344 / 1,657
第6章
番外編 崔加氏の独白 4
しおりを挟む
「夕、君は今……とても困っているのでは」
「何故そう思うの? 」
「それは……私が今でも夕のことが好きだからだ。好きな人のことならなんでも分かる」
「えっ今でも好き? 」
「あぁそうだ。十年以上忘れられなかった」
夕は困惑の表情を浮かべていた。その美しい顔が曇り出したので、慌てて言葉を付け加えた。
「なぁ……私に夕を助けさせてくれないか、夕の運命を変えたのは私が原因だ」
「それは崔加さんのせいじゃないわ。私が選んだ道だったの」
「いや今……夕はとても困っているはずだ。ご主人を亡くしてから君が女手一つで働きながら息子さんを育てているのが事実だ。ご実家からは勘当されてしまったと聞いているよ。君はそんなに躰が丈夫でないし、いろいろと辛いことが多いだろう? 」
図星だったのだろう。夕の眼にはじわじわと涙が浮かんできた。
深窓の令嬢だった夕が急に夫を亡くして、ここまでやってこれただけでもすごいと思うが、いい加減そろそろ限界なのだろう。くたびれた身なり、顔色……すべてが物語っている。
「私は……洋……息子のことが気がかりなの。ちゃんと育ててあげたいの。あの子だけは」
「それならば」
この先の言葉を一瞬だけ躊躇った。だが今しかない。今……夕は揺らいでいる。それが伝わって来る。
「私とやりなおさないか。結婚しないか。私なら君と息子さんを守ってあげられる。私はもともとは君の婚約者だった。私はずっと君のことだけを想っていた。十年以上も……プロポーズをやり直させて欲しい」
「そんな……」
夕の反応は、拒絶ではないと思った。あと一押しだ。ソファに座っている夕の手を取った。
水仕事で荒れてしまった夕の手は、以前のように滑らかではなかった。それでもほっそりとした関節が可愛らしく、愛おしかった。
「そんなこと無理よ。私には息子がいるし、そんな都合がいいこと出来ない」
その手を出来るだけ優しく握りしめながら囁く。甘い誘惑の言葉を……私に堕ちろと願いを込めて。
「息子さんは夕にそっくりだ。夕の子供なら愛せる。私がそうしたいんだ。私じゃ駄目か。何不自由なく暮らせるようになる。余計な心配もなくなるんだ」
「頭がパンクしそう。お願い……ちょっと待って」
もうこのまま夕をベッドに押し倒して、力尽くでもいいから抱いてしまいたい。そんな衝動に駆られていた。だがそれでは十年前と変わらない。
私の中で欲情が高まっていく。
夕が欲しい。夕に似た綺麗な息子も欲しい。どうしても欲しい。何もかも丸ごと飲み込むように手に入れたい。性的な欲情と物欲が入り交ざる。
「じゃあ一週間後、またこの部屋に来てくれないか。もしその洋服で再び来てくれたらOKだという合図にしよう」
「……」
「よく考えてみてくれ。この先のことを。君一人で息子さんを満足に幸せにしてあげられるのか。息子さんは、これからどんどん大きくなっていくんだぞ…中学高校大学とお金も必要だ」
「……考えさせて」
****
夕と別れて車に乗り込んだ。頭の中は夕のことで一杯だ。
「社長、次はどちらへ行かれますか」
「自宅へ」
そう告げてはっとした。自分の妻と子供のことを……
だが、すぐに決めた。別れることを。
どうしても夕が欲しい。夕を手に入れるためなら私はどんなことでもしよう。
二人の顔がちらつく。
貞淑な妻で文句はなかった。息子は私に似て元気一杯でやんちゃな盛りだ。
投げやりにスタートした結婚生活だったが、可愛い愛おしいという気持ちを抱かせてくれた存在だった。
なのにどうしても夕と比べると駄目なんだ。どうして私はこんなにも夕に囚われてしまったのか。何かの悪縁かと思う程、夕のことになるとおかしくなってしまう。
地獄に落ちてもいいから、夕と結婚したい。そのためにお前たちを切り捨てる。
許してくれ。
いや許さなくてもいい。
恨んでくれ。
金銭的なものならいくらでも惜しみなく提供する。
とにかく、もうこの家での生活は続けられない。
門の前で、私は非情な覚悟を決めた。
「何故そう思うの? 」
「それは……私が今でも夕のことが好きだからだ。好きな人のことならなんでも分かる」
「えっ今でも好き? 」
「あぁそうだ。十年以上忘れられなかった」
夕は困惑の表情を浮かべていた。その美しい顔が曇り出したので、慌てて言葉を付け加えた。
「なぁ……私に夕を助けさせてくれないか、夕の運命を変えたのは私が原因だ」
「それは崔加さんのせいじゃないわ。私が選んだ道だったの」
「いや今……夕はとても困っているはずだ。ご主人を亡くしてから君が女手一つで働きながら息子さんを育てているのが事実だ。ご実家からは勘当されてしまったと聞いているよ。君はそんなに躰が丈夫でないし、いろいろと辛いことが多いだろう? 」
図星だったのだろう。夕の眼にはじわじわと涙が浮かんできた。
深窓の令嬢だった夕が急に夫を亡くして、ここまでやってこれただけでもすごいと思うが、いい加減そろそろ限界なのだろう。くたびれた身なり、顔色……すべてが物語っている。
「私は……洋……息子のことが気がかりなの。ちゃんと育ててあげたいの。あの子だけは」
「それならば」
この先の言葉を一瞬だけ躊躇った。だが今しかない。今……夕は揺らいでいる。それが伝わって来る。
「私とやりなおさないか。結婚しないか。私なら君と息子さんを守ってあげられる。私はもともとは君の婚約者だった。私はずっと君のことだけを想っていた。十年以上も……プロポーズをやり直させて欲しい」
「そんな……」
夕の反応は、拒絶ではないと思った。あと一押しだ。ソファに座っている夕の手を取った。
水仕事で荒れてしまった夕の手は、以前のように滑らかではなかった。それでもほっそりとした関節が可愛らしく、愛おしかった。
「そんなこと無理よ。私には息子がいるし、そんな都合がいいこと出来ない」
その手を出来るだけ優しく握りしめながら囁く。甘い誘惑の言葉を……私に堕ちろと願いを込めて。
「息子さんは夕にそっくりだ。夕の子供なら愛せる。私がそうしたいんだ。私じゃ駄目か。何不自由なく暮らせるようになる。余計な心配もなくなるんだ」
「頭がパンクしそう。お願い……ちょっと待って」
もうこのまま夕をベッドに押し倒して、力尽くでもいいから抱いてしまいたい。そんな衝動に駆られていた。だがそれでは十年前と変わらない。
私の中で欲情が高まっていく。
夕が欲しい。夕に似た綺麗な息子も欲しい。どうしても欲しい。何もかも丸ごと飲み込むように手に入れたい。性的な欲情と物欲が入り交ざる。
「じゃあ一週間後、またこの部屋に来てくれないか。もしその洋服で再び来てくれたらOKだという合図にしよう」
「……」
「よく考えてみてくれ。この先のことを。君一人で息子さんを満足に幸せにしてあげられるのか。息子さんは、これからどんどん大きくなっていくんだぞ…中学高校大学とお金も必要だ」
「……考えさせて」
****
夕と別れて車に乗り込んだ。頭の中は夕のことで一杯だ。
「社長、次はどちらへ行かれますか」
「自宅へ」
そう告げてはっとした。自分の妻と子供のことを……
だが、すぐに決めた。別れることを。
どうしても夕が欲しい。夕を手に入れるためなら私はどんなことでもしよう。
二人の顔がちらつく。
貞淑な妻で文句はなかった。息子は私に似て元気一杯でやんちゃな盛りだ。
投げやりにスタートした結婚生活だったが、可愛い愛おしいという気持ちを抱かせてくれた存在だった。
なのにどうしても夕と比べると駄目なんだ。どうして私はこんなにも夕に囚われてしまったのか。何かの悪縁かと思う程、夕のことになるとおかしくなってしまう。
地獄に落ちてもいいから、夕と結婚したい。そのためにお前たちを切り捨てる。
許してくれ。
いや許さなくてもいい。
恨んでくれ。
金銭的なものならいくらでも惜しみなく提供する。
とにかく、もうこの家での生活は続けられない。
門の前で、私は非情な覚悟を決めた。
10
お気に入りに追加
443
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ
紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか?
何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。
12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる