重なる月

志生帆 海

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第7章 

期待と不安 4

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「洋、もうすぐだな」
「あぁ、今度は本当に帰って来たという気分だ」

 着陸態勢に入った機内で、そっと俺たちは互いの決心を確かめるように、ぎゅっと手を握り合った。

「長かった……五年間もかかってしまったな。あの日から」
「でも……こうやって無事に帰国出来て、本当に良かった」
「そうだな」

 到着ロビーでは安志と涼が出迎えてくれることになっている。

 涼はアメリカのキャンプ場で丈の顔を見ているから、きっと驚くだろうな。俺もそのことを詫びないといけない。


****

「安志さん、飛行機着いたね」
「あぁもうじき出てくるよ」
「洋兄さんに早く会いたいし、丈さんに初めて会うからドキドキするよ」

 そんな高まる気持ちでガラス越に次々に出てくる人を見守っていた。そんな中一際輝いている洋兄さんの美貌を見つけた時は誇らしかった。

 洋兄さんはもう俯いていない。帽子を目深に被るようなことをしないでいい。それが嬉しくて仕方がない。すっきりとした笑顔で顔をあげて近づいてくる洋兄さんの立ち居振舞いがあまりに優雅で、つい見惚れてしまった。

 やっぱり洋兄さんは綺麗だ。僕の自慢の従兄弟だ。

 そんな興奮した気分で見ていたのに、見惚れるような笑顔を浮かべた洋兄さんが見つめた相手を見て、ぎょっとしてしまった。

「えっあの人……」

 固まった視線を安志さんが辿ってくれる。

「涼、どうした? そんなに目を見開いて? 」
「あ……あの人って……誰? まさか……」
「ん? あぁ、あれが丈だよ」

 指さす方向を安志さんが見て想像通りの言葉を返してくれた。その男性は洋兄さんよりはるかに背が高くしっかりした体格で、洋兄さんをガードするように寄り添うように立っていた。なんというか圧倒的に男らしい静かな大人の魅力で溢れていて、流石洋兄さんの相手だと納得してしまった。

「丈さんなんだ……あれが」

 あの人に僕は会ったことある。あのアメリカのキャンプで僕を助けてくれた医師じゃないか。言葉が出ずに呆然と立ち尽くす僕の姿を洋兄さんが捉えたようで、ガラス越しに満面の笑みで手を振っている。

 一体どういうことだ? あの医師が丈さんだなんて、そんな偶然ってあるのか。

「安志さん、僕……あの人に会ったことがある」
「えっ? どこでだ?」

 安志さんも意外な顔をして驚いていた。そうだ……あの夏のサマーキャンプ。思い出すだけでも、ぞっとする出来事だった。あの人に……見知らぬ男たちに力づくで押さえつけられ、犯される寸前のところを助けてもらったんだ。男たちをあっという間に蹴散らし、手際よく傷の手当てをしてくれてた医師は、とても穏やかな眼をしていた。あの時の言葉を思い出す。

(私の大切な人も……あの時こうやって救ってやりたかった)

 あの言葉が指す人物は、まさか洋兄さんなのか。洋兄さんに一体何があったのだろう。そうだ……それから、こう言っていた。

(助けられなかった。苦しんでいた)

 すべて洋兄さんのことだったんだ。そう思うと胸が締め付けられた。

 未遂でもたまに夢に見てしまう程の恐ろしい体験だったのに、洋兄さんは誰かに……まさか未遂ですまなかったということか。きっとそういうことなのだろう。あの言葉の意味することは。男としてのプライドを奪われ無理矢理に凌辱されそうになったことがあるから、辱められた気持ち、やるせない気持ち……僕にも少しは分かる。

 洋兄さんは本当に取り返しがつかないような辛い目にあってしまったのか。でも……それなのに今はあんなに澄んだ目で優しく微笑んでいる。

 強いな……でも守ってあげたくなる。そんな洋兄さんはやっぱり僕の自慢の人だ。

「涼? 大丈夫か。顔色悪いぞ、丈とどこであったんだ? 」
「……あのアメリカのサマーキャンプで僕を助けてくれた人だった」
「そうか、やっぱりあれは丈だったのか」

 納得したような表情を浮かべる安志さんに不思議な気持ちになったが、僕がキャンプで襲われたことを告白した日も、同じようなことを言っていたことを思い出した。

 安志さんも丈さんも、洋兄さんに起きたことをすべて知っているんだ。この日本で起きたのだろう。おそらくそれは……あぁそうか、だから洋兄さんは丈さんとソウルへ行ってしまったのか。誰かから……何かから逃れるために。

 ぐるぐると頭の中に思考が絡まって、困惑してしまった。

「涼っ!」

 もやもやとした気持ちで固まっていると、突然ふわっと抱きしめられた。

 一瞬、優しい花の香に包まれたように感じた。

 背中に回された細い腕。華奢な躰……はっと見上げると美しい顔が間近にあった。

「あっ……洋兄さん!!」
「どうした? 涼、暗い顔して……俺は君に会いたかったのに」

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