重なる月

志生帆 海

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第7章 

戸惑い 1

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 東京のモデル事務所にて。

「では以上が重要事項の説明になります。ご了承いただけるようでしたら、最後にこちらに捺印をお願いします」
「はい。息子のことを、どうぞよろしくお願いします」

 父親の手によって契約の印鑑が押された。いよいよこれで本格的にモデルとしての仕事に就くことになる。最初は反対していた両親だったのに今は応援してくれていることが嬉しい。

 僕の我が儘で日本の大学に通わせてもらった上にモデルという仕事に就きたいと話した時は、流石に最初は反対されたが、割と早くに理解してもらえた。

 一人息子だけれども両親は過保護に育てるわけではなく、昔からどんどんいろんな経験をして来いと僕の進む道を応援してくれた。僕のことを信頼してくれている。そのことに感謝する。だから新しい世界へ飛び込むことに躊躇しない。

「これで当モデル事務所との契約を完了いたします。涼くんのことは責任をもってお預かりします。それで万が一の緊急時の国内連絡先は、こちらの方でよろしいのですか。この方との関係は? 」
「あぁ彼は十歳年上の涼の従兄弟になりますの。信頼できる子ですので、まずはそちらへお願いします。私たちは数日後にはニューヨークに戻らないと行けないので」
「了解しました」

 書類には「崔加 洋」とはっきりと名前が書かれていた。洋兄さんが、日本での保護者代わりを快く引き受けてくれて嬉しい。何よりも母さんが洋兄さんと和解してくれたことに心がぽっと温かくなったよ。

 これで僕は堂々と洋兄さんと交流が持てる。そう思うと長年秘密で会っていたことが懐かしくさえ思えてくる。
 
「おはようございます」

 今後のスケジュールを打ち合わせていると突然ドアが開いて、この事務所のトップモデルのSoilさんが颯爽と入って来た。高身長で信じられない程、顔が小さい。普段着なのに都会らしい洗練された雰囲気で世界がまるで違う。漆黒の長めのサラサラの髪を無造作に手でかきあげる姿すら、撮影中のポーズのように決まっている。

「あっ悪い。打ち合わせ中だった? 」
「おっSoilちょうど良い所に来たな。一度会ったことあるよな。月乃涼くんとそのご両親だ」
「あぁ彼ね。はじめまして」
 
 魅惑的な微笑みを浮かべるSoilさんは、流石トップモデルの余裕を感じる。

「まぁ素敵な男性ね。そういえば雑誌やCMで拝見したことがあるわ」

 母さんが頬を染めてしまうほど、Soilさんは大人の男性らしい魅力で溢れている。

「光栄です。Soilです。息子さんのことは後輩として面倒みさせてもらいます」
「まぁ嬉しいわ。あなたみたいな素敵な先輩がいるなんて」
「ははっ俺もこんなに可愛い後輩が出来て嬉しいですよ」
「あっあのSoilさん、先日は撮影でありがとうございました。僕、今日から専属契約を結びました。よろしくお願いします」
 
 つい見惚れてしまうよ。なので焦って挨拶をした。僕もいつかこんな風になれるだろうか。

「じゃあ私達はお墓参りに行くから帰るよ。お前はこのままレッスンなんだってな」
「はい。父さん、また夜に」

****

 父さん達が帰るのを見送った後、事務所の三階のレッスン室に案内された。

 ド素人の僕はウォーキングやポージングは勿論、モデルとしての心構えや業界常識、美しい体の作り方など、モデルとして必要な要素を、基礎の基礎から勉強することになった。とにかく全く新しい世界に一歩踏み出したことに高揚するよ。

 夢中でウォーキングレッスンをして講義を聞いたりしてたら、あっという間に日が暮れていた。

「お疲れさま。涼くん今日はもういいよ。明日からは大学も始まるんでしょ。大学のクラブ活動との掛け持ちは正直厳しいと思うが、大学の勉強に関してはスケジュール調整するので勉強の方もしっかりね」
「あっはい」

 そうだよな。やっぱりバスケ部との掛け持ちは無理だろうな。山岡に明日謝らないといけない。あいつ僕とやること楽しみにしていたから、がっかりするだろうな。それよりモデルになったこともちゃんと話さないと。そんなことを考えていると、鏡のバーの前にいつのまにかSoilさんが立っていた。

「あっSoilさんいつからそこに?」
「お疲れさん、ちょっとレッスン風景見させてもらったよ。君はウォーキングの姿勢初心者なのに随分と綺麗だな。初めてとは思えない。そうか……スポーツをやっていたから筋肉のバランスがいいんだな」

 彼にそんな風に褒めてもらえて、なんだか嬉しい気分で一杯だ。

「ありがとうございます」
「くくっほんと君って素直で可愛いな」
「え?」

 そう言って近づいてくるSoilさんは、なんだか壮絶に色っぽくて、一歩後ずさりしてしまった。
 
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