重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
374 / 1,657
第7章 

戸惑い 3

しおりを挟む
 結局冬休みに入ってから月乃は一度もバスケの練習に顔を出さなかった。不思議に思ってメールと電話を何度かしたが、アメリカから両親が来ているとか急用だとか、いろんな理由でやんわりと断られてしまった。

 そのせいだろうか、このモヤモヤとした燻る気持ちは。

 休み中にあの綺麗な顔を拝めなくて何となく寂しかった。お互い秋入学だったし同じバスケットボール部に所属しているのもあって、月乃は俺の大学で一番気が合う友人になっていた。そんな月乃と2週間近く会っていないのは寂しいぜ。

 今日から大学がまた始まる。今日は一緒に行動したい……なんてまるで高校生の恋愛みたいなことを俺は月乃涼という綺麗すぎる男相手に思っているのだから、全くおかしなもんだ。
 
 早く来ないかな。いつもの電車に乗っていなかったから次の電車か、それともまたギリギリか。

 ここなら月乃が通るのがすぐに分かる。そんな思惑で大学の駅前のコーヒーショップで音楽を聴きながら外を行き交う人を眺めていると、突然肩を叩かれた。

「何?」
 
 イヤホンを取って振り返るとクラスの女子が立っていた。名前なんだっけ? 一度合コンしたメンバーにいたな。それなりに可愛い女の子が頬を赤らめ立っていた。

「何?」
「おはよ! 急にごめんね。ねぇねぇ山岡くんって月乃くんと仲良しだよね? 」
 
 突然さっきまで頭の中を占めていた月乃の名前が出てドキッとした。

「あぁそれが何か」
「これ見て! 」
 
 目の前にぐいと差し出されたのは、女性のファッション誌だった。

「このページのモデルさんって、絶対に月乃くんだよねっ」
「えっ! あっ本当だ!」
「驚いちゃった。昨日買って読んでいたら見つけて。月乃くんすごく綺麗よね! うっとりしちゃった。しかも大学のクラスメイトだなんて興奮するわ」
「あいつ……いつの間に」

 写真は数ページに渡って掲載されていた。水族館の入り口で女の子と手を繋いでいたり、イルカショーを観ていたり。綺麗だと思っていたけど、ここまでだとは。

 甘く品のある顔は、笑うととても優美な雰囲気になっている。ただ立っているだけでも顔が小さくスタイルが抜群にいいので絵になる。細い身体だけどスポーツをやっているので、なよなよした感じではない。でも男臭い感じも全くない。ある意味中性的で……しなやかな少年のような躰つきで何故か色っぽい。

 明るい焦げ茶色の髪の毛は日に透けて輝いていて、滑らかな肌を引き立てている。本当に美形だ……男のくせに。

 って俺、何をこんなに真剣に見惚れているのか。

「ふふっ山岡くんも見惚れちゃう位だよね~同じ人間とは思えない。月乃くんってモデルだったの? 知っていた?」
「あっああ…」

 嘘だ。俺は何も知らなかった。何だよ、話してくれてもいいのに。その程度の仲なのか俺達はまだ。そう思うと急にムシャクシャしてきた。

 と、その時ガラス越に月乃の姿が見えた。

「あっそれじゃまた後でな」

 手早く自分の荷物をまとめてクラスメイトを置いて飛び出そうとしたのに、怯んでしまった。月乃の横に女の子がくっついて積極的に彼の腕に手を回し、何やら話しかけている。

 なんだよっ朝から女子にモテモテじゃんかよ。
 何故だか無性に腹が立ってきた。

 でも月乃はデレデレしているのではなく、心底困ったような顔で助けを求めるように、俺を見つけてくれたんだ。それが妙に嬉しくて助けてあげようと思った。

「来いよっ!」
 
 気が付くと、俺は女子に振りまくよりも遙かに爽やかな笑顔で、月乃に向かって手を真っ直ぐに差し伸べていた。


****

 今日からまだ大学が始まるというのに、すっかり寝坊してしまった。

 昨日遅くまでレッスンをしていて脚が筋肉痛だ。ウォーキングのレッスンで普段意識していない場所を動かしたせいだろう。

 それにしても昨日のおでこへのキスって深い意味はないよな。安志さんに言えない小さな秘密を作ってしまって居たたまれない。それから父さんや母さんに安志さんのことを何一つ話せなかったのも申し訳なかった。
 
 ふぅ……少しの後悔が込み上げてくる。

 満員電車の中で人混みに揺られながら昨日のことを反芻しているとグイっと腕を掴まれた。誰だ? 不審に思って手の主を確認すると、大学のクラスメイトの女子がすぐ隣に立っていた。

「あっ……おはよ」
「月乃くんっおはよ! ねぇねぇ聞きたいことがあるの」

 朝の通学電車の中で騒々しい位大きな声だ。妙に興奮している理由が分からない。

「なっ何?」
「あのね、この雑誌のことなんだけど」
 
 ちらっと鞄から見えている雑誌は、僕がモデルの代役をやったものだった。

「あっ……」
 
 そうか昨日発売だったのか。

「これって月乃くんだよね」
 
 背伸びした女の子が今度は一転して意味ありげに耳元で囁いてくるので戸惑ってしまった。

「悪い、電車の中では……ちょっと」

 僕たちの様子を車内のみんなが聞き耳を立てているようで、視線をさっきから感じていて居たたまれない。

「あっ了解! じゃあ降りたら教えてね」
 
 いちいちモデルやっています。始めました。なんて言うのもおこがましいので、別に自分から言いふらすつもりなんて毛頭なかった。でもあの雑誌って、こんなにもみんなが見ている媒体だったのか。今後は覚悟しないといけない。

 まさかこんな朝からこんな場所で、そのことをつっこまれるとは思っていなくて困ってしまった。それに女の子は何故か僕の腕に自分の胸を押し付けるような仕草で……電車の揺れでさっきから微妙に当たって来て困るな。

 更に戸惑ったのが、こんなことされても今の僕はもう何も感じないってこと。本当に僕は安志さんとの恋にまっしぐらだってことを認識してしまう。

「はぁ」

 離れる気配がない腕に小さな溜息をついてしまった。

 とりあえず電車を降りたら振り切って逃げよう。そう思ったけどその手は振りほどくことが出来ない程、きつかった。

 こんな駅前で朝から女の子といちゃついているように周囲から見えるのだろう。通り過ぎる学生から次々に口笛やひやかしを浴びて焦ってしまう。

「ねぇ~月乃くんの連絡先教えてよ。今度飲み会しようよ。他の子も会いたがっているし」
「いや……僕はそういうの興味ないから」
「駄目よっ、同じ大学のクラスメイトのよしみで、ねっお願いっ!」

 強引に押されれば押されるほど引いて行く気持ち。でも女の子相手にあまりきついことも言えないし……誰かに助けを求める気持ちで辺りを見回すと、駅前のコーヒーショップから出て来た山岡と目が合った。

 ヘルプ!の気持ちを込めて見つめると、山岡は明るい笑顔で手を差し伸べてくれた。

「来いよ!」

 その一言で弾けるように、女の子の手を振り解けた。

「悪いっ急ぐから、また今度!」

 憮然とする女の子から逃げるように、山岡の後を追った。






しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。 ※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話

六剣
恋愛
社会人の鳳健吾(おおとりけんご)と高校生の鮫島凛香(さめじまりんか)はアパートのお隣同士だった。 兄貴気質であるケンゴはシングルマザーで常に働きに出ているリンカの母親に代わってよく彼女の面倒を見ていた。 リンカが中学生になった頃、ケンゴは海外に転勤してしまい、三年の月日が流れる。 三年ぶりに日本のアパートに戻って来たケンゴに対してリンカは、 「なんだ。帰ってきたんだ」 と、嫌悪な様子で接するのだった。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

処理中です...