重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
356 / 1,657
第7章 

違う世界に 4

しおりを挟む
 突然の雑誌モデルの代役が降ってくるなんて驚いた。僕も安志さんも断って帰ろうとしたのに周りがそれを許してくれなかった。今……僕は半ば無理矢理スタッフの輪の中に放り込まれて、不躾な視線で全身を隈なくチェックされている。

「この子の髪型や洋服どうします? 着替えさせますか」
「んーこのままでも十分だな。この子はとにかく顔が美形だし髪の色も明るくて肌も綺麗だし、洋服のセンスもいい。全体的に大学生らしさもよく出ていて最高だ」

 なんだか滅茶苦茶に褒められて、気恥ずかしくなってくる。

「えっと君の名前を教えてもらえるかな? 」
「月乃 涼(つきのりょう)です」
「へぇ涼くんか、綺麗な名前だね。このまま芸名になりそうだな」
「それと何歳? 今、大学生かな? 」
「あっはい。18歳で大学1年生です」
「あぁいいね。この撮影は女性誌の大学生のデート特集だから、ちょうどいいよ」
「はぁ……」

 あれこれと矢継ぎ早の質問を浴びて、しどろもどろになってしまう。
 それから有無も言わせずカメラの前に立たされた。

「カメラテストだからリラックスして」
「そうそう。躰の力抜いて」

 そんな風に言われても、照明の人やカメラマン、スタッフの人と大勢の視線を浴びて、緊張しないはずはない。

 安志さん何処にいるのかな。こんなことになるなんて……彼を一人で待たせてしまって大丈夫だろうか。視線を彷徨わせると入り口付近の柱に持たれている姿を見つけ、ほっとした。

 でもやっぱりどことなくむっとしているように感じてしまう。

 怒っているよな。急にこんな展開。僕だってついていけてないのに…

「さぁ始めるよ」
「はいっよろしくお願いします」

 撮影が始まると同時に、綺麗にお化粧をしたミニスカートの可愛い女の子がやってきた。どうやらこの子と一緒に撮影するようだ。げ……撮影って……女の子と一緒だったのか。ますます安志さんのことが気になって来るが、とにかくもう足を踏み入れてしまったのだから、やれるだけのことはやらないと、永遠に終わりは来ない。

 そう腹を括って望むことにした。

 カシャカシャカシャ

 立て続けに切られるカメラの音が心地よく感じる頃には躰の緊張も解け、自由にポーズを取れる余裕が出て来た。テンションも上がって女の子と肩を組んだり手を繋いで見つめ合うのも、ためらわず恥ずかしがらずに出来た。

 だが……これは撮影だ。虚構の世界のことだ。
 だって僕には安志さんという人がいるのだから。

「OK。じゃあ次はイルカショーね」
「えっこれで終わりじゃないんですか」
「君、モデルが本当に初めてとは思えない程、いいよ、何かやっていた? 撮られるのに慣れているね」
「いえ、本当にモデル経験なんてないです」

 アメリカにいた頃、妙に同級生に写真は撮られまくっていたけど、それは関係ないだろう。それより早く終わらせて安志さんのところに戻りたい。ショー会場への移動中に安志さんとばっちり目が合った。不安そうに見つめると安志さんはニコっと微笑んで拳をあげて応援してくれた。

 やっぱり恰好いいな。

 男らしく大人っぽくて……僕はこんなに焦っているのに落ち着いている。早くあの胸に抱かれたい。あの日のように、またしてもらいたいなんて考えて、顔が熱くなってくる。

「涼くん疲れた? 顔が赤いわよ」

 メイクさんに言われて、はっと我に返った。

「本当にお肌が綺麗ね。お化粧ほとんどいらないわ。あとはリップを少しだけ。あっでも、もともとの唇の色が綺麗だから透明でいいかな」
「この子、若いのに妙な色気あるわねーなんでだろう」

 好き勝手にいろんなことを耳元で言われて居場所に困ってしまう。僕に色気があるって? でももしそうだとしたら、それは安志さんのことが好きな気持ちだ。やっと僕だけのことを見てくれた安志さんのことが、好きで好きで堪らない気持ちが漏れているのかもしれない。

 イルカのショーは夜になると一層幻想的だった。

 イルミネーションの雪の映像と水滴が混ざり合って、その中で跳びはねるイルカが、現実のものとは思えないほど美しかった。でもこんなに可愛い女の子が横にいても、笑顔を向けられても、僕の心はときめいたりはしない。それよりも撮影を順調に早く終わらせれば、それだけ早く安志さんの元に戻れる。そればかり最初は考えてしまう。

 ところが、撮影が進むうちになんだか不思議な気分になってきた。

 妙な高揚感というのか、自分の顔を撮影してもらうのが楽しくなってきた。ポーズを取ったり目線を決めたり、自由に自分をアピールしていくことに妙な興奮を覚えた。

 僕のこの顔は洋兄さんに本当にそっくりだ。いつも帽子を目深に被って、綺麗すぎる顔を隠してトラブルを減らそうとしていた印象が強くて……いつの間にか成長するにつれ、僕も自分の顔に自信がなくなり一目を避けるように意識していたことを思い出していた。

 本当は俯かずに上を見上げて生きていきたいと思っている。それが本音だ。

 洋兄さんもきっと同じことを思っているはずだ。もしかしてモデルという仕事なら、そういう仕事に就けたのなら、それも叶わぬ夢じゃないのかもしれない。

「お疲れさまー」
「君すごく良かったよ、初めてなのに頑張ったな」
「あっありがとうございます」
「いやいや本当に今すぐにでもスカウトしたいな」
「それは……ちょっと」

 心の声を見透かされていたようで極まりが悪い。それにいくらなんでも急すぎる。今日は突然だったし……

「前向きに考えてみて欲しいな。それとこの雑誌の特集、次はスタジオで撮影予定だが、病院に運ばれたモデルの男の子が一か月の入院になってしまったから、君が続きをやってくれないか」
「えっ」
「水族館からの繋がりだから、同じ人物じゃないとまずいんだよな。乗りかかった舟ということで頼むよ」
「……」

 困ったことになった。今日限りと思っていたのに。でも心の奥底でチャンスを無駄にしたくないという気持ちがあることに、気が付いてしまった。

 こんなこと安志さんはどう思うだろうか。
 はたして応援してもらえるだろうか。

しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

僕は君になりたかった

15
BL
僕はあの人が好きな君に、なりたかった。 一応完結済み。 根暗な子がもだもだしてるだけです。

処理中です...