重なる月

志生帆 海

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第6章

番外編 崔加氏の独白 1

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少し崔加氏の過去をとして暗い話が続きます。全8話、なるべく早くあげて、甘い話へと戻りたいです。崔加氏の不倫話になりますので、苦手な場合は飛ばしてください。

あくまでもこれは、創作小説です。

****

ー崔加氏の独白ー

 私なりに愛していたのに、逃げて行った夕。

 今……私は縁あって、彼女の息子と三人で暮らしている。

 彼女と瓜二つの美しい顔をした息子は、初めて会った時から私の心を捉えて離さない。

 彼は私と同性で、夕の息子だ。だからこんな感情を抱くのは変だ。彼はあの日出会った穢れなき夕ではない。

 そう心を戒めるのに…

 彼がちらつかす、若き日の夕の面影は私を刺激してやまない。

 洋……君の存在が私を苦しめる。

****

 私と夕が会ったのは、夕がまだ高校一年生の時だった。父同士の仕事の関係で、私はいずれ夕の家に婿養子に入ることが決まったばかりだった。

 許嫁となった夕は双子の姉妹の妹。私は男三兄弟の一番下。ちょうどよい組み合わせだったのだろう。

 夕の家は旧家で、大層立派な洋館に住んでいた。親に連れられて、白金の屋敷の茶会に呼ばれたのだ。

「貴史さん、こちらが月乃  夕さんですよ」
「はじめまして崔加 貴史です」
「夕です……はじめまして」

 恥ずかしそうに俯いて話す夕は、淡い空色の着物がとても良く似合っていて、少女ならではの可憐さが眩いほど溢れ出ていた。

 その透き通るような肌、少し潤んだ黒目がちのすっきりした眼。ほっそりとした鼻梁。頬は薔薇色で、唇はサクランボのように艶めいて、漆黒の髪は絹のように滑らかで、すべてが絶妙のバランスで整っていた。

「あの?なにか」
「あっ……いや……その」

 そしてふわっと笑うと上品で優美で、こんなに美しい女性がいるものかと、まだ高校生だった私はぼーっと見惚れてしまった。

 婿養子になることは父同士が一方的に決めたことで、当初不満もあった。だが夕を一目見た途端、近い将来この女性が私のものになるということに感謝し、胸が高鳴ったのを今でも思い出す。

 最初はただ眺めるだけ。 

 それからも定期的に会う機会があった。次に会った時は、勇気を出して自分から話しかけてみた。

「夕日がきれいですね」
「はい……そうですね」

 そう答える夕の横顔をそっと見ると、ほっそりとした首筋が白くて滑らかで美しかった。穢れがない天使のような女性だと思った。大事にしたいと思った。守ってやりたいと。

 確かにそう思ったのだ。
まだやっと高校を卒業したばかりの私は……あの頃は純粋だった。

 あのままの私でいれば、こんな遠回りしなくても済んだかもしれないのに。今となっては後の祭りだ。

 大学生活が軌道に乗り出すと急に自由に大人になったような気分で、それまで抑えつけられていたものから逃れるように私は遊び呆けてしまった。

 大学を卒業したらどうせ俺はあの家の婿養子になって、品行方正にしなければならない。そんな思いが、遊びを一層助長させていったのかもしれない。

 いくら夕が美しいといっても、一生一人しか知らないなんてつまらない。そそのかされるままに、女を漁り酒を飲ませて寝たりもした。

 そんな荒んだ生活臭さを、夕は感じ取っていたのかもしれない。なんとなく私を見る目が冷たくなったのを感じ、苛立った。

 そんなある日、まだ高校生だった夕を待ち伏せして、嫌がっているのに、強引にいかがわしい店に連れ込んだ。

 いつまでも指をくわえて見ているだけなんて、もう我慢できなかった。

 無理矢理押し倒し、夕の可愛らしい胸を鷲掴みにして揉んだ。

 弾力のある瑞々しいその感触に我を忘れ、さらに馬乗りになりキスしようとした時、思いっきり唇を噛まれた。

「痛っ」

 滴る血がソファに飛び散った。それを見て反省するどころか、私はかっと怒ってしまったのだ。

「いやっやめて!酷いわ」

「許嫁じゃないか。これ位いいじゃないか」

「あなたは獣よ!こんな無理矢理に」

「なんだと!生意気なっ」

 殴るつもりなんてなかったのに……気が付いたら夕の頬は赤く腫れていた。そして涙が溢れそうになっていた。

 それから夕はあからさまに私を避けるようになった。

 いやらしい人間だという目で見られている気がして居たたまれない。

夕 のことを宝物のように大事したいと思っていたはずなのに、何故このようなことになったのか。

 それからしばらくして、夕の親の会社が投資に失敗して大きく傾いた。夕の家の援助と条件に結婚が早まったのだ。

 今度こそ……夕を大事にしたい。あの日からやり直したい。

 そう誓った。

 時期が早まったのはチャンスだと思った。

 なのに……結納の日になって……夕はあろうことか、家庭教師をしていた男と駆け落ちしてしまったのだ。

 裏切られたショック。それは酷かった。この私がしてやられるとは…くそっ!こうなったら夕の家ごと潰れてしまえばいい!

「夕は淫女で、あば擦れだった」と騒ぎ立て、夕の実家の援助を一切引くように父に申し出た。

 結果……夕は勘当され、夕の実家はあっという間に没落していった。

 そんなこと知るものか。
 あいつは私を裏切った。

 だが手に入らなかったものは、かえって欲しくなってしまうものだった。大学を出て見合いで結婚してからも、いつまでも心の奥に夕への秘かな想いは残ったままだ。

 これは憎しみなのか。愛情なのか……それすらも分からない感情になっていた。



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