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第7章
来訪 7
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気まずい静寂は、翠さんのくすっと含んだような笑い声で破られた。
「嫁ね……そういうことか。なるほど不愛想な丈の将来を悲観していたけど、それも一興かもしれないね」
「おいっ流、私に分かるように説明してくれないか。丈とこの崔加さんというのは、そのつまり」
「やだな父さん。※『稚児』という言葉位ご存じでしょう?」
「それは知っているが……丈の場合それとは違うだろう?」
翠さんとお父さんのやりとりに顔から火が出る勢いで、動揺してしまった。まさか……ちっ稚児って俺のこと言っているのか。
戸惑う表情で丈のことを見つめると、大丈夫だ、心配するなといつものように穏やかな眼で俺を慈しんでくれた。
「父さん、流兄さん、もういい加減にしてください。稚児なんて、そんな昔の言葉で片付けないでください。私は一生を共に過ごしていくパートナーとして、真剣に洋を選んだのです。実はいろいろあって洋とはもう既に五年も一緒に暮らしています。今回日本に戻ってきたのが丁度良い機会だと思い、お父さん達に紹介したくて連れてきました。どうか私たちを受け入れて下さい」
何を話していいか分からず動揺している俺の横で、丈は正座して頭を下げた。
胸がキュンとした。
丈がここまではっきり言い切ってくれるなんて……俺なんかのために頭まで下げてくれるなんて嬉しかった。俺は恥ずかしくて、今にもここから逃げ出したい気持ちで一杯だったのに心を打たれた。
丈は狡い格好良すぎる。男前過ぎるよ。この場合、俺もそうするべきだよな。あぁもうどうしたらいいのか。どう行動すべきか悩んでいると再び流さんが助け舟を出してくれた。
「丈よせよ。洋くんだっけ……彼が居たたまれないほど苦し気な顔しているよ。こういうことはちゃんとお互い同意の上カミングアウトすべきだぜ。とにかく俺はこの綺麗な張矢家の嫁さんのことはウェルカムだから安心しろよ」
「流兄さん……ありがとうございます。でも洋のこと嫁さんっていうのは……あれですが」
「ははっ礼には及ばないぜ、お前が言い出さなくても俺には分かっていたよ。君たちが恋人同士だってこと」
「えっ、何故?」
「あーだって、さっき裏門の上で、お前達、アツアツだっただろ?」
「はっ……」
流さんが告げた言葉に、いよいよクラクラして気を失いそうになった。
「もう駄目。頭がいっぱいだよ。丈、ちょっと待ってくれ。俺だけ置いてけぼりだ」
「洋、すまなかった。負担をかけるつもりではなかったのに」
「おいおい大丈夫か。君、顔色悪いな。別に俺たちは反対していないよ。ねぇ父さん、翠兄さん」
「あぁ……そうだ。反対はしていない。驚いただけだ。物事にずっと関心が薄かったお前がそこまで言う相手なんだ。男だろうと女だろうと、どちらでも構わない。洋くん、我が家だと思ってゆっくりしていきないさい。話はおいおい聞くとしよう、丈……離れの客間に案内してあげなさい。彼の顔色が悪いから少し休ませてあげなさい」
長兄の翠さんは一部始終、様子を見守っていて、ようやく口を開いた。
「全く丈にはしてやられたな。小さい頃は物静かで大人しいだけだったのに、まさかこんなこと仕出かすなんてな。あっ別に僕も偏見はないよ。ちょっとかわいい弟を取られた気分なだけで」
「くくっ翠兄さんは、丈のことなんだかんだ言って可愛がっていたものな」
「それは、流が強烈過ぎて、いつもその影で霞んで可哀想だっただけだ。それに可愛い義弟というのも悪くないし、僕も楽しみだよ」
「だよな。とにかく俺達は洋くんのこと気に入ったよ。男にしとくの勿体ない位の美人だし、俺達が嫁さんの修行させてもいいか」
「これっ翠も流も、調子に乗る出ない」
頭上を飛び交う家族ならではの打ち解けた会話にもう付いていけない。兄弟も親もいない俺には、やはり憧れのような眩しい世界だった。でも反対されたわけじゃないことが分かって、ほっとした。
とにかく良かった……
極度の緊張が解けたせいか、だんだんと皆の話声がぼんやりと聴こえ……ふらっと眩暈がいてしまい、気が付くと丈の肩にもたれていた。
「おい、洋大丈夫か」
心配そうな丈の声が、ぼんやりと遠くから聞えてくる。
「もう……キャパオーバーだ。少し休ませてくれ……」
****
※稚児……日本における男色の始まりは、真言宗の開祖・空海(弘法大師)が、当時の先進国だった唐に留学し、真言密教とともに男色の習慣を持ち帰ったことだといわれている。 仏教では月経のある女性は穢れた存在であるとみなされ、僧侶が女性と性的な関係を持つことは固く禁じられていた。そのため仏教寺院は原則として女人禁制で、僧侶たちは稚児と呼ばれる少年に身の回りの世話をさせるのが習わしであった。 (ピクシブ百科事典より引用)
「嫁ね……そういうことか。なるほど不愛想な丈の将来を悲観していたけど、それも一興かもしれないね」
「おいっ流、私に分かるように説明してくれないか。丈とこの崔加さんというのは、そのつまり」
「やだな父さん。※『稚児』という言葉位ご存じでしょう?」
「それは知っているが……丈の場合それとは違うだろう?」
翠さんとお父さんのやりとりに顔から火が出る勢いで、動揺してしまった。まさか……ちっ稚児って俺のこと言っているのか。
戸惑う表情で丈のことを見つめると、大丈夫だ、心配するなといつものように穏やかな眼で俺を慈しんでくれた。
「父さん、流兄さん、もういい加減にしてください。稚児なんて、そんな昔の言葉で片付けないでください。私は一生を共に過ごしていくパートナーとして、真剣に洋を選んだのです。実はいろいろあって洋とはもう既に五年も一緒に暮らしています。今回日本に戻ってきたのが丁度良い機会だと思い、お父さん達に紹介したくて連れてきました。どうか私たちを受け入れて下さい」
何を話していいか分からず動揺している俺の横で、丈は正座して頭を下げた。
胸がキュンとした。
丈がここまではっきり言い切ってくれるなんて……俺なんかのために頭まで下げてくれるなんて嬉しかった。俺は恥ずかしくて、今にもここから逃げ出したい気持ちで一杯だったのに心を打たれた。
丈は狡い格好良すぎる。男前過ぎるよ。この場合、俺もそうするべきだよな。あぁもうどうしたらいいのか。どう行動すべきか悩んでいると再び流さんが助け舟を出してくれた。
「丈よせよ。洋くんだっけ……彼が居たたまれないほど苦し気な顔しているよ。こういうことはちゃんとお互い同意の上カミングアウトすべきだぜ。とにかく俺はこの綺麗な張矢家の嫁さんのことはウェルカムだから安心しろよ」
「流兄さん……ありがとうございます。でも洋のこと嫁さんっていうのは……あれですが」
「ははっ礼には及ばないぜ、お前が言い出さなくても俺には分かっていたよ。君たちが恋人同士だってこと」
「えっ、何故?」
「あーだって、さっき裏門の上で、お前達、アツアツだっただろ?」
「はっ……」
流さんが告げた言葉に、いよいよクラクラして気を失いそうになった。
「もう駄目。頭がいっぱいだよ。丈、ちょっと待ってくれ。俺だけ置いてけぼりだ」
「洋、すまなかった。負担をかけるつもりではなかったのに」
「おいおい大丈夫か。君、顔色悪いな。別に俺たちは反対していないよ。ねぇ父さん、翠兄さん」
「あぁ……そうだ。反対はしていない。驚いただけだ。物事にずっと関心が薄かったお前がそこまで言う相手なんだ。男だろうと女だろうと、どちらでも構わない。洋くん、我が家だと思ってゆっくりしていきないさい。話はおいおい聞くとしよう、丈……離れの客間に案内してあげなさい。彼の顔色が悪いから少し休ませてあげなさい」
長兄の翠さんは一部始終、様子を見守っていて、ようやく口を開いた。
「全く丈にはしてやられたな。小さい頃は物静かで大人しいだけだったのに、まさかこんなこと仕出かすなんてな。あっ別に僕も偏見はないよ。ちょっとかわいい弟を取られた気分なだけで」
「くくっ翠兄さんは、丈のことなんだかんだ言って可愛がっていたものな」
「それは、流が強烈過ぎて、いつもその影で霞んで可哀想だっただけだ。それに可愛い義弟というのも悪くないし、僕も楽しみだよ」
「だよな。とにかく俺達は洋くんのこと気に入ったよ。男にしとくの勿体ない位の美人だし、俺達が嫁さんの修行させてもいいか」
「これっ翠も流も、調子に乗る出ない」
頭上を飛び交う家族ならではの打ち解けた会話にもう付いていけない。兄弟も親もいない俺には、やはり憧れのような眩しい世界だった。でも反対されたわけじゃないことが分かって、ほっとした。
とにかく良かった……
極度の緊張が解けたせいか、だんだんと皆の話声がぼんやりと聴こえ……ふらっと眩暈がいてしまい、気が付くと丈の肩にもたれていた。
「おい、洋大丈夫か」
心配そうな丈の声が、ぼんやりと遠くから聞えてくる。
「もう……キャパオーバーだ。少し休ませてくれ……」
****
※稚児……日本における男色の始まりは、真言宗の開祖・空海(弘法大師)が、当時の先進国だった唐に留学し、真言密教とともに男色の習慣を持ち帰ったことだといわれている。 仏教では月経のある女性は穢れた存在であるとみなされ、僧侶が女性と性的な関係を持つことは固く禁じられていた。そのため仏教寺院は原則として女人禁制で、僧侶たちは稚児と呼ばれる少年に身の回りの世話をさせるのが習わしであった。 (ピクシブ百科事典より引用)
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