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第6章
新しい一歩 6
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「洋……洋……」
「……んっ」
気が付いたら自分の部屋のベッドに寝かされていた。カーテンの向こうがもう白くなっていたので朝だと認識した。
「大丈夫か。昨日は無理させて悪かったな。湯あたりしたようで、あのまま気を失うように眠ってしまった」
「……そうか」
やっぱりそうか。昨日は夜中からクリスマスパーティーをして、Kaiと松本さんも呼んで随分飲んでしまった。しかもそのままバスルームで……なんだか酔いが冷めると無性に恥ずかしい。
丈に激しく攻められ結局声を殺すことも出来ず……上の階にいたKai達に声が漏れなかっただろうか。それにしても家に他の人がいる状態で、あんなに激しいことをするなんて、俺も丈も本当に駄目だな。
気恥ずかしくて布団の中でもぞもぞしていると、丈が布団の中へ手を入れてきた。
「洋、躰……大丈夫なのか。どこか痛めたのか」
「なっ何? 」
俺の躰を労わる様に擦ってくれるが、その手はやっぱりちょっといやらしい感じで、俺は思わず苦笑してしまった。
あぁ……本当に俺も丈も、もう付き合いだして五年も経つのにお互いの躰に溺れすぎている。
「おいっ丈、朝から変な所ばかり触るなよ」
「洋、どうした? 恥ずかしいのか」
このままだと丈のお得意の言葉攻めが続きそうなので、話を逸らすことにした。
「Kai達は?」
「どうだろう? まだ寝ているんじゃないかな? 物音ひとつしないから」
「そう」
****
俺達がソウルに来てから出逢ったKai。後から考えればその出逢いは必然だった。あの過去からの不思議な出来事がクリアに解明できたのはKaiのおかげだ。
今となってはすべて夢のような話だが……Kaiはそれからもずっと俺たちの傍で、このソウルで安全に心地良く過ごせるように気を配ってくれる大事な友だ。
そんなKaiに気になる男性が出来たことに気が付いたのは最近のことだった。ここ最近いつも楽しく朗らかなムードメーカーのKaiが、妙に真剣な目で誰かを見ていることに気が付き、その視線を辿るといつもそこには松本さんがいた。
松本さんは俺の通訳の同僚だが、松本さん自身の詳しいことは仕事以外では関わったことがなく何も知らなかった。それに知ろうと思っても、松本さんは普段は淡々と仕事をこなすだけで、隙がない。どうやら自分というものをわざと隠しているようだった。
松本さんの隠したい自分は、果たして何なのか。
俺のように日本を飛び出したくなるほど嫌なことがあったのではないか。そう考えると松本さんの頑なな態度も納得できるものに変わった。
俺が周りの人に支えられて心を解せたように、松本さんにも貝のように固く閉じてしまった心を解放してもらえたら。でもどうやったら……そんなきかっけが掴めるだろうか。
そんな想いで誘ったのが、このクリスマスパーティーだ。
二人がまだ上の階にいるということは、二人の関係は良い方向へ向かったのだろうか。
****
「やっぱりそろそろ起こしてくる」
「邪魔だけはするなよ」
「分かってるって、そっと覗くから」
流石に昼前になったので、二階へ上がってみる。そろそろ起こさないとKaiが仕事に遅れるしな。昨日俺と松本さんが話した天窓の部屋のドアは開いていたので覗いてみたが、姿は見えなかった。
じゃあ客間で寝ているのか。お邪魔じゃないといいけど…
トントンー
軽くノックするが返事はない。
「あっ……」
そっと中に入ると、とても和やかな光景が目に飛び込んできて、思わず微笑んでしまった。松本さんはベッドでぐっすりと眠っていた。そして、その手をKaiが握りしめたまま布団に顔を埋めて眠っていた。
「Kai……」
「しっ」
俺が近づく足音で目覚めたKaiが口に指をあてた。なので俺も小声で話す。
「松本さんは、よく眠っているみたいだね」
「あぁ気持ち良さそうに、安心した顔で眠ってくれているな」
「本当だ」
きっと松本さんはソウルに来てから、ずっと一人で寂しい悲しい夜を明かしていたのだろう。そんな松本さんがこんなに気を許した表情を浮かべて……なんだかそれがとても嬉しい。
「洋、俺さ……」
「うん」
「優也さんのことが好きだ。告白したんだ」
「うん。そうか……良かった。俺も嬉しい」
やっぱりそうか。うまくいってよかった。
本当にそう思う。恐らく松本さんは日本でとても辛いことがあったのだろう。そんな彼にはすぐ傍にいてくれる人が必要だ。もうこれ以上ソウルで寂しい夜を過ごして欲しくない。俺が日本で、ソウルで……周りの人に助けられたように、松本さんにもそういう人が必要だ。
「洋たちはもう大丈夫だよな? 俺が傍にいなくても……俺はこれからは優也さんの傍にいてあげたい」
「Kai……俺、長い間君を引き留めていたね。もう俺達は大丈夫だよ。Kaiのおかげでソウルでの日々、本当に楽しかった。安心して過ごせた。本当に本当にありがとう」
「あぁそうだな。俺もお前たちの傍にいるのが嬉しくて楽しくて……あっという間の五年間だった。すごく感謝している。それでいつ帰るんだ? 」
「年が明けたらすぐ……」
「そうか、やっぱり寂しいな」
「Kaiは大事な友人だ。いつでも会いに来てくれ。俺も会いに来るから」
「あぁそうだな。過去からの縁はそう簡単に切れないはずだ」
「その通りだよ。じゃあ俺は下に行っているね。昼食作って待っているから優也さんのそばにいてあげて。起きた時真っ先にKaiの姿が見れたらきっと嬉しいよ」
「そっそうか」
間もなく俺はこの国を離れる。
ソウルに来てから出逢った人。出来事、仕事……すべて良い想い出だ。
そしてソウルで見た星空、月、この空気。ぜんぶこの胸に包んで、俺自身が生まれ育った国へ戻っていくよ。
ありがとう。
ここは俺に元気を与えてくれた大切な国だ。
そしてKai……君という大事な友と出会えた場所だ。
そろそろ、新しい一歩を踏み出さないと何も始まらないし変わらない。変えられない。
人は誰にでもその新しい一歩を踏み出す権利はある。
必要なのは、その勇気なんだ。
6章 完
あとがき(ご不要な方はスルーしてくださいね!)
****
こんにちは。志生帆海です。本日で6章が終わりました。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
『深海』の二人を丈と洋目線で書いてみました。あちらと合わせて読んでいただけると、お話が深まるかと思います。さて……いよいよ舞台は日本へ戻ります。その前に少し番外編を挟みます。いつも読んでくださりありがとうございます。これからも緩急つけていきたいです。
「……んっ」
気が付いたら自分の部屋のベッドに寝かされていた。カーテンの向こうがもう白くなっていたので朝だと認識した。
「大丈夫か。昨日は無理させて悪かったな。湯あたりしたようで、あのまま気を失うように眠ってしまった」
「……そうか」
やっぱりそうか。昨日は夜中からクリスマスパーティーをして、Kaiと松本さんも呼んで随分飲んでしまった。しかもそのままバスルームで……なんだか酔いが冷めると無性に恥ずかしい。
丈に激しく攻められ結局声を殺すことも出来ず……上の階にいたKai達に声が漏れなかっただろうか。それにしても家に他の人がいる状態で、あんなに激しいことをするなんて、俺も丈も本当に駄目だな。
気恥ずかしくて布団の中でもぞもぞしていると、丈が布団の中へ手を入れてきた。
「洋、躰……大丈夫なのか。どこか痛めたのか」
「なっ何? 」
俺の躰を労わる様に擦ってくれるが、その手はやっぱりちょっといやらしい感じで、俺は思わず苦笑してしまった。
あぁ……本当に俺も丈も、もう付き合いだして五年も経つのにお互いの躰に溺れすぎている。
「おいっ丈、朝から変な所ばかり触るなよ」
「洋、どうした? 恥ずかしいのか」
このままだと丈のお得意の言葉攻めが続きそうなので、話を逸らすことにした。
「Kai達は?」
「どうだろう? まだ寝ているんじゃないかな? 物音ひとつしないから」
「そう」
****
俺達がソウルに来てから出逢ったKai。後から考えればその出逢いは必然だった。あの過去からの不思議な出来事がクリアに解明できたのはKaiのおかげだ。
今となってはすべて夢のような話だが……Kaiはそれからもずっと俺たちの傍で、このソウルで安全に心地良く過ごせるように気を配ってくれる大事な友だ。
そんなKaiに気になる男性が出来たことに気が付いたのは最近のことだった。ここ最近いつも楽しく朗らかなムードメーカーのKaiが、妙に真剣な目で誰かを見ていることに気が付き、その視線を辿るといつもそこには松本さんがいた。
松本さんは俺の通訳の同僚だが、松本さん自身の詳しいことは仕事以外では関わったことがなく何も知らなかった。それに知ろうと思っても、松本さんは普段は淡々と仕事をこなすだけで、隙がない。どうやら自分というものをわざと隠しているようだった。
松本さんの隠したい自分は、果たして何なのか。
俺のように日本を飛び出したくなるほど嫌なことがあったのではないか。そう考えると松本さんの頑なな態度も納得できるものに変わった。
俺が周りの人に支えられて心を解せたように、松本さんにも貝のように固く閉じてしまった心を解放してもらえたら。でもどうやったら……そんなきかっけが掴めるだろうか。
そんな想いで誘ったのが、このクリスマスパーティーだ。
二人がまだ上の階にいるということは、二人の関係は良い方向へ向かったのだろうか。
****
「やっぱりそろそろ起こしてくる」
「邪魔だけはするなよ」
「分かってるって、そっと覗くから」
流石に昼前になったので、二階へ上がってみる。そろそろ起こさないとKaiが仕事に遅れるしな。昨日俺と松本さんが話した天窓の部屋のドアは開いていたので覗いてみたが、姿は見えなかった。
じゃあ客間で寝ているのか。お邪魔じゃないといいけど…
トントンー
軽くノックするが返事はない。
「あっ……」
そっと中に入ると、とても和やかな光景が目に飛び込んできて、思わず微笑んでしまった。松本さんはベッドでぐっすりと眠っていた。そして、その手をKaiが握りしめたまま布団に顔を埋めて眠っていた。
「Kai……」
「しっ」
俺が近づく足音で目覚めたKaiが口に指をあてた。なので俺も小声で話す。
「松本さんは、よく眠っているみたいだね」
「あぁ気持ち良さそうに、安心した顔で眠ってくれているな」
「本当だ」
きっと松本さんはソウルに来てから、ずっと一人で寂しい悲しい夜を明かしていたのだろう。そんな松本さんがこんなに気を許した表情を浮かべて……なんだかそれがとても嬉しい。
「洋、俺さ……」
「うん」
「優也さんのことが好きだ。告白したんだ」
「うん。そうか……良かった。俺も嬉しい」
やっぱりそうか。うまくいってよかった。
本当にそう思う。恐らく松本さんは日本でとても辛いことがあったのだろう。そんな彼にはすぐ傍にいてくれる人が必要だ。もうこれ以上ソウルで寂しい夜を過ごして欲しくない。俺が日本で、ソウルで……周りの人に助けられたように、松本さんにもそういう人が必要だ。
「洋たちはもう大丈夫だよな? 俺が傍にいなくても……俺はこれからは優也さんの傍にいてあげたい」
「Kai……俺、長い間君を引き留めていたね。もう俺達は大丈夫だよ。Kaiのおかげでソウルでの日々、本当に楽しかった。安心して過ごせた。本当に本当にありがとう」
「あぁそうだな。俺もお前たちの傍にいるのが嬉しくて楽しくて……あっという間の五年間だった。すごく感謝している。それでいつ帰るんだ? 」
「年が明けたらすぐ……」
「そうか、やっぱり寂しいな」
「Kaiは大事な友人だ。いつでも会いに来てくれ。俺も会いに来るから」
「あぁそうだな。過去からの縁はそう簡単に切れないはずだ」
「その通りだよ。じゃあ俺は下に行っているね。昼食作って待っているから優也さんのそばにいてあげて。起きた時真っ先にKaiの姿が見れたらきっと嬉しいよ」
「そっそうか」
間もなく俺はこの国を離れる。
ソウルに来てから出逢った人。出来事、仕事……すべて良い想い出だ。
そしてソウルで見た星空、月、この空気。ぜんぶこの胸に包んで、俺自身が生まれ育った国へ戻っていくよ。
ありがとう。
ここは俺に元気を与えてくれた大切な国だ。
そしてKai……君という大事な友と出会えた場所だ。
そろそろ、新しい一歩を踏み出さないと何も始まらないし変わらない。変えられない。
人は誰にでもその新しい一歩を踏み出す権利はある。
必要なのは、その勇気なんだ。
6章 完
あとがき(ご不要な方はスルーしてくださいね!)
****
こんにちは。志生帆海です。本日で6章が終わりました。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
『深海』の二人を丈と洋目線で書いてみました。あちらと合わせて読んでいただけると、お話が深まるかと思います。さて……いよいよ舞台は日本へ戻ります。その前に少し番外編を挟みます。いつも読んでくださりありがとうございます。これからも緩急つけていきたいです。
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