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第7章
違う世界に 5
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「このビルかな」
名刺の住所を頼りに恵比寿にやってきた。水族館の撮影の続きをスタジオで撮りたいと言われ、今日はその約束の日だった。安志さんにそのことを話すと少し複雑そうな顔をしていたが、応援してくれると言ってくれてほっとした。でも本当にいいのだろうか。この道に進んでも。
まだ迷いはあるが、もう少し覗いてみたい。あのシャッター音によって感じた解放感が忘れられないんだ。
「あっ涼くん、こっちこっち」
「あっこんにちは」
「来てくれて嬉しいよ。さぁ入って入って」
先日水族館で会ったモデル事務所の社員さんがビルの入り口まで迎えに来てくれていた。
「社長がね~君の水族館での写真を凄く気に入ってしまって大変だったよ。ぜひうちの事務所と専属契約を結びたいって盛り上がっているんだよ」
「ええっそんなに急に? 」
名刺に書かれた事務所について事前にネットで調べてみたが、想像よりも大きな立派なところで驚いた。そんな所がド素人の僕と専属契約なんて夢みたいな話だが。
「とにかく今日の撮影を体験してからでいいから、ぜひ前向きに考えて欲しい。このビルはね1フロアー1スタジオのデザイナーズマンション型スタジオになっていて、いわゆる閉鎖的な場所でないから、きっと涼くんも初めてでもリラックスして臨めるよ」
「でも僕は本当に素人だし……」
「いやいや水族館での撮影はプロの域だったよ。なんていうか天性のものがあるのかな。本当に経験ないの? 」
「はい……」
通されたのはセレブで都会的なイメージのリビングのようなスタジオだった。全面窓により、自然な太陽光が降り注いでいて、確かにリラックスできる雰囲気だった。
カシャカシャ
軽快なカメラ音に反応して部屋の中を覗き込むと、漆黒の髪に見上げるほどの長身で体格のいい男性がカメラのシャッターを気持ち良さそうに浴びていた。
白いシャツに黒い革のパンツがその強靭な体躯に似あっていて野性味がある感じだ。男性のカメラ目線は男らしさに溢れていて鋭くドキッとする。
あれ? この男性……どこかで見たことがある。
「あっまだ前の撮影の途中だったね」
「あの人は……どなたですか」
「知らないの? 絶対見たことあるよ。メンズ誌なのでも引っ張りだこのモデルのSoilだよ」
あぁそうか……まだ僕は日本に来て日が浅いから少し疎いけれども。気に入っている洋服ブランドの専属モデルをしている人だ。他にも書店に並ぶ雑誌の表紙で見たことがある。
つまり超有名モデルだ!
「あのSoilって……方は、日本人ですよね? 凄く彫りが深くてエキゾチックな感じですね」
「あぁ生粋の日本人でSoilは芸名だよ。あっ彼ね、うちの事務所だから。もしも涼くんがうちの事務所に入ってくれたら先輩になるんだよ」
「わぁそうなんですか」
「そっ! 我が事務所の看板モデルだよ」
「凄いな」
僕なんて背も彼に比べたらずっと低いし、女みたいな顔だし……モデルなんて本当に務まるのだろうか。急に不安が込み上げてきてしまい、緊張で頭が真っ白になってしまった。そんな時突然はじけるようにスタジオ内の緊張した雰囲気が止んだ。
「お疲れさん」
「はい終了! 一旦休憩ね」
あっ……撮影が終わったんだ。
「涼くん。社長を呼んでくるから、ここで少し待っていてくれる? 」
「はい、分かりました」
社員さんがスタジオから出ていくのを見送った。僕は居場所がないし手持無沙汰だったのでスタジオの端っこの白い壁に寄りかかって、華やかな世界をぼんやりと見渡してみた。PCスペースで今撮影したばかりの画像をカメラマンと一緒にチェックしているSoilと言われる男性の姿を自然と追ってしまった。
彼はスポーツタオルで額の汗を拭っていた。
あぁそうか真剣に臨んでいるから、あんなに汗をかいているのか。本当にプロなんだな。僕も遊び半分では済まない。足を踏み入れるのならしっかりと覚悟を決めないと駄目なんだと気が引き締まった。
そんなことを考えていると、突然、彼とバチッと目が合った。
僕のこと見てる? えっ…なんで?
そのまま真っすぐに僕の前につかつかとやって来た彼に、甘く魅惑的な笑みで見下ろされ、身が竦んだ。
名刺の住所を頼りに恵比寿にやってきた。水族館の撮影の続きをスタジオで撮りたいと言われ、今日はその約束の日だった。安志さんにそのことを話すと少し複雑そうな顔をしていたが、応援してくれると言ってくれてほっとした。でも本当にいいのだろうか。この道に進んでも。
まだ迷いはあるが、もう少し覗いてみたい。あのシャッター音によって感じた解放感が忘れられないんだ。
「あっ涼くん、こっちこっち」
「あっこんにちは」
「来てくれて嬉しいよ。さぁ入って入って」
先日水族館で会ったモデル事務所の社員さんがビルの入り口まで迎えに来てくれていた。
「社長がね~君の水族館での写真を凄く気に入ってしまって大変だったよ。ぜひうちの事務所と専属契約を結びたいって盛り上がっているんだよ」
「ええっそんなに急に? 」
名刺に書かれた事務所について事前にネットで調べてみたが、想像よりも大きな立派なところで驚いた。そんな所がド素人の僕と専属契約なんて夢みたいな話だが。
「とにかく今日の撮影を体験してからでいいから、ぜひ前向きに考えて欲しい。このビルはね1フロアー1スタジオのデザイナーズマンション型スタジオになっていて、いわゆる閉鎖的な場所でないから、きっと涼くんも初めてでもリラックスして臨めるよ」
「でも僕は本当に素人だし……」
「いやいや水族館での撮影はプロの域だったよ。なんていうか天性のものがあるのかな。本当に経験ないの? 」
「はい……」
通されたのはセレブで都会的なイメージのリビングのようなスタジオだった。全面窓により、自然な太陽光が降り注いでいて、確かにリラックスできる雰囲気だった。
カシャカシャ
軽快なカメラ音に反応して部屋の中を覗き込むと、漆黒の髪に見上げるほどの長身で体格のいい男性がカメラのシャッターを気持ち良さそうに浴びていた。
白いシャツに黒い革のパンツがその強靭な体躯に似あっていて野性味がある感じだ。男性のカメラ目線は男らしさに溢れていて鋭くドキッとする。
あれ? この男性……どこかで見たことがある。
「あっまだ前の撮影の途中だったね」
「あの人は……どなたですか」
「知らないの? 絶対見たことあるよ。メンズ誌なのでも引っ張りだこのモデルのSoilだよ」
あぁそうか……まだ僕は日本に来て日が浅いから少し疎いけれども。気に入っている洋服ブランドの専属モデルをしている人だ。他にも書店に並ぶ雑誌の表紙で見たことがある。
つまり超有名モデルだ!
「あのSoilって……方は、日本人ですよね? 凄く彫りが深くてエキゾチックな感じですね」
「あぁ生粋の日本人でSoilは芸名だよ。あっ彼ね、うちの事務所だから。もしも涼くんがうちの事務所に入ってくれたら先輩になるんだよ」
「わぁそうなんですか」
「そっ! 我が事務所の看板モデルだよ」
「凄いな」
僕なんて背も彼に比べたらずっと低いし、女みたいな顔だし……モデルなんて本当に務まるのだろうか。急に不安が込み上げてきてしまい、緊張で頭が真っ白になってしまった。そんな時突然はじけるようにスタジオ内の緊張した雰囲気が止んだ。
「お疲れさん」
「はい終了! 一旦休憩ね」
あっ……撮影が終わったんだ。
「涼くん。社長を呼んでくるから、ここで少し待っていてくれる? 」
「はい、分かりました」
社員さんがスタジオから出ていくのを見送った。僕は居場所がないし手持無沙汰だったのでスタジオの端っこの白い壁に寄りかかって、華やかな世界をぼんやりと見渡してみた。PCスペースで今撮影したばかりの画像をカメラマンと一緒にチェックしているSoilと言われる男性の姿を自然と追ってしまった。
彼はスポーツタオルで額の汗を拭っていた。
あぁそうか真剣に臨んでいるから、あんなに汗をかいているのか。本当にプロなんだな。僕も遊び半分では済まない。足を踏み入れるのならしっかりと覚悟を決めないと駄目なんだと気が引き締まった。
そんなことを考えていると、突然、彼とバチッと目が合った。
僕のこと見てる? えっ…なんで?
そのまま真っすぐに僕の前につかつかとやって来た彼に、甘く魅惑的な笑みで見下ろされ、身が竦んだ。
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