重なる月

志生帆 海

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第6章

星に願いを  4 ーMerry Christmasー

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「少し酔いましたか」
「いや、大丈夫です」

 洋くんが心配そうにテーブルに水を置いてくれた。

 確かにほろ酔い気分で気持ちがいい。今日は思いがけず参加してみて良かったのかもしれない。Kaiくんに仕事帰りに強引に連れて来られて最初は戸惑ってしまったが、そうでもされないと真っすぐ家に戻り一人で寂しく過ごしていだだろうから。

 あぁ……こんなにも賑やかなクリスマスは久しぶりだ。

 洋くんの相手は、想像通りの彼だった。僕は洋くんが嬉しそうに、この彼と肩を並べて帰る姿を何度も見たことがあった。きっと洋くんの彼だろう……そう思っていた。

 こうやって今彼と洋くんが楽しそうに話している姿を見て、最初は羨ましくも眩しくも感じたが、時間が経つにつれ、この二人の間の見えない絆は、浮ついたものではなく何か大きなものを乗り越えたような深いものであることが、ひしひしと伝わって来た。

 もう真夜中の2時過ぎ。深夜に始まったパーティーも、そろそろお開きか。

「松本さん、少し酔いを醒ましにいきませんか。この家には天窓があるんですよ。それを、ぜひ見て欲しくて」

 洋くんは物腰が柔らかく、よく気が付いて、それが嫌味じゃないので心地良い青年だ。育ちが良いのだろう。きっと。そんな洋くんを穏やかな眼差しで見つめる丈さんとの間の空気も、感じがよかった。

 そして僕の隣で僕が会話に置いていかれないように全力でサポートしてくれるKaiくんがすごく頼もしい。

 翔と別れてからずっと一人で生きて来た僕なのに、つい甘えたくなってしまう。Kaiくんの大らかな性格は僕を自由にしてくれる。

「松本さん、行ってきなよ」

 そうKaiくんにも背中を押されたので、洋くんと二人で天窓のある部屋へ向かった。ドアを開けると部屋の中央に天窓があるらしく、ちょうどその部分の床に月明かりが降りて来ていた。

 そこから上を見上げれば幾千もの星が、冬の澄んだ夜空に浮かんでいた。


「すごい…」

 隣で洋くんが自然と優しく英語の歌を口ずさんだ。囁くような小さなメロディだ。

When you wish upon a star
makes no difference who you are
Anything your heart desires
Will come to you

If your heart is in your dream
No request is too extreme
When you wish upon a star
As dreamers do

Fate is kind
She brings to those who love
The sweet fulfillment of
Their secret longing

Like abolt out of the blue
Fate steps in and sees you through
When you wish upon a star
Your dreams come true

Fate is kind
She brings to those who love
The sweet fulfillment of
Their secret longing

When you wish upon a star
You dreams come true
When you wish upon a star
You dreams come true

Dreams come true...


輝く星に 心の夢を
祈ればいつか叶うでしょう
きらきら星は不思議な力
あなたの夢を満たすでしょう

人は誰もひとり
哀しい夜を過ごしてる

星に祈れば淋しい日々を
光り照らしてくれるでしょう

ドリームズ カム トゥルー!


出典・星に願いを / ピノキオ
歌 ディズニー(コンピレーション)
作詞 Ned Washington
作曲 Leigh Harline

「いい曲だね。洋くん……僕もこの曲を聴いたことあるよ。でもこんなに心に染み入ることはなかったよ」
「俺……この星空を見上げるといつも頭の中にこのメロディが浮かぶんです」
「確かに、ぴったりだね」
「あの……松本さん……俺がこんなこと言うのはおかしいかもしれないけれども……松本さんは一人じゃないです。だから上を見上げて欲しくて」
「洋くん? 何故……」
「松本さん……もしかして日本で何か哀しいことありませんでしたか」
「……」
「松本さん……俺も日本でとても嫌なことがあって……この世にいられない程つらいことがあって。一人で哀しい夜を幾夜も過ごしました。でも丈と出会って、もう一度生まれ変わったように生きていこうと思えて。だから松本さんにもきっと…」
「洋くん……僕は実は洋くんのこと妬んだり羨ましく想うこともあった。今だから正直に話すと……」
「松本さん……大丈夫ですよ。そういう気持ちわかります。こうやって星を見上げると人って何かを願いを懸けたくなりませんか。もしも松本さんも、もう一度輝きたいという願いを星に懸けるなら、運命は思いがけなくやって来て……きっと夢を叶えてくれると思うのです。違いますか」

 洋くんの優しい語りに、心の奥底に封印していた想いが溶け出して来てしまった。

 そうだ……僕だって幸せになりたい。

 本当はそう思っていた。

 翔とのことを、もう過去の思い出として、新しい世界へ旅立ってみたい。

 新しい出会いを待っているのは、僕の方だ。

 天窓を見上げるとソウルに来てから泣けなかった涙が、いつの間にか溢れ出ていた。

 俯くとそれは零れ落ちそうで、必死に耐えた。

「くっ……うっ…」
「あ……Kai。交代しよう」
「ありがとう」

 気が付くと洋くんはドアの外に出て行って、Kaiくんが入って来た。

 Kaiくんは真っすぐに僕のところへ歩み寄って来て、そのまま上を見上げる僕の躰を優しく抱きしめてくれた。

「松本さん……どうして泣いて?」
「Kaiくん…」

 久しぶりに自分じゃない誰かに抱きしめてもらうのが心地良くて安心できて、温かくて……思わずKaiくんの胸に顔を埋めて泣いてしまった。

「どうした? 悲しいことがあったのか」
「違う……嬉しくて。僕は一人じゃないってことに気が付いて、それが嬉しくて」

 Kaiくんのことを見上げたら、自然と凍っていた笑顔が戻って来た。

「あぁやっと笑ってくれた。松本さんのこんな笑顔をずっと見たかった」
「Kaiくん……僕なんかのこと、なんでこんなに気にかけてくれる? 」
「だって気になってしょうがないよ。俺にとって松本さんの笑顔が最高のクリスマスプレゼントだ」
「僕の、僕なんかが……」
「あぁそうだよ。メリークリスマス。えっとこれからは優也さんって呼んでもいい?」




『星に願いを』了






****
別途連載中の『深海』とリンクしていくお話になっています。
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