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第6章
番外編 崔加氏の独白 7
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夕のために立派な墓を建ててやり『崔加家』と墓石に大きく刻んでやった。夕は死んでもなお私のものだから、前夫のところへは戻らせない。
四十九日の法要の後、洋と二人で夕を納骨した。
他の誰の見送りもいらなかった。二人だけで良かった。二人きりが良かった。
夕 ……待っていろ、いつか私もここに来るから。それまでは洋を預かるよ。君の代わりに、ずっと愛していく。
それは新緑の若葉が眩しい五月のことだった。
****
その日から本当の意味で、男二人の所帯になった。
洋の戸籍は養子縁組をしていたので、すでに私の中に入っている。洋はとうとう私だけのものだ。そんな気持ちで胸がいっぱいになった。
掃除と洗濯……家事は分担してやることにした。まだ中学生だったのに洋は何一つ文句を言わなかった。ただ料理はお互いしたことがなかったので困ってしまった。ヘルパーを家に入れるのは、この神聖な洋と暮らしが穢されるようで受け入れられなかったので、ひたすら外食か弁当で済ませた。
それから数年のつかず離れずの関係。どんどん年頃になり妙な色気を醸し出す洋と一つ屋根の下に暮らすのは、なかなか忍耐がいることだった。
私はまだ洋には触れていない。触れてはいけない。そう自分を戒めていた。
たまにどうしても触れたい衝動に駆られて、普通の……父親として子供にするように添い寝や風呂に一緒に入ったが、流石に思春期に入り洋の警戒が増したのでやめた。それからは柔らかい頬を撫でたり、肩を抱いたりというやや過剰なスキンシップをすることはあったが、それ以上のことはしなかった。
ただ不躾な視線で洋を撫でまわすように眺めてしまうことは多々あった。
洋もそんな視線を不快に思ったのか、自分の家なのに居心地が悪そうに、そわそわとしていた。
母親を失って、こんな不埒な気持ちを抱く義父と暮らすことになって、本当に苦しかっただろう。本当に可哀想な子だ。
洋は高校からは私立の男子校へ通わせた。たまたま幼馴染みの安志くんと同じ高校へ進んだ。電車通学を始めてすぐに何か嫌なことでもあったのか……沈んで帰宅することが多くなったのだが、やがて安志くんが朝迎えに来るようになり元気を取り戻したので、気には留めなかった。
安志くんは夕の大事な親友の息子だから、彼にすべて任せておけばいいと思った。
あれは高校二年の夏……本格的に暑くなった日のことだった。
学校に行ったはずの洋が真っ青な顔で、下校時間よりずっと早くに帰宅したので、たまたま家にいた私は不審に思った。
「洋、一体どうした?」
「あっ義父さん……今日は休みでしたか。いえ、なんでもありません」
そう健気に答える洋の眼は、泣きはらしたのだろうか兎のように真っ赤だった。そのまま洋は真っすぐに風呂場へ駆け込んだ。シャワーの水音だけがずっと聞こえてくる。
不審に思って、脱衣かごの制服のシャツを手に取ると、ボタンがいくつか弾け飛んでいた。
何が起こったのか。だいたいのことは想像できた。とうとう起こってしまったのだ。恐れていたことが。洋は無事だったのか。とても心配になったし、私より先に洋に手を出した奴が許せなかった。
精神的にショックを受けた洋は、そのまま学校に登校できなくなってしまった。
そんな傷ついて打ちひしがれている洋を目の当たりにして、私は洋を連れてアメリカに行くことを決心した。
もともと事業拡大のため、アメリカに支社を作ったばかりで、自ら指揮した方がいいのか迷っていたので、これはいい機会だと思った。
部屋で幾日も塞ぎ込んでいる洋に声を掛ける。
「洋、父さんとアメリカに行こう」
「アメリカ? 」
「あぁ洋のこと誰も知らない所だ。嫌なことを忘れ、一からやり直せるぞ」
「一から……? 」
一からやり直したかったのは私の方かもしれない。夕との思い出が詰まったこの家は、なんだか息苦しかった。
洋と二人で新しい生活をしたい。傷ついた洋は私の庇護欲を掻き立てて止まない。
洋は迷っているようだったが、結局付いて行くと自分で決心してくれた。その返事を受け、私は洋を攫っていくような気分になり歓びに酔いしれた。
そう……あれは、出国前日のことだった。
「洋、いよいよ明日だな。覚悟はできているか、もう当分日本には戻って来れないからな」
「はい、大丈夫です。でも今日はどうしても行きたいところがあります」
「んっどこだ?」
「……母さんの墓に挨拶を」
「あぁそうだな。今から一緒に行こう」
二人で夕が眠る墓を訪れて、大輪の百合の花束をそっと墓石の前に供えてやった。百合の香りが風と共に棚引きだすと、洋の眼にはじわじわと涙が浮かんで来たようだった。
夕が亡くなった時も洋は私の前では気丈に振る舞い、決して涙を見せなかった。今もまたぐっと涙を堪える洋の肩は、儚く震えていた。
「洋、大丈夫か。父さんがずっとお前の傍にいる」
その細い腰をきゅっと抱いてやると、洋の躰はその瞬間に強張った。
「義父さん……あの……手を放して下さい」
小さな拒絶を受けた。
あの日の硬い抱き心地と、がっかりした気持ちを今でも思い出す。
四十九日の法要の後、洋と二人で夕を納骨した。
他の誰の見送りもいらなかった。二人だけで良かった。二人きりが良かった。
夕 ……待っていろ、いつか私もここに来るから。それまでは洋を預かるよ。君の代わりに、ずっと愛していく。
それは新緑の若葉が眩しい五月のことだった。
****
その日から本当の意味で、男二人の所帯になった。
洋の戸籍は養子縁組をしていたので、すでに私の中に入っている。洋はとうとう私だけのものだ。そんな気持ちで胸がいっぱいになった。
掃除と洗濯……家事は分担してやることにした。まだ中学生だったのに洋は何一つ文句を言わなかった。ただ料理はお互いしたことがなかったので困ってしまった。ヘルパーを家に入れるのは、この神聖な洋と暮らしが穢されるようで受け入れられなかったので、ひたすら外食か弁当で済ませた。
それから数年のつかず離れずの関係。どんどん年頃になり妙な色気を醸し出す洋と一つ屋根の下に暮らすのは、なかなか忍耐がいることだった。
私はまだ洋には触れていない。触れてはいけない。そう自分を戒めていた。
たまにどうしても触れたい衝動に駆られて、普通の……父親として子供にするように添い寝や風呂に一緒に入ったが、流石に思春期に入り洋の警戒が増したのでやめた。それからは柔らかい頬を撫でたり、肩を抱いたりというやや過剰なスキンシップをすることはあったが、それ以上のことはしなかった。
ただ不躾な視線で洋を撫でまわすように眺めてしまうことは多々あった。
洋もそんな視線を不快に思ったのか、自分の家なのに居心地が悪そうに、そわそわとしていた。
母親を失って、こんな不埒な気持ちを抱く義父と暮らすことになって、本当に苦しかっただろう。本当に可哀想な子だ。
洋は高校からは私立の男子校へ通わせた。たまたま幼馴染みの安志くんと同じ高校へ進んだ。電車通学を始めてすぐに何か嫌なことでもあったのか……沈んで帰宅することが多くなったのだが、やがて安志くんが朝迎えに来るようになり元気を取り戻したので、気には留めなかった。
安志くんは夕の大事な親友の息子だから、彼にすべて任せておけばいいと思った。
あれは高校二年の夏……本格的に暑くなった日のことだった。
学校に行ったはずの洋が真っ青な顔で、下校時間よりずっと早くに帰宅したので、たまたま家にいた私は不審に思った。
「洋、一体どうした?」
「あっ義父さん……今日は休みでしたか。いえ、なんでもありません」
そう健気に答える洋の眼は、泣きはらしたのだろうか兎のように真っ赤だった。そのまま洋は真っすぐに風呂場へ駆け込んだ。シャワーの水音だけがずっと聞こえてくる。
不審に思って、脱衣かごの制服のシャツを手に取ると、ボタンがいくつか弾け飛んでいた。
何が起こったのか。だいたいのことは想像できた。とうとう起こってしまったのだ。恐れていたことが。洋は無事だったのか。とても心配になったし、私より先に洋に手を出した奴が許せなかった。
精神的にショックを受けた洋は、そのまま学校に登校できなくなってしまった。
そんな傷ついて打ちひしがれている洋を目の当たりにして、私は洋を連れてアメリカに行くことを決心した。
もともと事業拡大のため、アメリカに支社を作ったばかりで、自ら指揮した方がいいのか迷っていたので、これはいい機会だと思った。
部屋で幾日も塞ぎ込んでいる洋に声を掛ける。
「洋、父さんとアメリカに行こう」
「アメリカ? 」
「あぁ洋のこと誰も知らない所だ。嫌なことを忘れ、一からやり直せるぞ」
「一から……? 」
一からやり直したかったのは私の方かもしれない。夕との思い出が詰まったこの家は、なんだか息苦しかった。
洋と二人で新しい生活をしたい。傷ついた洋は私の庇護欲を掻き立てて止まない。
洋は迷っているようだったが、結局付いて行くと自分で決心してくれた。その返事を受け、私は洋を攫っていくような気分になり歓びに酔いしれた。
そう……あれは、出国前日のことだった。
「洋、いよいよ明日だな。覚悟はできているか、もう当分日本には戻って来れないからな」
「はい、大丈夫です。でも今日はどうしても行きたいところがあります」
「んっどこだ?」
「……母さんの墓に挨拶を」
「あぁそうだな。今から一緒に行こう」
二人で夕が眠る墓を訪れて、大輪の百合の花束をそっと墓石の前に供えてやった。百合の香りが風と共に棚引きだすと、洋の眼にはじわじわと涙が浮かんで来たようだった。
夕が亡くなった時も洋は私の前では気丈に振る舞い、決して涙を見せなかった。今もまたぐっと涙を堪える洋の肩は、儚く震えていた。
「洋、大丈夫か。父さんがずっとお前の傍にいる」
その細い腰をきゅっと抱いてやると、洋の躰はその瞬間に強張った。
「義父さん……あの……手を放して下さい」
小さな拒絶を受けた。
あの日の硬い抱き心地と、がっかりした気持ちを今でも思い出す。
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