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第7章
来訪 5
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「丈、裏門からではなく、ちゃんと正門から入りたい。なっ」
「そうか。じゃあこちらだ」
北鎌倉の駅から二十分程、歩いただろうか。随分と山奥にある寺だった。しみじみとした情趣の美しいお寺で、清々しい空気が辺り一面に漂っていた。
石段を上り山門をくぐり抜けると、野や山に近い自然な美しさが溢れる庭園が広がっていた。両脇は紫陽花か。きっと梅雨時は素晴らしい光景に変化するに違いない。他にもいろいろな草花がありそうなので、もう少し先の春になったら、この庭は花の香で香しく包まれるだろうと少し先の未来を想像してみた。
すると急にふと※既視感を感じた。
花が咲き乱れる美しい庭で遠い昔の俺は疲れた躰を休めていた。そこはとても落ち着く場所で、居心地が良く春の日差しにつられて、まどろんでしまうほどだった。躰につけられた汚れが浄化されていくような清々しい空気が漂う中、あの人がやってくるのを待っていた。
あの人に肩を貸してもらいたくて。
あの人にそっと触れたくて。
「洋……大丈夫か」
「ああ、凄くいい所だな」
「私も久しぶりだ」
「一体何年ぶりなんだ?」
「……もう、八年ぶりになるか」
突然、背後から急に声がして驚いた。
「あ、流(りゅう)兄さん…」
「お前なぁ。八年ぶりだっていうのに相変わらずその淡々とした表情、どうにかならないのか」
「すみません。ご無沙汰してしまって」
「他人行儀なこと言うなよ。可愛い弟の帰り待っていたぞ。で、この可愛い坊やは? 」
突然現れたのは丈のお兄さんの『流さん』と呼ばれる人だった。濃紺の作務衣姿で手には箒を持っていた。
ん? 坊やってまさか俺のこと?
よく20代前半とか、若く見られるけれども、いくら何でも坊やはないだろうと苦笑してしまった。
「はじめまして。俺は崔加 洋といいます。丈さんの友人です」
そうきっぱりと自己紹介した。
「へぇ……この無愛想な丈に、まさかこんな可愛い友人がいるとはねぇ」
好奇心溢れる眼で、じろじろと見られて居たたまれない。俺は丈に不釣り合いだろうか。そんな不安な気持ちになってしまう。
「しかし綺麗な顔しているな、坊さんにしたら人気でそうだ。どうだ? この道もいいぞ」
「兄さんっ」
いたずらっ気に笑う流さんは、いつも落ち着いている丈とは全然雰囲気が違った。丈が和風な美丈夫だったら、こちらは洋風の美丈夫だ。顔は丈と少し似ているけれども、もっと華やかで明るい感じだ。中世の騎士のような雰囲気なのに、作務衣を着ているのがアンバランスで、とても魅力的だ。
「ははっまぁ入れよ。可愛いお客さんは大歓迎だよ。暫く楽しめそうだ。父さんも翠(すい)に兄さんは今、月影庵で読経中だ。呼んでくるよ」
「……洋にはちょっかい出さないでくださいよ。お願いします」
「はいはい我慢できたらな」
そのまま、本堂らしき所へ案内された。流兄さんと呼ばれる男性は丈の二歳上のお兄さんだと聞いていたが、想像よりも気さくそうでほっとした。更に四歳上のお兄さんもいると。あとは、この寺の住職でもあるお父さんの三人暮らしとのことだ。
いよいよだと思うと緊張な面持ちになってしまう。
「洋、大丈夫か。父さんは私に似て寡黙な人であまりしゃべらないかもしれないが、悪い人じゃないから」
「分かった」
「流兄さんはいつもあんな調子だ。揶揄うのが大好きで、私も小さい頃から鬱陶しくなるほど弄られたもんだ」
「へぇ……意外だな。丈のそんな姿。いつも落ち着いて静かなのに」
「それから翠兄さんは、事前に話した通り、流兄さんの二歳年上の兄だ」
「うん」
丈と話していると、襖がすっと開いた。
※既視感……実際は一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験したことのように感じること。
「そうか。じゃあこちらだ」
北鎌倉の駅から二十分程、歩いただろうか。随分と山奥にある寺だった。しみじみとした情趣の美しいお寺で、清々しい空気が辺り一面に漂っていた。
石段を上り山門をくぐり抜けると、野や山に近い自然な美しさが溢れる庭園が広がっていた。両脇は紫陽花か。きっと梅雨時は素晴らしい光景に変化するに違いない。他にもいろいろな草花がありそうなので、もう少し先の春になったら、この庭は花の香で香しく包まれるだろうと少し先の未来を想像してみた。
すると急にふと※既視感を感じた。
花が咲き乱れる美しい庭で遠い昔の俺は疲れた躰を休めていた。そこはとても落ち着く場所で、居心地が良く春の日差しにつられて、まどろんでしまうほどだった。躰につけられた汚れが浄化されていくような清々しい空気が漂う中、あの人がやってくるのを待っていた。
あの人に肩を貸してもらいたくて。
あの人にそっと触れたくて。
「洋……大丈夫か」
「ああ、凄くいい所だな」
「私も久しぶりだ」
「一体何年ぶりなんだ?」
「……もう、八年ぶりになるか」
突然、背後から急に声がして驚いた。
「あ、流(りゅう)兄さん…」
「お前なぁ。八年ぶりだっていうのに相変わらずその淡々とした表情、どうにかならないのか」
「すみません。ご無沙汰してしまって」
「他人行儀なこと言うなよ。可愛い弟の帰り待っていたぞ。で、この可愛い坊やは? 」
突然現れたのは丈のお兄さんの『流さん』と呼ばれる人だった。濃紺の作務衣姿で手には箒を持っていた。
ん? 坊やってまさか俺のこと?
よく20代前半とか、若く見られるけれども、いくら何でも坊やはないだろうと苦笑してしまった。
「はじめまして。俺は崔加 洋といいます。丈さんの友人です」
そうきっぱりと自己紹介した。
「へぇ……この無愛想な丈に、まさかこんな可愛い友人がいるとはねぇ」
好奇心溢れる眼で、じろじろと見られて居たたまれない。俺は丈に不釣り合いだろうか。そんな不安な気持ちになってしまう。
「しかし綺麗な顔しているな、坊さんにしたら人気でそうだ。どうだ? この道もいいぞ」
「兄さんっ」
いたずらっ気に笑う流さんは、いつも落ち着いている丈とは全然雰囲気が違った。丈が和風な美丈夫だったら、こちらは洋風の美丈夫だ。顔は丈と少し似ているけれども、もっと華やかで明るい感じだ。中世の騎士のような雰囲気なのに、作務衣を着ているのがアンバランスで、とても魅力的だ。
「ははっまぁ入れよ。可愛いお客さんは大歓迎だよ。暫く楽しめそうだ。父さんも翠(すい)に兄さんは今、月影庵で読経中だ。呼んでくるよ」
「……洋にはちょっかい出さないでくださいよ。お願いします」
「はいはい我慢できたらな」
そのまま、本堂らしき所へ案内された。流兄さんと呼ばれる男性は丈の二歳上のお兄さんだと聞いていたが、想像よりも気さくそうでほっとした。更に四歳上のお兄さんもいると。あとは、この寺の住職でもあるお父さんの三人暮らしとのことだ。
いよいよだと思うと緊張な面持ちになってしまう。
「洋、大丈夫か。父さんは私に似て寡黙な人であまりしゃべらないかもしれないが、悪い人じゃないから」
「分かった」
「流兄さんはいつもあんな調子だ。揶揄うのが大好きで、私も小さい頃から鬱陶しくなるほど弄られたもんだ」
「へぇ……意外だな。丈のそんな姿。いつも落ち着いて静かなのに」
「それから翠兄さんは、事前に話した通り、流兄さんの二歳年上の兄だ」
「うん」
丈と話していると、襖がすっと開いた。
※既視感……実際は一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験したことのように感じること。
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