたわいもない話をしながらバスに揺られていると、横の席に座ったセーラ服の女の子達の話声が突然耳に入って来た。
ちらちらっと俺たちの方を見ては、噂話をするように囁きあっている。
「ねっやっぱり本人じゃない? 」
「だよねだよね。話しかけてみようか」
「すっごく綺麗。実物は更にいいね」
なんだろう? 女の子にこんな風に騒がれる覚えがないので困惑してしまうが、どうやら明らかに俺のことを言っているようだ。そんな様子に流さんが気が付いたようで、突然女の子たちに話かけるのでびっくりしてしまった。
「君たち、何騒いでいるの? 」
「えっ! きゃーこの人も凄いカッコイイ!!」
「何見てんの? ちょっと見せて」
ヒョイっと女の子が持っていた雑誌を奪って、俺の前に広げてくれた。
「あっ」
女の子向けのファッション雑誌だろう。そこに大きく写っているモデルの男の子の顔にぎょっとした。少しメイクして服装も大人っぽい。自分だと言われたら、そうだと答えそうになるほど俺に似ている人物……
これは涼だ。
「うわっ洋くんモデルもしていたの? 凄い美人に映ってるな」
覗き込んできた流さんも見間違えてしまうほど、俺たちは似ている。
「違います。これは俺じゃない」
「どういうこと? 」
再び雑誌を女の子たちに戻して、流さんは明るく女の子たちに応対してくれた。
「残念っ本人じゃないって。よく似ているけどね」
「そうなんですかぁ。でも他人の空似とは思えない。もしかして双子とか、あのお名前は」
女の子達って目ざといし、なんか強引ですごいな。
「いえ……まったくの人違いですよ。関係ありませんから」
苦笑しながら答えるしかなかった。
「んっ本人がそう言ってるんだからこの話はここまでだよ。ほらほら君たちが降りるバス停だよ」
「きゃー遅刻しちゃう」
タイミングよくバス停に着き、女の子たちが降りてくれたので、ほっとした。
バスはいつもの静寂を取り戻した。
「で、本当に他人の空似? 」
「あの、実は、あのモデルは俺の従兄弟なんです」
「やっぱり関係あるのか。俺は双子かと思った。なんというか、似すぎているから」
流さんは少し心配そうな表情を浮かべていたので、その様子がひっかかってしまう。
「あの……もしも双子だったら何か不都合でも?」
「まるで鏡の向こうの世界みたいだな。従兄弟の彼と洋くん。この先何事もなければいいが」
「えっ?」
「あっごめん、洋くんと彼は従兄弟同士だから関係ないよな。双子じゃないから関係ないと思うけど、昔、双子って不吉だと忌み嫌われる時期があったから、少し心配になっただけだ。災いを招かないといいなって、あっごめん。今はもうそんな迷信は関係ないんだし、従兄弟同士だから関係ないよな。気にしないでくれ」
「双子……」
俺の母と涼の母が双子だったから、こんなに似ている。
俺たちは、まるで双子のようだ。
災い──
流さんの話したことに対して、ひやりと背筋に冷たいものが走った。
お願いだ。
もう何も……何も起こりませんように。
やっと手に入れた幸せを守りたい。
俺の周りの人たちを守りたい。
いつも微笑んでいられるように。
丈の穏やかな笑み、安志の照れ臭そうな微笑み、涼の屈託のない爽やかな笑顔を思い浮かべ、その気持ちは一層強くなった。
※花名のフクジュソウ(福寿草)は、幸福と長寿を意味し、新春を祝う花として名づけられました。フクジュソウの花言葉は、「幸せを招く」「永久の幸福」
「あっ……」
バスに乗ろうとした時、梅花の芳しい香りに呼び止められたような気がして、思わず振り返ってしまった。
「いい香りだね。あれは蝋梅だよ」
「ロウバイ?」
「あれはね、蝋細工のような不思議な見た目の黄色い花をつけるんだ。その姿に似合わず香りがとてもいいから俺も気に入っているよ。本当にここ北鎌倉は自然豊かだよな」
「そうですね」
バスが動き出すと、ゆっくりと窓枠の向こうの景色も移動し出した。
鎌倉の冬は観光という意味ではオフシーズンだが、冬ならではの良さがあることをしみじみと感じる。寺の境内でには冬ならではの花がゆったりと咲き、寒さを物ともせず鎮座する仏像を拝観したり、大気の澄み渡った冬ならではの雄大な山の景色を眺めたりできる。本当にこの地は堂々と、歴史に支えられながら生きている。それを深く実感する。
バスが山道を走り出すと所々に鮮やかな黄色の花が道しるべのように咲いていることに気が付いた。
「流さん、あの黄色い花は何ですか」
「あれ? あぁ※福寿草だよ。毎年この時期に寒さに耐えながら咲いているのさ」
「流さんは、本当によく知っていますね」
「あっそう? 俺、絵も描くからかな」
「絵? 」
「まぁスケッチみたいなもんだ。この辺りは自然豊かで題材には事欠かないだろ」
確かに流さんは芸術家のような雰囲気を持っているので納得できた。そんな風にたわいもない話をしながらバスに揺られていると、横の席に座ったセーラ服の女の子達の話声が突然耳に入って来た。
ちらちらっと俺たちの方を見ては、噂話をするように囁きあっている。
「ねっやっぱり本人じゃない? 」
「だよねだよね。話しかけてみようか」
「すっごく綺麗。実物は更にいいね」
なんだろう? 女の子にこんな風に騒がれる覚えがないので困惑してしまうが、どうやら明らかに俺のことを言っているようだ。そんな様子に流さんが気が付いたようで、突然女の子たちに話かけるのでびっくりしてしまった。
「君たち、何騒いでいるの? 」
「えっ! きゃーこの人も凄いカッコイイ!!」
「何見てんの? ちょっと見せて」
ヒョイっと女の子が持っていた雑誌を奪って、俺の前に広げてくれた。
「あっ」
女の子向けのファッション雑誌だろう。そこに大きく写っているモデルの男の子の顔にぎょっとした。少しメイクして服装も大人っぽい。自分だと言われたら、そうだと答えそうになるほど俺に似ている人物……
これは涼だ。
「うわっ洋くんモデルもしていたの? 凄い美人に映ってるな」
覗き込んできた流さんも見間違えてしまうほど、俺たちは似ている。
「違います。これは俺じゃない」
「どういうこと? 」
再び雑誌を女の子たちに戻して、流さんは明るく女の子たちに応対してくれた。
「残念っ本人じゃないって。よく似ているけどね」
「そうなんですかぁ。でも他人の空似とは思えない。もしかして双子とか、あのお名前は」
女の子達って目ざといし、なんか強引ですごいな。
「いえ……まったくの人違いですよ。関係ありませんから」
苦笑しながら答えるしかなかった。
「んっ本人がそう言ってるんだからこの話はここまでだよ。ほらほら君たちが降りるバス停だよ」
「きゃー遅刻しちゃう」
タイミングよくバス停に着き、女の子たちが降りてくれたので、ほっとした。
バスはいつもの静寂を取り戻した。
「で、本当に他人の空似? 」
「あの、実は、あのモデルは俺の従兄弟なんです」
「やっぱり関係あるのか。俺は双子かと思った。なんというか、似すぎているから」
流さんは少し心配そうな表情を浮かべていたので、その様子がひっかかってしまう。
「あの……もしも双子だったら何か不都合でも?」
「まるで鏡の向こうの世界みたいだな。従兄弟の彼と洋くん。この先何事もなければいいが」
「えっ?」
「あっごめん、洋くんと彼は従兄弟同士だから関係ないよな。双子じゃないから関係ないと思うけど、昔、双子って不吉だと忌み嫌われる時期があったから、少し心配になっただけだ。災いを招かないといいなって、あっごめん。今はもうそんな迷信は関係ないんだし、従兄弟同士だから関係ないよな。気にしないでくれ」
「双子……」
俺の母と涼の母が双子だったから、こんなに似ている。
俺たちは、まるで双子のようだ。
災い──
流さんの話したことに対して、ひやりと背筋に冷たいものが走った。
お願いだ。
もう何も……何も起こりませんように。
やっと手に入れた幸せを守りたい。
俺の周りの人たちを守りたい。
いつも微笑んでいられるように。
丈の穏やかな笑み、安志の照れ臭そうな微笑み、涼の屈託のない爽やかな笑顔を思い浮かべ、その気持ちは一層強くなった。
※花名のフクジュソウ(福寿草)は、幸福と長寿を意味し、新春を祝う花として名づけられました。フクジュソウの花言葉は、「幸せを招く」「永久の幸福」
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