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第6章
逸る気持ち 2
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「丈っ!」
到着ロビーに現れた洋は清々しい表情を浮かべていた。そしてそのまま、ふんわりと抱きつくように駆け寄って来たので、その肩を抱くように私は受け留めた。軽く私に洋の体重がかかるのが心地良かった。
「洋、お帰り」
「んっ……ただいま」
軽く抱きしめた肩から、洋の温もりを感じてほっとする。
戻って来てくれた……ちゃんと私のところに。それを深く実感出来た。
たった数日しか離れていなかったのに寂しかった。会いたかった。じわっと滲み出るこんな微かな気持ちがあるものだな。こんな歳になっても、こんな風に募る気持ちを味わえるなんて……本当に洋には感情が揺さぶられてばかりだ。
「洋、疲れていないか。このまま真っ直ぐ家に帰るのもいいが、少しドライブしていかないか」
「うん、いいね。あぁソウルの秋は深まるのが早いね。まだ東京は紅葉していなかったのに、こっちはもう樹々が色づき始めているな」
「あぁ」
車窓から流れていく景色を眺める洋の瞳には、ソウルの色づき始めたばかりの華やかな紅葉が明るく映っていた。今年の秋冬はどうやら暖かくなりそうだ。
「丈、ありがとう。迎えに来てくれて嬉しいよ、今日はメール見てくれたんだね。昨日は何処かへ行っていたのか」
「あぁちょっと飲みに行っていた」
「それでか……昨日はメールの返事がなかったから心配したんだ。もしかして浮気してた?」
冗談めかして洋が笑いながら訊ねてくるので、思わず微笑んでしまった。
「あぁ洋もいないから二人で寂しく飲んでいたよ」
「えっ誰と? 」
洋が心配そうな顔になった。
「ふっ……Kaiとだよ」
「なんだKaiか。でもいつまでも俺と丈の世話ばかり焼かしていては悪いな」
「んっそうか? Kaiはまるで使命みたいにやってるが」
「でもKaiにはもっと幸せになってもらいたいよ」
「あぁ……でもあいつも今、まんざらでもないんじゃないか」
「何が」
「いや……」
「なんだよ。思わせぶりだな」
小首を傾げる洋の表情は明るい。どうやら日本で良いことが沢山あったようだな。それはあとでベッドでゆっくり聞こう。今はこんな風にたわいもない会話をしながら、ただ洋の時間と私の時間を重ね合わせたい。
「本当に少し寒くなって来たね」
「秋はもう終わりだよ……間もなく冬がやってくる」
****
ソウル 前日 ーソウル11p.m.ー
松本さん……何故? こんな時間迄どうしてあんな場所に一人きりで?
話しかけようかどうしようか躊躇してしまった。何だか話かけるには、松本さんに対して一歩踏み出す大きな覚悟がいるように感じたんだ。暫く外からそっと眺めていたが、松本さんはずっとそのまま座って外をぼんやり眺め続けていた。もうこんなに遅いのに本当に一人で大丈夫だろうか。
心配になって俺はそっとコーヒーショップの中に入り、入り口付近から様子を伺ってみることにした。こういうのって盗み見をしているようで罪悪感に苛まれる。
そういえば俺はいつだったか、こんな寂しそうな横顔をした人を見た様な気がする。ふと松本さんの横顔は寂しげだが、同時にとても綺麗だと思った。松本さんはきっと深い悲しみを知っている人なんだ。
洋を見た時も思ったが、悲しみによって与えられた痛みを知っている人の表情は、とても深く静かに美しい。
俺にはないものを求めてしまうのは、いつのも癖かな。
それにしても松本さんって俯いてばかりだから、じっくり見たことなかったけれども、実はとても整った清楚な顔立ちをしているんだな。大人しい人柄で口数も極端に少ないから、今まであんまり意識していなかったけどさ。
あれ……俺一体どうした?
ここ最近松本さんのことが、すごく気になってしょうがない。彼はどうやったら笑ってくれるのだろう。どうやったら彼を笑わすことが出来るのだろう。
今ここで話しかけたりしたら、かえって彼を追い詰めてしまいそうだ。真っ赤な顔をして不機嫌そうに帰ってしまいそうだよ。
あぁこういう駆け引きって単純な俺には、とても難しい。
****
Kaiが見かけた松本さんのシーン。
松本さんサイドから描いていっているのが別途掲載の『深海』です。
到着ロビーに現れた洋は清々しい表情を浮かべていた。そしてそのまま、ふんわりと抱きつくように駆け寄って来たので、その肩を抱くように私は受け留めた。軽く私に洋の体重がかかるのが心地良かった。
「洋、お帰り」
「んっ……ただいま」
軽く抱きしめた肩から、洋の温もりを感じてほっとする。
戻って来てくれた……ちゃんと私のところに。それを深く実感出来た。
たった数日しか離れていなかったのに寂しかった。会いたかった。じわっと滲み出るこんな微かな気持ちがあるものだな。こんな歳になっても、こんな風に募る気持ちを味わえるなんて……本当に洋には感情が揺さぶられてばかりだ。
「洋、疲れていないか。このまま真っ直ぐ家に帰るのもいいが、少しドライブしていかないか」
「うん、いいね。あぁソウルの秋は深まるのが早いね。まだ東京は紅葉していなかったのに、こっちはもう樹々が色づき始めているな」
「あぁ」
車窓から流れていく景色を眺める洋の瞳には、ソウルの色づき始めたばかりの華やかな紅葉が明るく映っていた。今年の秋冬はどうやら暖かくなりそうだ。
「丈、ありがとう。迎えに来てくれて嬉しいよ、今日はメール見てくれたんだね。昨日は何処かへ行っていたのか」
「あぁちょっと飲みに行っていた」
「それでか……昨日はメールの返事がなかったから心配したんだ。もしかして浮気してた?」
冗談めかして洋が笑いながら訊ねてくるので、思わず微笑んでしまった。
「あぁ洋もいないから二人で寂しく飲んでいたよ」
「えっ誰と? 」
洋が心配そうな顔になった。
「ふっ……Kaiとだよ」
「なんだKaiか。でもいつまでも俺と丈の世話ばかり焼かしていては悪いな」
「んっそうか? Kaiはまるで使命みたいにやってるが」
「でもKaiにはもっと幸せになってもらいたいよ」
「あぁ……でもあいつも今、まんざらでもないんじゃないか」
「何が」
「いや……」
「なんだよ。思わせぶりだな」
小首を傾げる洋の表情は明るい。どうやら日本で良いことが沢山あったようだな。それはあとでベッドでゆっくり聞こう。今はこんな風にたわいもない会話をしながら、ただ洋の時間と私の時間を重ね合わせたい。
「本当に少し寒くなって来たね」
「秋はもう終わりだよ……間もなく冬がやってくる」
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ソウル 前日 ーソウル11p.m.ー
松本さん……何故? こんな時間迄どうしてあんな場所に一人きりで?
話しかけようかどうしようか躊躇してしまった。何だか話かけるには、松本さんに対して一歩踏み出す大きな覚悟がいるように感じたんだ。暫く外からそっと眺めていたが、松本さんはずっとそのまま座って外をぼんやり眺め続けていた。もうこんなに遅いのに本当に一人で大丈夫だろうか。
心配になって俺はそっとコーヒーショップの中に入り、入り口付近から様子を伺ってみることにした。こういうのって盗み見をしているようで罪悪感に苛まれる。
そういえば俺はいつだったか、こんな寂しそうな横顔をした人を見た様な気がする。ふと松本さんの横顔は寂しげだが、同時にとても綺麗だと思った。松本さんはきっと深い悲しみを知っている人なんだ。
洋を見た時も思ったが、悲しみによって与えられた痛みを知っている人の表情は、とても深く静かに美しい。
俺にはないものを求めてしまうのは、いつのも癖かな。
それにしても松本さんって俯いてばかりだから、じっくり見たことなかったけれども、実はとても整った清楚な顔立ちをしているんだな。大人しい人柄で口数も極端に少ないから、今まであんまり意識していなかったけどさ。
あれ……俺一体どうした?
ここ最近松本さんのことが、すごく気になってしょうがない。彼はどうやったら笑ってくれるのだろう。どうやったら彼を笑わすことが出来るのだろう。
今ここで話しかけたりしたら、かえって彼を追い詰めてしまいそうだ。真っ赤な顔をして不機嫌そうに帰ってしまいそうだよ。
あぁこういう駆け引きって単純な俺には、とても難しい。
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Kaiが見かけた松本さんのシーン。
松本さんサイドから描いていっているのが別途掲載の『深海』です。
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