重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
369 / 1,657
第7章 

来訪 5

しおりを挟む
「丈、裏門からではなく、ちゃんと正門から入りたい。なっ」
「そうか。じゃあこちらだ」

 北鎌倉の駅から二十分程、歩いただろうか。随分と山奥にある寺だった。しみじみとした情趣の美しいお寺で、清々しい空気が辺り一面に漂っていた。
 
 石段を上り山門をくぐり抜けると、野や山に近い自然な美しさが溢れる庭園が広がっていた。両脇は紫陽花か。きっと梅雨時は素晴らしい光景に変化するに違いない。他にもいろいろな草花がありそうなので、もう少し先の春になったら、この庭は花の香で香しく包まれるだろうと少し先の未来を想像してみた。

 すると急にふと※既視感を感じた。
 
 花が咲き乱れる美しい庭で遠い昔の俺は疲れた躰を休めていた。そこはとても落ち着く場所で、居心地が良く春の日差しにつられて、まどろんでしまうほどだった。躰につけられた汚れが浄化されていくような清々しい空気が漂う中、あの人がやってくるのを待っていた。

 あの人に肩を貸してもらいたくて。
 あの人にそっと触れたくて。

「洋……大丈夫か」
「ああ、凄くいい所だな」
「私も久しぶりだ」
「一体何年ぶりなんだ?」
「……もう、八年ぶりになるか」

 突然、背後から急に声がして驚いた。

「あ、流(りゅう)兄さん…」
「お前なぁ。八年ぶりだっていうのに相変わらずその淡々とした表情、どうにかならないのか」
「すみません。ご無沙汰してしまって」
「他人行儀なこと言うなよ。可愛い弟の帰り待っていたぞ。で、この可愛い坊やは? 」

 突然現れたのは丈のお兄さんの『流さん』と呼ばれる人だった。濃紺の作務衣姿で手には箒を持っていた。
 
 ん? 坊やってまさか俺のこと? 

 よく20代前半とか、若く見られるけれども、いくら何でも坊やはないだろうと苦笑してしまった。

「はじめまして。俺は崔加 洋といいます。丈さんの友人です」

 そうきっぱりと自己紹介した。

「へぇ……この無愛想な丈に、まさかこんな可愛い友人がいるとはねぇ」

 好奇心溢れる眼で、じろじろと見られて居たたまれない。俺は丈に不釣り合いだろうか。そんな不安な気持ちになってしまう。

「しかし綺麗な顔しているな、坊さんにしたら人気でそうだ。どうだ? この道もいいぞ」
「兄さんっ」

 いたずらっ気に笑う流さんは、いつも落ち着いている丈とは全然雰囲気が違った。丈が和風な美丈夫だったら、こちらは洋風の美丈夫だ。顔は丈と少し似ているけれども、もっと華やかで明るい感じだ。中世の騎士のような雰囲気なのに、作務衣を着ているのがアンバランスで、とても魅力的だ。

「ははっまぁ入れよ。可愛いお客さんは大歓迎だよ。暫く楽しめそうだ。父さんも翠(すい)に兄さんは今、月影庵で読経中だ。呼んでくるよ」
「……洋にはちょっかい出さないでくださいよ。お願いします」
「はいはい我慢できたらな」
 
 そのまま、本堂らしき所へ案内された。流兄さんと呼ばれる男性は丈の二歳上のお兄さんだと聞いていたが、想像よりも気さくそうでほっとした。更に四歳上のお兄さんもいると。あとは、この寺の住職でもあるお父さんの三人暮らしとのことだ。  

 いよいよだと思うと緊張な面持ちになってしまう。

「洋、大丈夫か。父さんは私に似て寡黙な人であまりしゃべらないかもしれないが、悪い人じゃないから」
「分かった」
「流兄さんはいつもあんな調子だ。揶揄うのが大好きで、私も小さい頃から鬱陶しくなるほど弄られたもんだ」
「へぇ……意外だな。丈のそんな姿。いつも落ち着いて静かなのに」
「それから翠兄さんは、事前に話した通り、流兄さんの二歳年上の兄だ」
「うん」

 丈と話していると、襖がすっと開いた。




※既視感……実際は一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験したことのように感じること。

しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

処理中です...