重なる月

志生帆 海

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第7章 

違う世界に 2

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「涼、もうこっちに来い」
「あっうん」

 あまり一目に晒したくない。俺だけの涼なんだ。こういう時は特にそんな気持ちが強くなってしまう。

 エントランスから道なりに順路を歩けば、道の両脇の水槽内には雪化粧をした街並みと小さな魚たちが泳いでいて、まるで小さなクリスマスの箱庭のようだった。

 こんな世界に入り込んで、涼と人目を気にせず手を繋いで歩いてみたいものだな。

「わぁ可愛いな」
「ふっ涼はいちいち感動するんだな」

 目を輝かせている涼の表情が、小さな子供のようにはしゃいでいるのが可愛くて、思わず笑みがこぼれた。

「あっごめん、うるさかった? 」
「いや……すごく可愛かった」

 水族館の照明が薄暗いのをいいことに耳元で囁いてやると、涼は照れ臭そうに笑っていた。

「僕ね、安志さんと一緒に出掛けられるのが嬉しくて楽しくて、ついオーバーリアクションだよね」
「あぁ俺もだ。向こうにはバーがあるそうだ。何か奢ってやるよ」

 奥のバーの名前は『CRYSTAL BAR』というだけあって、まるで水晶の輝きに包まれたような空間だった。柱もテーブルもカウンターも氷の柱のように輝いて更に天井に散りばめられた雪の結晶の光が雪と氷の幻想的な世界を生み出していた。俺はこんなお洒落な場所は苦手で恥ずかしくなってしまうが、涼はこういう場所がよく似合うので、もっともっといろんな所へ連れて行ったやりたくなる。

「何か飲むか?」
「うん、この期間限定のウィンタースカッシュっていうのがいいかな」
「あぁノンアルコールだし、涼にはいいな。じゃあそれにしよう」
「安志さんは? 」
「俺はビールのフローズン」
「じゃあ乾杯」
「何に? 」
「初・水族館デートに」

 テーブルは透明の水槽になっていて、中には小さな魚が泳いでいる。そんな小さな魚を一緒に目で辿りながら喉を潤した。涼と水族館といういかにものデートスポットに来たことに対して、自分で思うよりもずっと緊張していたようだ。喉がカラカラになっていたことで気が付いた。少し冷静になって辺りを見渡せば、家族連れか男女のカップルだらけだ。男女のカップルが当たり前のように手を繋ぎ寄り添って歩いている姿を見ると、柄にもなく羨ましく思ってしまった。

 俺が付き合っている相手はこんなに綺麗で可愛い涼なのに、それを大声で言えないってもどかしいもんだな。いや、それは贅沢な悩みだ。

 涼の目もカップルの方を見ていたので、同じことを思っているのかもしれない。

 バーの先は海月(くらげ)が泳ぐコーナーだ。ゆらゆらと漂う海月が音と光で包まれる天井が高い空間で開放的だった。青白い光を浴びて浮かぶ海月の浮遊感を、涼と肩を並べて味わっていると、自分が揺れているような錯覚に陥ってしまう。

「安志さん」
「ん? なんだ? 」
「こっち」

 涼は俺の手に触れて奥へ誘う。ちょうど柱の死角になった部屋の隅へ。皆中央の大きな水槽に集まっていて部屋の端には誰も寄り付かない。そこまで来て涼が俺にふわっと抱きついて来た。

「うぉっこんな場所で涼まずいよ」
「……分かってるよ。でも少しだけ」

 顔を隠すように涼をぎゅっと抱きしめてやる。

 十秒足らずの抱擁。それだけでも十分幸せだった。

 照明の色がぱっと青から赤になったところでお互い躰を離した。

「恥ずかしいな」
「ははっさぁ次はイルカのショーだぞ」

 円形のイルカショーの会場は、すでに人でごった返していた。

「こっちこっち」

 空いている席を見つけて二人で潜り込む。キツキツで躰が密着するのが嬉しくて、微笑みあってしまった。

「くっついていると暖かいね」
「あぁ」

『皆さまようこそ! 雪原を駆け抜けるような軽快なピアノのリズムに合わせて、明るく凛とした冬の世界を創り出します。さぁイルカショーのスタートです』

 アナウンスと共にイルカが縦横無尽に泳いでジャンプしていくのは圧巻だった。冬の訪れを喜ぶかのような軽快なショーで、俺と涼も拍手をしたり歓声をあげたりと大いに楽しんだ。ショーを楽しそうに見ている涼の横顔をそっと盗み見て、確信した。

 涼は本当に冬が似合う。それは寒い寂しい冬じゃなくて、よく晴れた雪原に輝く太陽のような凛とした美しさなんだな。涼の持ち味だ。

 ショーが終わるころには二人ともムードが高まりすっかりハイテンションになっていた。

「涼、そろそろ帰ろうか」
「そうだね、次は何処に行く? 夜ご飯食べていく? 」
「そうだな」

 そんな話をしながら出口へ向かっていると、何やら人混みが出来ていた。

「なんだろう? 」
「さぁ」

 二人で立ち止まって覗いてみると何やら撮影をしているような雰囲気だったが、その横で担架に乗せられて運ばれていく男性がいた。

「あれ? モデルさんが急病かな? 」
「みたいだな、さっ行くぞ」

 そう涼の背中を促したところだった。必死な形相のスタッフらしき男性が涼を呼び止めたのは。

「君っ良かった、見つかった! ちょっと待って」
「えっ? 僕ですか」
「すまないが助けてもらえないか」
「えっ? 」
「雑誌の撮影をしているんだが、モデルが急病で今運ばれてしまって……時間がないんだ。今日中になんとか撮影しないとまずくて。君、急な話だが、モデルの代役をやってもらえないか」

 涼の肩に手を置いて逃すまいといった気迫を感じる。男性は強引な誘いに慣れているのか、俺たちがたじろいでしまう程だった。

「いや……僕一般人だし、そんな経験ないし」
「いやっ君はモデル以上に綺麗だよ。実に人目をひく美貌だ。実は水族館に入った時からチェックしていたんだ」
「なに?」

 思わずさっきの抱擁を見られていないか心配になった。
 俺の声に反応して、その男性がやっと俺の方を見た。

「あっ……えっと君の連れ? お兄さんじゃないよな……あっもしかして保護者の方? 」

 おいおい保護者って俺のことかっと口に出そうと思った所、目の前にさっと名刺を差し出された。そこには俺もよく知っている出版社と雑誌名が書かれていた。くそっ一流どころだな。

「行こう。涼、関係ないよ。こんな世界」
「うっうん」

 涼を強引に連れて外に出ようとすると、俺達の様子を見ていた周りの人だかりから、いきなりブーイングが飛んできて驚いた。若い女の子がキャーキャーと囃し立ててくる。

「えー代役モデルぜひやって欲しい!」
「その子凄く綺麗だもん」
「ちょっとおじさん、もうっ勝手に連れて行かないでよ」
「その男の子が撮影する所、見てみたい」

 おっおじさんって……まさか俺のことか。どっ動揺が隠せない。
 さっきから保護者とかおじさんとか扱いがひどすぎる。

 涼は涼で板挟みになって、焦って心細そうな顔で俺のことを見るし、一体どうしたらいいんだ。

 こういう状況って、不慣れすぎる!!!
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