重なる月

志生帆 海

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第7章 

戸惑い 3

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 結局冬休みに入ってから月乃は一度もバスケの練習に顔を出さなかった。不思議に思ってメールと電話を何度かしたが、アメリカから両親が来ているとか急用だとか、いろんな理由でやんわりと断られてしまった。

 そのせいだろうか、このモヤモヤとした燻る気持ちは。

 休み中にあの綺麗な顔を拝めなくて何となく寂しかった。お互い秋入学だったし同じバスケットボール部に所属しているのもあって、月乃は俺の大学で一番気が合う友人になっていた。そんな月乃と2週間近く会っていないのは寂しいぜ。

 今日から大学がまた始まる。今日は一緒に行動したい……なんてまるで高校生の恋愛みたいなことを俺は月乃涼という綺麗すぎる男相手に思っているのだから、全くおかしなもんだ。
 
 早く来ないかな。いつもの電車に乗っていなかったから次の電車か、それともまたギリギリか。

 ここなら月乃が通るのがすぐに分かる。そんな思惑で大学の駅前のコーヒーショップで音楽を聴きながら外を行き交う人を眺めていると、突然肩を叩かれた。

「何?」
 
 イヤホンを取って振り返るとクラスの女子が立っていた。名前なんだっけ? 一度合コンしたメンバーにいたな。それなりに可愛い女の子が頬を赤らめ立っていた。

「何?」
「おはよ! 急にごめんね。ねぇねぇ山岡くんって月乃くんと仲良しだよね? 」
 
 突然さっきまで頭の中を占めていた月乃の名前が出てドキッとした。

「あぁそれが何か」
「これ見て! 」
 
 目の前にぐいと差し出されたのは、女性のファッション誌だった。

「このページのモデルさんって、絶対に月乃くんだよねっ」
「えっ! あっ本当だ!」
「驚いちゃった。昨日買って読んでいたら見つけて。月乃くんすごく綺麗よね! うっとりしちゃった。しかも大学のクラスメイトだなんて興奮するわ」
「あいつ……いつの間に」

 写真は数ページに渡って掲載されていた。水族館の入り口で女の子と手を繋いでいたり、イルカショーを観ていたり。綺麗だと思っていたけど、ここまでだとは。

 甘く品のある顔は、笑うととても優美な雰囲気になっている。ただ立っているだけでも顔が小さくスタイルが抜群にいいので絵になる。細い身体だけどスポーツをやっているので、なよなよした感じではない。でも男臭い感じも全くない。ある意味中性的で……しなやかな少年のような躰つきで何故か色っぽい。

 明るい焦げ茶色の髪の毛は日に透けて輝いていて、滑らかな肌を引き立てている。本当に美形だ……男のくせに。

 って俺、何をこんなに真剣に見惚れているのか。

「ふふっ山岡くんも見惚れちゃう位だよね~同じ人間とは思えない。月乃くんってモデルだったの? 知っていた?」
「あっああ…」

 嘘だ。俺は何も知らなかった。何だよ、話してくれてもいいのに。その程度の仲なのか俺達はまだ。そう思うと急にムシャクシャしてきた。

 と、その時ガラス越に月乃の姿が見えた。

「あっそれじゃまた後でな」

 手早く自分の荷物をまとめてクラスメイトを置いて飛び出そうとしたのに、怯んでしまった。月乃の横に女の子がくっついて積極的に彼の腕に手を回し、何やら話しかけている。

 なんだよっ朝から女子にモテモテじゃんかよ。
 何故だか無性に腹が立ってきた。

 でも月乃はデレデレしているのではなく、心底困ったような顔で助けを求めるように、俺を見つけてくれたんだ。それが妙に嬉しくて助けてあげようと思った。

「来いよっ!」
 
 気が付くと、俺は女子に振りまくよりも遙かに爽やかな笑顔で、月乃に向かって手を真っ直ぐに差し伸べていた。


****

 今日からまだ大学が始まるというのに、すっかり寝坊してしまった。

 昨日遅くまでレッスンをしていて脚が筋肉痛だ。ウォーキングのレッスンで普段意識していない場所を動かしたせいだろう。

 それにしても昨日のおでこへのキスって深い意味はないよな。安志さんに言えない小さな秘密を作ってしまって居たたまれない。それから父さんや母さんに安志さんのことを何一つ話せなかったのも申し訳なかった。
 
 ふぅ……少しの後悔が込み上げてくる。

 満員電車の中で人混みに揺られながら昨日のことを反芻しているとグイっと腕を掴まれた。誰だ? 不審に思って手の主を確認すると、大学のクラスメイトの女子がすぐ隣に立っていた。

「あっ……おはよ」
「月乃くんっおはよ! ねぇねぇ聞きたいことがあるの」

 朝の通学電車の中で騒々しい位大きな声だ。妙に興奮している理由が分からない。

「なっ何?」
「あのね、この雑誌のことなんだけど」
 
 ちらっと鞄から見えている雑誌は、僕がモデルの代役をやったものだった。

「あっ……」
 
 そうか昨日発売だったのか。

「これって月乃くんだよね」
 
 背伸びした女の子が今度は一転して意味ありげに耳元で囁いてくるので戸惑ってしまった。

「悪い、電車の中では……ちょっと」

 僕たちの様子を車内のみんなが聞き耳を立てているようで、視線をさっきから感じていて居たたまれない。

「あっ了解! じゃあ降りたら教えてね」
 
 いちいちモデルやっています。始めました。なんて言うのもおこがましいので、別に自分から言いふらすつもりなんて毛頭なかった。でもあの雑誌って、こんなにもみんなが見ている媒体だったのか。今後は覚悟しないといけない。

 まさかこんな朝からこんな場所で、そのことをつっこまれるとは思っていなくて困ってしまった。それに女の子は何故か僕の腕に自分の胸を押し付けるような仕草で……電車の揺れでさっきから微妙に当たって来て困るな。

 更に戸惑ったのが、こんなことされても今の僕はもう何も感じないってこと。本当に僕は安志さんとの恋にまっしぐらだってことを認識してしまう。

「はぁ」

 離れる気配がない腕に小さな溜息をついてしまった。

 とりあえず電車を降りたら振り切って逃げよう。そう思ったけどその手は振りほどくことが出来ない程、きつかった。

 こんな駅前で朝から女の子といちゃついているように周囲から見えるのだろう。通り過ぎる学生から次々に口笛やひやかしを浴びて焦ってしまう。

「ねぇ~月乃くんの連絡先教えてよ。今度飲み会しようよ。他の子も会いたがっているし」
「いや……僕はそういうの興味ないから」
「駄目よっ、同じ大学のクラスメイトのよしみで、ねっお願いっ!」

 強引に押されれば押されるほど引いて行く気持ち。でも女の子相手にあまりきついことも言えないし……誰かに助けを求める気持ちで辺りを見回すと、駅前のコーヒーショップから出て来た山岡と目が合った。

 ヘルプ!の気持ちを込めて見つめると、山岡は明るい笑顔で手を差し伸べてくれた。

「来いよ!」

 その一言で弾けるように、女の子の手を振り解けた。

「悪いっ急ぐから、また今度!」

 憮然とする女の子から逃げるように、山岡の後を追った。






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