重なる月

志生帆 海

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第7章 

戸惑い 4

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 大学の旧校舎の裏へ、山岡は勢いよく走って行った。

 あれ……なんで? 今日の講義は新校舎の方だったよな。不思議に思って山岡を呼び止めた。

「おい、なんで旧校舎へ? 」
「月乃、お前に聞きたいことがある」

 はぁはぁと息と切らしながら真剣な顔をして振り返る山岡にビクっとしてしまった。もしかして怒っているのか。

「何? 」
「なぁ月乃……俺達、友達だよな」
「うん。僕はそう思っているよ」
「じゃあ……なんで」

 じりじりと真剣な顔で近づいてくる山岡に昨日のSoilさんを思い出して、壁に追い詰められた僕は少したじろいでしまった。僕は最近少しおかしい。いろいろと意識し過ぎだ。

「なっなに怒っているんだよ」
「あの雑誌、見たよ」
「……そうか」
「モデルのこと事前に話してくれても良かったじゃないか」

 さらにドンっと壁に追いやられて焦ってしまう。

「っつ……」

 そうか、それで怒っているんだな。冬休みの間バスケ部の練習に顔を全く出せなくて、何度も連絡をくれていたのに全部断ってしまった。その理由も説明せずに本当に酷いことをしてしまった。

「ごめん。君にはちゃんと話してくべきだった。その……急な出来事だったから」
「もういいよ。他の奴から先に聞かされて、なんだかむっとしただけだ」

 山岡はプイッっとそっぽを向いて、決まり悪そうにしている。

「もしかして焼きもちか」
「なっなんで俺が月乃にっ!? 」
 
 狼狽えるように顔を赤くした山岡の様子が、同級生なのになんだか可愛くてほっとした。僕の周りには安志さん、丈さん洋兄さんと年上の落ち着いた人達ばかりだから、こういうストレートな反応が返って嬉しかったりして。

 でも安志さんにも、もしかしてこんな気持ちを抱かせてしまっているのか。そう思うと少し不安に思った。今日の夜には会えるのに少しの不安は僕に影を落とす。会った時にせめて僕だけでも素直に甘えたい。

 それからモデルを始めた経緯や、バスケ部を辞めないといけないことを手短に話すと、山岡は驚いたり怒ったりと忙しかった。

「本当にごめん。迷惑かけちゃうかもしれないけれども、これからも山岡とは大学生活一緒に君と楽しみたいんだ。君のこといろいろ頼りにしているよ」
「月乃はモデルになったし女にモテモテだろ。俺なんかとつるまないで、そっちに行けよ」
「僕は女の子は苦手だよ」

 苦笑すると、山岡はポカンと不思議そうな表情を浮かべた。

「ほら遅刻するよ!もう行こう」

 山岡を置いて走り出すと、後ろから叫ぶ声が聴こえてきた。

「お前っ!それってどういう意味? 」
「別に! 」


****


 今日が発売日だ。朝からそわそわしてしまう。見たいような見たくないような、涼のモデルとしての第一歩の雑誌。あっでも女性誌って言っていたから自分で買うのは無理だ。結局そんな葛藤で悶々と過ごす午前中だった。

 ところが昼休み銀行に行くとタイムリーなことに、ソファにその雑誌が置いてあった。順番はまだ先だしと思い切って手に取ってページを急いで捲り、涼の姿を見つけた。

 あの日の水族館だ。入口の壁にもたれて微笑む涼。隣には涼のことを見つめる可愛い女の子がいた。二人の間には砂糖菓子のように甘い雰囲気が紙面からダダ漏れだ。カットによっては手を繋いだり肩を組んだり、デート特集というだけあって熱い雰囲気でいっぱいだ。

 涼の甘く端正で上品な顔は、いかにも王子様キャラで女性受けしそうだ。彼は本当に清楚で綺麗だし、スタイルだって他のモデルよりと比べても抜群に良い。

 この涼の目線の先には確かに俺がいたのに、まるでどこか遠い世界の出来事のように感じてしまう。

 はぁ……覚悟していたが結構堪えるな。

 俺は年上だし社会人だ。若い涼が見つけたやりたいことを応援してあげないといけないのに、どこか寂しいような焦るような気持が込み上げてしまう。

 駄目だ。こんなことじゃ。涼を束縛しては駄目だ。まだ彼は十代なんだ。捉われることなく、やりたいことを思う存分やって欲しい。涼の年でしか体験できないことが沢山あるのだから。そう思うのにやっぱり心は晴れ晴れしない。

 夜には涼に会えるが、今後はもっと気を付けて会った方がいいのかもしれない。全国紙の媒体に顔が出てしまった以上、必要以上に俺の方が気を付けてやらないと。

 俺も涼と同じ年代だったら、もっと素直に気持ちをぶつけられたかもしれないが、こう歳を重ねてくるとなかなか厄介なもんだな。何かと心配症で、いろいろと頭でっかちになっている自分に苦笑してしまった。

 それでも会いたい。
 それが涼への想い。
 その気持ちだけは絶対で揺るがない。

 真っすぐ行けばいい。
 考えすぎるな。
 それを心掛けよう。

 雑誌をそっと閉じて、午後の勤務に戻った。

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