重なる月

志生帆 海

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第6章

新しい一歩 5

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 抱きついてくれた。こんなにきつく縋るように……俺に対して氷のように張り詰めていた心を緩めてくれて、本当に嬉しい。

「Kaiくん……僕……どうしたらいい? 」
「ん? このまま俺の横にいてくれればいいよ」
「えっでも……それだけで本当にいいのか」
「どういう意味? 」
「あっいや、なんでもないんだ」

 自分が言ったことが恥ずかしかったのか、きゅっと唇を噛んでまた俯いてしまった。

 そんな優也さんの様子にはっとした。何を言っているのか最初分からなかったが、すぐに察知した。俺は優也さんの躰目当てなんかじゃない。そりゃ行く行くは身も心も分け合えればいいが……何かにひどく傷ついた優也さんに対して、躰から始めることはしたくなかった。

「ねぇ優也さん、寒くない?」

 ここ……確か隣の部屋、客間だったよな。洋が俺達が泊まれるように部屋を用意してあると言っていたのを思い出した。

「そうだね。確かに少し寒いかも……でも、もう帰らなくては」
「帰るなよ。隣が客間なんだ。始発まで時間があるしベッドを借りていこう」
「あっ……でも」
「ふっ何もしないよ。俺、優也さんとはゆっくり歩んでいきたい。お互い同じ歩調でさ」
「うっ……」

 優也さんの眼からまた大粒の涙が零れた。ぽろぽろと涙をこぼす優也さんの泣き顔は、何故かとても綺麗だった。でも出来たら笑って欲しい。俺だけには笑顔を見せて欲しい。

「なっなんで泣くんだ? 悲しませたくないのに」
「だって……」
「んっ何? ちゃんと話して」
「……こんな優しく扱ってもらうなんて……僕は……僕は、こんな恋は知らない」

 なんて寂しいことを言うんだ。

 くそっ、日本で一体どんな目に遭ったんだよ。 優也さん……お人好しそうだし、まさかいいように扱われて捨てられてしまったのか。だとしたらその相手を許せない。

「何言ってるんだよ。大事な人を大事に扱って何がいけない? 」
「ううっ……」
「おいで、ここじゃ冷えちゃうよ」
「うん」

 優也さんの涙を指先で拭ってやり肩を抱いたまま、廊下に出た。いつの間にか洋がかけて行ってくれたBGMは止まっていて、その代りに違う音が聴こえていた。

「あっ……」

 下のバスルームから微かに声が漏れていた。おいおい丈と洋の奴。俺たちがいること知っている癖に……でも控え気味に漏れてくる二人の愛し合う声は、何故かメロディのように美しいと思った。

 優也さんも恥ずかしそうに顔を染めていたが、しっかりとした口調で話してくれた。

「Kaiくん……丈さんと洋くんは心から愛し合っているんだね。二人の声はまるで神聖な音楽みたいだね。今までこんな風に思うことは一度もなかったのに不思議だ」
「あぁ俺たちもいつかそうなりたいな」
「Kaiくん……二人みたいに心から信頼しあっているのってすごくいいね」
「あいつらも、いろいろあったからな。哀しみを乗り越えた奴らは強いよ」
「……そうなのか」
「優也さんにも……その深い哀しみを乗り越えて欲しい。そのために俺、もう沈まないようにいつも手を握っていてあげたいんだ。だから俺と真剣に付き合って欲しい」
「Kaiくん……本当に…僕なんかでいいのか」
「優也さんだからなんだ。こんな気持ちになるのはさっ」

 今すぐに手は出さないよ。優也さんがもっともっと俺に笑ってくれるように努力してからだ。そのまま優也さんをベッドに寝かした。毛布に羽毛布団をかけてやると、ほっとした表情を浮かべた。

「Kaiくんは……まだ寝ないの? 」

 一人で先に寝るのを決まり悪く思ったのか不安げに見つめてくる優也さんの手を、きゅっと握ってやった。

「優也さんが眠るまで、ここにいるよ」
「Kaiくん……お願いだから、そんなに優しくしないで欲しい」
「なんで? 俺は好きな人に優しくしたいだけだよ」
「……僕はそんな風に言ってもらえる人間じゃないのに……でも嬉しい」
「優也さんは素敵な人だよ。俺にとって大事な人なんだ」
「ありがとう」

 照れながら優也さんはやっと微笑んでくれた。
 その笑顔を見れただけで、もう今日は満足だった。

 ゆっくりでいい。
 ゆっくり歩むことで確かなものにしていきたい。

 暫く見つめ合っていると、優也さんはうとうとまどろみ始めた。その表情はとても穏やかだったので、ほっとした。本当はキスした時、一瞬このまま一気に先へとも思ってしまったが、すぐにそのやり方は違うと思った。しっくりこなかった。

 一夜限りの遊び相手じゃない。
 この人のことをそんな風に扱ってはいけない。
 優也さんのことを真剣に大事にしたい。

 本当にこの俺が……こんなにも一人の人に真剣になるなんてな、自分でも驚いている。

 眠りにつく優也さんの手を握っていると、温かい体温がじんわりと伝わって来た。

 トクントクンー

 手首から規則正しい脈を感じると、優也さんの存在自体に幸せを感じた。

 やっと見つけた。
 俺の大事な人。
 大事にしたい人。


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