重なる月

志生帆 海

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第7章 

戸惑い 7

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「あと少しで涼に会える」

 逸る気持ちで、待ち合わせのグランモール公園のケヤキ並木へと歩いた。直前でもう一件仕事が入ってしまい少しだけ遅刻した。数分遅れる旨をメールするよりも早く涼に会いたかった。

 その瞬間までは。

 遠くからでも涼の姿は直ぐに分かった。ブルー、シャンパンゴールド、ホワイトの三色のイルミネーションが公園を色鮮やかに照らし、その真ん中に涼がまるで冬の星空の光に包まれるように、すっと立っていた。

 とても綺麗だ。
 君は俺の大事な人なんだ。
 大きな声で、周りの人に言いふらしたい位だ!

 そこだけスポットライトが当たっているかのように輝いていて、本当にドキッとした。

 「りょ…」

 だが……そう言いかけて、慌てて口をつぐんだ。あの雑誌のことが頭を過ったのだ。今はあまり目立たない方がいい。その一瞬の遅れが、俺をこんな気弱にさせてしまうなんて……参った。

 一人自宅へ戻る電車の中で、さっきのことを反芻して後悔していた。

 あと数メートルの所で涼の肩をポンと叩く奴が登場したんだ。涼は驚いたように目を見張ったが、その後自然にしゃべりだしていた。知り合い? 大学のクラスメイトだろうか。涼が少し気まずそうに視線を泳がしたのが分かっった。
 
 今行ったら駄目だ。そう思った途端、自分の中でも急ブレーキがかかってしまった。こんな行動は俺らしくないと思うのに、地味なスーツ姿の俺はどうみても涼よりも遥かに年上のおっさんに見える。

 俺だって十八歳の時、バイト先の十歳上の先輩のことを、おじさんって思っていたから仕方がない。そう思うがいざ自分がなってみると寂く侘しいもんだな。二十七歳になっても、心はあの頃とそう変わらないのに。

 とにかく涼と話している青年は、涼と同じ年頃で若々しく爽やかに見えた。

 涼と付き合い出してから、どうして俺はこんなに自分に自信がなくなってしまったのだろうか。いつの俺らしくないぞ。涼は年の差なんて気にせずまっすぐ俺を見つめてくれて、俺たちはお互いに思い合って躰だってつなげた仲なのに。

 幸せがこんなに不安なものだなんて俺は知らなかった。
 幸せに慣れていない自分に苦笑してしまった。

 堂々と涼の前に行けばいい。

 そう思うのに行動はなぜか真逆だった。いかにもバレそうな取って付けたような嘘をついてしまうなんて。残業なんてそんな言い訳、涼に通じるはずもないのに。

 電話でそう告げると涼はひどく落胆したようだった。それ以上話していると決心が揺らいでしまうから、慌てて電話を切った。

 涼はキョロキョロと辺りを見回し俺のことを探してくれていたのに、俺は意気地なしだ。その時浮かべた涼の寂し気な表情に胸が苦しくなった。

 やっぱりこんな嘘は良くない。嘘は一度つけば癖になっていくから。そう思いもう一度電話しようと思って姿を確認すると、話しかけて来た青年に肩をぐいっと組まれて、どこかへ歩いていく後姿になっていた。

 くそっ失敗したな。
 こんな光景を見るためじゃなかったのに。
 自分らしくない行動を取ってしまったことが、ほとほと嫌になる。

 そんな塞いだ気持ちだから自宅へ戻る足取りもかなり重い。しょうがない……自分が蒔いた種じゃないか。でも本当は今日はどうしても涼に会いたかった。あんな雑誌を見てしまったせいだ。きっと。

 涼には俺の所なんかではなくて、もっと進むべき道があるんじゃないか。

 この関係を続けていくのはどうなんだろうか。

 そんな弱気なことばかり考えてしまうんだよ。

 恋ってこんなに不安なもので、こんなに自分を弱くするなんて、俺は知らなかった。

 叶わない恋
 届かない想い

 そんなものに慣れ過ぎたのか。

 夜道を歩きながら溜息混じりにハァ~と息を吐くと、それは白いもやとなり視界を霞めていった。

 ふと頭上を見上げれば、空を切り裂くような三日月がぽっかりと浮かんでいた。

 なんだよ、三日月のくせに、明るいな。
 まるで俺の浅はかな行動を笑っているようで、なんだか悔しくなってきた。

 苛立ち
 戸惑い

 一気にそんなざわついた気持ちに押し潰されそうになるが、逆に今まで抱かなかったその気持ちが、俺に気づかせてくれる。

 涼を想う気持ちが深まって行く一方だということを。

 やっぱり会いたかったな。
 今、涼に会いたい。
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