重なる月

志生帆 海

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第7章 

来訪 4

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 涼の家を後にした俺は、横浜駅で丈と待ち合わせて横須賀線に乗り込んだ。涼の両親と信じられない程の和やかな時間を過ごせたので、まだ気持ちが高揚している。

 伯母は儚げだった母と同じ顔をしているのに、母よりずっと明るくて心強いと感じた。きっと涼のあの太陽のような明るさは母親譲りなのだろう。

「丈、お待たせ」
「もういいのか」
「あぁ大丈夫だ。行こう」

 平日で空いているせいか電車はがらがらだった。シートに二人並んで座り、これからの行き先を考えると気持ちが落ち着かない。電車のゴトゴトという振動音が、まるで俺の心臓の鼓動のようだ。

 涼の両親が帰国して部屋で鉢合わせしたことや涼のモデルデビューの話など、昨日から今日までに起きた出来事を一通り丈に話した。

「そうか良かったな、受け入れてもらえて」
「うん。で、丈の方はどうだった? 安志と二人で何を話していた?」
「別に……二人ともあっという間に寝ていたよ」
「なんだ、ムードないなぁ」
「くくっムードなんていらないだろう」
「まぁそうだけど、鎌倉まで後どのくらい?」
「20分強だよ。随分そわそわしてるな」
「当たり前じゃないか。なぁ……本当にこの服装で良かったのか」

 さっきから緊張してしょうがない。お寺なんだから、もっと畏まった格好の方が良かったかな。グレーのダッフルコートに白いセーターに黒いパンツというごくごく普通の学生のような服装で大丈夫だろうか。スーツは他の荷物と一緒に送ってしまったし、手持ちの服で一番畏まったのを選んだつもりだが心配だ。

「洋は何を着ていても、品があって綺麗だから心配するな」
「全く丈は俺に甘すぎるな。そう言えば、お寺はなんていう名前?」
「月影寺(つきかげでら)だ」
「へぇ……なんだか心に響く落ち着く名前だね。それで……俺のことを家の人に、なんて紹介するつもりだ?」

 聞きたかった。ちゃんと聞いておかないと、それによってどういう態度を取ればいいか違ってくるし。友人? 後輩? それとも……いやいやいきなりそんなことを丈が言うはずがない。

「洋は何て言って欲しい? 」
「えっ俺は……」

 答えは俺はまだ用意できていない。丈の家に二人で行くことが何を意味するのか、真意が掴めていないから。

「私はきちんと紹介したいが、いきなりじゃ駄目か」
「きちんとって? 一体丈何をいうつもりだ? よせよ」
「もちろん洋は私の生涯のパートナーとして大事な人だって言うつもりだが」

 丈は本当にこういう時、大胆な決断をする。嬉しいけれども流石に複雑な気持ちにもなってしまう。俺はまだ丈の家族のこと何一つ知らない。見たこともない場所。見ず知らずの人達の中で突然パートナーとして紹介されるのは、まだ早いという気持ちが込み上げて来た。

「えっ丈、それ無理….…いくらなんでも急過ぎるだろ? 」
「……やっぱり駄目か。きっと洋はそう言うと思ったよ」

 丈はふぅっとため息をついた。せっかくそこまでの覚悟で俺を家の人に紹介してくれようとしているのに、俺がこんな態度でがっかりしたのかもしれない。

「でも俺、丈の気持ち嬉しかった。ただもう少し待って欲しい。これから行く場所は未知の世界なんだ」
「分かった。でも洋これだけは言っておく、私はいつでも親にも兄達にも話せるということを……だから今から行く場所で何も怖がらなくていい」
「あぁ」

 まだ早いと思う気持ちの一つに、実は涼の保護者の代わりを頼まれたこともあるんだ。

 これからは涼が後ろ指をさされることがないように、気をつけないといけない。モデルという道を選んだ涼に対して、涼の両親にそれをサポートすると約束した手前、俺の方が足を引っ張るようなことがあってはならない。

 だから涼が軌道に乗るまでは、俺が目立つようなことはしない方がいい。そんな理由で丈の気持ちを台無しにすることが申し訳なくて、素直に言えなかった。

「……友人でいいよ。丈の家族にはそう紹介して欲しい」
「洋がそうしたいのなら、そうしよう。だが離れに部屋を用意してもらうから、私と二人の時は遠慮するなよ」
「離れって? ええっ! 今日って泊まるのか」
「駄目か」
「だっ駄目って…もうそのつもりなんだろ」

 泊まりだと思っていなかったので、ますます緊張が走っていく。

 丈のお父さん、お兄さんって一体どんな人たちなんだろう。

「ほら次だよ。北鎌倉で降りるぞ」
「分かった」
「空気が澄んでいて、いい所だよ」

 何度か母と訪れたことはあるが冬の鎌倉は初めてだ。駅に降りると、まず気温が明らかに違うことに驚いた。電車で30分程でこんなに気温差があるのか。

 歴史のありそうな木造の駅は人もまばらで木枯らしが吹き抜けていった。吐く息も白く頬を撫でる冷たい風に身震いした。

「寒いな」

 ブルっと躰を震わせると、丈がマフラーを巻きなおしてくれた。マフラーが頬にあたって、くすぐったかったが一気に温かくなった。なんだか小さな子供みたいだが、こんな風に気にかけてもらえるのが嬉しい。

「ほら、しっかり巻いておけ、少し歩くが大丈夫か」
「丈の手も冷たいな」
「ははっ流石の私も緊張しているようだ」
「なぁ……丈のお兄さん達って怖いのか」
「そうだな、怖いというか独特かもしれない。洋も引っかからないように気をつけろよ」
「どういう意味? 」
「行けば分かるよ」

 肩を竦めて丈が歩き出したので、俺もその後ろを付いて行った。落葉樹が葉を落とし冬景色が広がるハイキングコースのような道を、カサコソと落葉を踏みしめながら歩いた。

 十分ほど歩いて山道に入り人気がなくなると、丈が微笑みながら手を差し伸ばしてきた。

「洋」

 そう低く響く声で囁かれると、甘い気持ちが込み上げてくる。

「丈、大丈夫か? こんな所で手つないで」
「洋、緊張していてきっと手が冷えているだろう。ほら温めてやる」
「うん」

 手を繋ぐのかと思って一歩丈の方へ踏み出したら、そのまま腰を抱かれてグイッと木陰に連れ込まれた。

「おいっ?」

 天を貫くような大木の幹に背中を押し付けられて、逃げ場を失って不安げに丈を見上げると、チュっと軽く口づけをされた。

「なっ!」

 慌てて丈から顔を反らし、辺りを見回して人気がないことを確かめてしまった。

「やめろよ! こんな場所で」
「大丈夫。ここはこの時間ほとんど人が通らないことを知っているから」
「そんな……」

 もう一度深く口づけされると緊張してバリバリに固まっていた心が解れていく。舌を絡め合うようにお互いに求め合うと、躰が熱く震え白い吐息も熱が帯びてくる。

「んっ……もうそれ以上はやめろっ」

 これ以上はとまらなくなるから危険だ。必死に身をはがすと、丈は余裕の笑みを浮かべて、眼下を指さした。

「ここを降りれば月影寺だ」
「えっ」

 丈の指先を辿って見下ろすと、ちょうど真下に大きな寺があった。

 あっ……ってことはここは寺の裏山なのか。道理で丈が自信満々にキスなんてしかけてくると思ったら……全く。でも嬉しかった。寒さと緊張で押しつぶされそうだったのに、もう大丈夫そうだ。

「さぁ行こう」
「あぁ」



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