重なる月

志生帆 海

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第6章

逸る気持ち 1

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 俺はソウルにいる丈のもとへ帰る。

 五年ぶりの日本は懐かしかった。ずっと行きたかった場所にも行けたし、会いたい人にも会えた。そして思いがけず二つの思い出の品物を手にすることが出来た。

 両親の結婚指輪と父の翻訳した絵本。これは本当に予期せぬ過去からの贈り物だった。

 日本は懐かしく居心地が良いので、いつまでもいたいと思ったのに、朝起きたら無性に丈に会いたくなっていた。これって……朝日を浴びながら涼と安志の二人が寄り添うように手をつないで眠っている姿を見たせいなのかな。そんな二人の様子を見て、嬉しいのにちょっと寂しい気持ちになったのは何故だろう。

 とにかく戻ろう。
 早く戻りたい。
 丈の元へ……

 俺を快く送り出してくれた丈に会いたくて堪らないよ。

 空港から丈に連絡したが留守番電話だったので、メールで帰国便の到着時間を知らせておいた。

「会いたい」

 この逸る気持ちは、丈を想う気持ちの深さだ。


****


 目覚ましのベルを止めてから、また深く眠ってしまった。どうやら昨日は飲みすぎたようだ。Kaiに誘われ珍しく二人でホテルのバーに飲みに行ったのはいいが、短時間で随分きつい酒を飲んでしまったようだ。タクシーで帰路につきシャワーも浴びずにそのまま寝てしまった。

 全く私としたことが……洋が少しいないだけで生活が随分と乱れるな。

 こんな時は、ふと洋と出会う前の私の生活を思い出してしまう。日本のテラスハウスで、一人で暮らしていた頃のことを。誰にも関心が持てず、ある意味引きこもりのような生活だったな。ただ目の前にある仕事をこなし何となく生きていた。医学への関心は深かったが人への関心が希薄だった。

 幼い頃は可愛がってくれた両親だったが、そんな人間として出来損ないの私に一線を引きだしたような気がしたのはいつからだろうか。だから私は一人で誰の世話にもならずに世話もせずに、ひっそりと生きていくつもりだった。

 だが洋を知って、洋を抱いて……そしてあの不思議な縁を感じて、すべてが変わった。自分が自分でないような、思い描いていた未来と随分違う場所にいることが興味深くもある。

 今朝に限って随分昔のことを思い出すのは何故だろう。どこか心の奥底が寂しいからなのだろうか。

 洋は日本にいつまでいるのだろうか。本当に一人で帰国させてしまってよかったのだろうか。安志くんと洋の間には私が踏み入ることができない絆があるのは分かっていた。生まれながらの幼馴染だから、二人しか知らない歴史が沢山あるのも知っている。だから私としたことが少し妬いていたのかもしれない。まったく私も大人げない。

 実際に会った安志くんは真面目で誠実で爽やかな青年だったのに、二人の関係は友情以上、恋愛未満なのか。そんな簡単な言葉で言い表せないほどの深い絆がある。

 もう……それは私にとって少しだけ羨ましいものだったことを素直に認めるべきだな。安志くんに、あのアメリカで助けた涼くんという恋人がいると知って、実は一番ほっとしたのは私なのかもしれないな。

 はぁどうも朝から暗いことばかり考えてしまって良くない。しっかりしろ。私はもういい歳の大人じゃないか。そう自分を励まし起き上がった。

 枕元のスマホをチェックすると着信があった。洋からだ。

 眠っていて気が付かなかったのか、ニ時間前だ。続けてメールの内容を見て今まで己を苛んでいた負の感情が一気に跳ねとんだ。

 洋がもう帰って来る、私の元へ真っすぐに。

 そのことが素直に嬉しい。

 『おはよう!今から帰るよ。丈に早く会いたい』

  はっと時計を見て、ほっとした。今からならまだ間に合うな。空港へ迎えに行こう。
 洋と少しでも離れると駄目になったのは私の方だ。

  私の方こそ、洋に早く会いたい。

 『洋、ありがとう。迎えに行くよ』

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