重なる月

志生帆 海

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第6章

穏やかな時間 7

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「洋、もう寝たのか」
「いや、まだだよ。涼はぐっすり眠ったみたいだな」

 あれから洋のお父さんの絵本を囲んで、皆、涙ぐんだ。流石に疲れ果てた涼がうつらうつらしだしたので、もう寝ようということで、俺の部屋に運んでやった。

 六畳の狭い和室だから布団は二枚しか敷けなかったが、洋と涼が一緒に寝るということで落ち着いた。涼を真ん中に川の字だ。なんだかこういうのっていいな。ほっとするよ。

 見慣れた自分の部屋の天井は、俺の心を子供のように素直にしてくれる。

「洋……その、涼のこと……改めてありがとう」
「んっ涼の幸せ一杯の顔を見られて良かった。安志も本当に良かったな。二人は……その、もう……」
「ま……まぁな」

 改めて聞かれるとドキドキするな。なんだって幼馴染とこんな話を。

「ふっ…」

 洋の笑う様な優しい吐息が聞こえた。

「どうした?」
「いや、この部屋変わらないなって思って。畳のにおいって和むな。俺ずいぶん外国暮らしが長くなって……日本が無性に懐かしく感じるよ」

 高二で渡米して就職で帰国したが、また数か月で今度はソウルに行ってしまったから、本当に洋の言う通りだ。きっと今すごく日本が恋しいのだろうな。

「小学校の時、洋のお母さんの具合が悪いことが多くて、よくうちに泊まったよな」
「うんそうだった。あの頃もし安志の家の存在がなかったら俺は途方に暮れていたよ。母も俺も本当に頼り切っていたよな」
「昔はよく二人で手をつないで寝たな」
「そうだね……」

 子供の頃は、洋に触れるのももっと単純で簡単だったなぁと思ってしまった。

「安志、三人で手を繋ごうか」

 洋の提案で、涼を挟んで俺たちは手をつないだ。涼の温もりを通して、洋の穏やかな心が伝わって来るようだった。

「不思議な縁だな。考えて見たら……俺達」
「本当にそうだな」
「洋、今日会えてよかったよ」
「俺もだよ。涼のこと頼んだぞ」
「ありがとう。大事にする。責任を持って」
「良かった。ほっとしたよ。ありがとう」

 そう言いながら洋も静かな寝息を立て始めた。

 あの日この部屋でうなされていた洋はもういない。

 洋は今はとても穏やかな時間を過ごしている。こんな穏やかな時間がずっと続きますように。そう祈らずにはいられない。

 あの日の涙はもう遠い彼方だ。

****

 羽田空港まで洋を見送りに来た。

「じゃあ洋兄さん。今度は僕がソウルへ行くよ」
「あぁ待ってる。丈に会いに来て」
「洋、気を付けてな。丈さんによろしくな」
「うん、安志のおじさんとおばさんにもよろしく伝えてくれ」

 あれから洋は、翌日には急にソウルへ戻ると言い出して、あっという間に飛行機を手配してしまった。両親の墓参りと俺達の姿を見れたから、もう日本へ来た目的は達せられたと言っていた。実は何より丈に会いたくなってしまったと、こっそり照れ臭そうに言う洋が可愛いかったな。

 幼馴染よりもっと深くなった洋は、俺にとってやっぱりずっと見守っていきたい存在だ。

「あっ洋……」

 ふと思いついたことがあったので、もう行こうとしている洋を思わず引き留めてしまった。

「あのさ、お前ずっとソウルにいるつもりか」
「えっなんで?」
「もう逃げ回る必要はないんだろう。それだったら戻って来てもいいんじゃないか」
「そうか……そうだね。日本には母さんや父さんの墓もあるし、俺もやっぱり生まれ育ったところに帰ってきたい気持ちはあるよ。今回の帰国で一気に日本が恋しくなってしまったよ」
「そうかよかった。俺も洋のこと心配なんだ」
「考えてみるよ。安志はこれからは涼のことしっかり見ていてくれよ。じゃあまたな」

 あの日、川岸で別れたように相変わらず華奢な手を振りながら、洋は出国手続きをしにいった。悲しい分かれじゃなかった。やっと安心して洋のこと送り出せた。

「ふぅ行ってしまったね」
「涼もさみしいのか」
「当たり前だよ。もっと話したかったし、一緒に出掛けたりしたかったのになぁ。ソウルかは近いけど外国だからさ。あー洋兄さん日本に戻ってきて欲しいな」
「そうだな、俺もそう思うよ。さてと涼、今日はこれから空いてるか」
「うん日曜日だし天気もいいし……何処かへ出かけたいな」
「そうだなこのままデートだな」
「ふふっ安志さんの口からそんな言葉、嬉しいよ。ありがとう」

 振り返ると空港の明るい陽ざしを浴びた涼が嬉しそうに微笑んでいた。まるでそこだけ映画のワンシーンみたいな輝いて見える。通りすがりの人たちも涼の美しさに見惚れているのが分かる。

「あの男の子、誰? 綺麗ね」
「モデルさんかな。すごいスタイルいい~」
「かっこいい。あの男の子」
「眼福~!」

 そんなひそひそと、嬉しそうな女の子の声が耳に届く。

 俺も思わず涼の綺麗な笑顔に思わず見惚れてしまった。

 美しく透明感のある爽やかな笑顔を、ずっと見ていたくなる。涼は本当に俺なんかにもったいないほどの贈り物だよ。

 俺も涼とずっと穏やかな時間を過ごしていきたい。



『穏やかな時間』了
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