重なる月

志生帆 海

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第6章

星に願いを 2

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「Kai、次の通訳の手配頼むな。日本からのお客様だ」
「はい、かしこまりました」

 松本さんをカフェで見かけた翌日のことだった。上司に頼まれて通訳の仕事の割り振りをしていた時、ふと気になって調べてしまった。

 松本さんのことを、もっと知りたくて。

 今何歳だろう? なんで日本からわざわざソウルに来て、このホテルと契約したのか。まさか結婚してないよな? 日本に恋人とかいるのかな。やっぱノーマルだよなぁ~

 松本さんの物静かな端正な顔を思い浮かべてあれこれ考えてしまう。

 しかし俺は三年前から松本さんの存在を認識していたのに、なんでこんなに知らないことばかりなんだ。まだ彼がソウルの語学学校にいる時から、たまに見かけていたのに。本当に敢えて存在を隠すような印象の薄さだった。

「はぁ参ったな」

 思わず髪をかきむしってしまった。会社のPCを開いて、うちのホテルと契約している通訳者のプロフィールから松本さんを探し出してみた。

「んっ? あっそうか」

 その情報は思いがけず俺を良い方向へ導いてくれた。もやもやとした気持ちが消え去り、松本さんの行動を納得することが出来た。

 そうだったのか。

 昨日は松本さんの三十歳の誕生日だったのか。五歳も離れていると思わなかったな。

 もっと若く幼く見える。

 松本さんのずっと時計を気にしていた綺麗な横顔を思い出した。

 もしかして一人で誕生日を過ごすのが嫌で、あんな場所で日付が変わるまでいたのかもしれないな。なんとなくこの想像は当たっているような気がした。

 松本さんは日本で辛い思いをしたから、あんなに自分を出さずにひっそりと暮らしているのかもしれない。

 俺がなんとかしてやりたいよ。

 全く、あんなに一人で耐えている姿を見てしまったら気になってしょうがないじゃないか。
そんな訳で、柄にもなくこの数日悶々とした日々を過ごしている。

****

 しかし、あれからもなかなか松本さんは俺の誘いに乗ってくれない。都合が悪いとか疲れているとかで、いつもそっけなく断られてしまう。

 ふぅ、こうなってくると意地の張り合いだ。なんてじれったく思っていると、朝からご機嫌な様子な洋に話かけられた。

「Kai! おはよう」
「洋、今日は随分明るいな」
「そう? 」

 微笑む表情に思わず見惚れてしまう。洋の奴……相変わらず透明感のある綺麗な笑顔を振りまいてくれるな。丈と上手くいっているのだろう。最近の洋からはそんな幸せなオーラが滲み出ている。

 そんな洋も、もうすぐ日本へ帰ってしまうのだ。まったく残される俺の気も知らないで。洋や丈が日本へ戻ってしまったら俺、どうなるかな。

 この数年、二人と共に過ごしてきたようなものだから、無性に寂しくもなるんだよ。

「洋、何かいいことあったのか」
「あのさ、Kaiは二十四日の夜は空いている? 」
「それってクリスマスイブだろ。無理無理。仕事がぎっしりだ。ホテルの仕事をなんだと思ってるんだ」
「あっそうだよね。ごめん。でも何時にあがる?」

 洋のやつ、クリスマスイブなんて独り者の俺が暇なこと知っている癖に……と少し腹立たしく、手帳をめくって確認してみた。

「んー二十二時までだな。次の日は夜勤になるから朝はゆっくり出社だ」
「良かった! それならば大丈夫そうだね。仕事終わってからでいいから、俺の家に来ないか」
「えーなんでだよ、あてつける気かよ」

 おいおい何が悲しくて独身の俺が、新婚みたいに熱々の丈と洋の家でクリスマスイブを過ごさないといけないんだと、またもや疑問がわいてくる。

「違うよっ。そのよかったら連れて来て欲しい人がいて」
「誰?」
「松本さん……Kaiと一緒にどうかな?」

 洋が俺の様子を探るように聞いてくる。

 松本さん……

 そう思うと途端に胸がドクンと音を立てた。


「松本さんを、どうして洋が誘う? 」
「んっ……こんなこと言ったら失礼になるかもしれないけど、松本さんって、心の中に何か重たいものを抱えているような気がして。なんだか俺……感じるんだ。それになにか俺に言いたそうな感じもしていて」
「そうか」

 洋から思いがけずのクリスマスプレゼントをもらったような気分だ。

 これで松本さんを誘う口実が出来た。

 それに俺も思っていたことがある。松本さんはたまに洋のことをじっと見ている。その目は、憧れのような冷たいような……なんとも言えないものだった。

 その理由を聞かせて欲しい。俺にもっと心を砕いて欲しいよ。もうこんな機会に二度とない。洋は帰国してしまうのだから……

「OK!何がなんでも連れて行く」
「Kai、くれぐれも無理強いはするなよ。松本さんは繊細そうだ。俺と一緒で……」
「ははっ洋はもう繊細じゃないよっ意地悪さ」
「Kaiっ~お前ってやつは」


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