323 / 1,657
第6章
穏やかな時間 7
しおりを挟む
「洋、もう寝たのか」
「いや、まだだよ。涼はぐっすり眠ったみたいだな」
あれから洋のお父さんの絵本を囲んで、皆、涙ぐんだ。流石に疲れ果てた涼がうつらうつらしだしたので、もう寝ようということで、俺の部屋に運んでやった。
六畳の狭い和室だから布団は二枚しか敷けなかったが、洋と涼が一緒に寝るということで落ち着いた。涼を真ん中に川の字だ。なんだかこういうのっていいな。ほっとするよ。
見慣れた自分の部屋の天井は、俺の心を子供のように素直にしてくれる。
「洋……その、涼のこと……改めてありがとう」
「んっ涼の幸せ一杯の顔を見られて良かった。安志も本当に良かったな。二人は……その、もう……」
「ま……まぁな」
改めて聞かれるとドキドキするな。なんだって幼馴染とこんな話を。
「ふっ…」
洋の笑う様な優しい吐息が聞こえた。
「どうした?」
「いや、この部屋変わらないなって思って。畳のにおいって和むな。俺ずいぶん外国暮らしが長くなって……日本が無性に懐かしく感じるよ」
高二で渡米して就職で帰国したが、また数か月で今度はソウルに行ってしまったから、本当に洋の言う通りだ。きっと今すごく日本が恋しいのだろうな。
「小学校の時、洋のお母さんの具合が悪いことが多くて、よくうちに泊まったよな」
「うんそうだった。あの頃もし安志の家の存在がなかったら俺は途方に暮れていたよ。母も俺も本当に頼り切っていたよな」
「昔はよく二人で手をつないで寝たな」
「そうだね……」
子供の頃は、洋に触れるのももっと単純で簡単だったなぁと思ってしまった。
「安志、三人で手を繋ごうか」
洋の提案で、涼を挟んで俺たちは手をつないだ。涼の温もりを通して、洋の穏やかな心が伝わって来るようだった。
「不思議な縁だな。考えて見たら……俺達」
「本当にそうだな」
「洋、今日会えてよかったよ」
「俺もだよ。涼のこと頼んだぞ」
「ありがとう。大事にする。責任を持って」
「良かった。ほっとしたよ。ありがとう」
そう言いながら洋も静かな寝息を立て始めた。
あの日この部屋でうなされていた洋はもういない。
洋は今はとても穏やかな時間を過ごしている。こんな穏やかな時間がずっと続きますように。そう祈らずにはいられない。
あの日の涙はもう遠い彼方だ。
****
羽田空港まで洋を見送りに来た。
「じゃあ洋兄さん。今度は僕がソウルへ行くよ」
「あぁ待ってる。丈に会いに来て」
「洋、気を付けてな。丈さんによろしくな」
「うん、安志のおじさんとおばさんにもよろしく伝えてくれ」
あれから洋は、翌日には急にソウルへ戻ると言い出して、あっという間に飛行機を手配してしまった。両親の墓参りと俺達の姿を見れたから、もう日本へ来た目的は達せられたと言っていた。実は何より丈に会いたくなってしまったと、こっそり照れ臭そうに言う洋が可愛いかったな。
幼馴染よりもっと深くなった洋は、俺にとってやっぱりずっと見守っていきたい存在だ。
「あっ洋……」
ふと思いついたことがあったので、もう行こうとしている洋を思わず引き留めてしまった。
「あのさ、お前ずっとソウルにいるつもりか」
「えっなんで?」
「もう逃げ回る必要はないんだろう。それだったら戻って来てもいいんじゃないか」
「そうか……そうだね。日本には母さんや父さんの墓もあるし、俺もやっぱり生まれ育ったところに帰ってきたい気持ちはあるよ。今回の帰国で一気に日本が恋しくなってしまったよ」
「そうかよかった。俺も洋のこと心配なんだ」
「考えてみるよ。安志はこれからは涼のことしっかり見ていてくれよ。じゃあまたな」
あの日、川岸で別れたように相変わらず華奢な手を振りながら、洋は出国手続きをしにいった。悲しい分かれじゃなかった。やっと安心して洋のこと送り出せた。
「ふぅ行ってしまったね」
「涼もさみしいのか」
「当たり前だよ。もっと話したかったし、一緒に出掛けたりしたかったのになぁ。ソウルかは近いけど外国だからさ。あー洋兄さん日本に戻ってきて欲しいな」
「そうだな、俺もそう思うよ。さてと涼、今日はこれから空いてるか」
「うん日曜日だし天気もいいし……何処かへ出かけたいな」
「そうだなこのままデートだな」
「ふふっ安志さんの口からそんな言葉、嬉しいよ。ありがとう」
振り返ると空港の明るい陽ざしを浴びた涼が嬉しそうに微笑んでいた。まるでそこだけ映画のワンシーンみたいな輝いて見える。通りすがりの人たちも涼の美しさに見惚れているのが分かる。
「あの男の子、誰? 綺麗ね」
「モデルさんかな。すごいスタイルいい~」
「かっこいい。あの男の子」
「眼福~!」
そんなひそひそと、嬉しそうな女の子の声が耳に届く。
俺も思わず涼の綺麗な笑顔に思わず見惚れてしまった。
美しく透明感のある爽やかな笑顔を、ずっと見ていたくなる。涼は本当に俺なんかにもったいないほどの贈り物だよ。
俺も涼とずっと穏やかな時間を過ごしていきたい。
『穏やかな時間』了
「いや、まだだよ。涼はぐっすり眠ったみたいだな」
あれから洋のお父さんの絵本を囲んで、皆、涙ぐんだ。流石に疲れ果てた涼がうつらうつらしだしたので、もう寝ようということで、俺の部屋に運んでやった。
六畳の狭い和室だから布団は二枚しか敷けなかったが、洋と涼が一緒に寝るということで落ち着いた。涼を真ん中に川の字だ。なんだかこういうのっていいな。ほっとするよ。
見慣れた自分の部屋の天井は、俺の心を子供のように素直にしてくれる。
「洋……その、涼のこと……改めてありがとう」
「んっ涼の幸せ一杯の顔を見られて良かった。安志も本当に良かったな。二人は……その、もう……」
「ま……まぁな」
改めて聞かれるとドキドキするな。なんだって幼馴染とこんな話を。
「ふっ…」
洋の笑う様な優しい吐息が聞こえた。
「どうした?」
「いや、この部屋変わらないなって思って。畳のにおいって和むな。俺ずいぶん外国暮らしが長くなって……日本が無性に懐かしく感じるよ」
高二で渡米して就職で帰国したが、また数か月で今度はソウルに行ってしまったから、本当に洋の言う通りだ。きっと今すごく日本が恋しいのだろうな。
「小学校の時、洋のお母さんの具合が悪いことが多くて、よくうちに泊まったよな」
「うんそうだった。あの頃もし安志の家の存在がなかったら俺は途方に暮れていたよ。母も俺も本当に頼り切っていたよな」
「昔はよく二人で手をつないで寝たな」
「そうだね……」
子供の頃は、洋に触れるのももっと単純で簡単だったなぁと思ってしまった。
「安志、三人で手を繋ごうか」
洋の提案で、涼を挟んで俺たちは手をつないだ。涼の温もりを通して、洋の穏やかな心が伝わって来るようだった。
「不思議な縁だな。考えて見たら……俺達」
「本当にそうだな」
「洋、今日会えてよかったよ」
「俺もだよ。涼のこと頼んだぞ」
「ありがとう。大事にする。責任を持って」
「良かった。ほっとしたよ。ありがとう」
そう言いながら洋も静かな寝息を立て始めた。
あの日この部屋でうなされていた洋はもういない。
洋は今はとても穏やかな時間を過ごしている。こんな穏やかな時間がずっと続きますように。そう祈らずにはいられない。
あの日の涙はもう遠い彼方だ。
****
羽田空港まで洋を見送りに来た。
「じゃあ洋兄さん。今度は僕がソウルへ行くよ」
「あぁ待ってる。丈に会いに来て」
「洋、気を付けてな。丈さんによろしくな」
「うん、安志のおじさんとおばさんにもよろしく伝えてくれ」
あれから洋は、翌日には急にソウルへ戻ると言い出して、あっという間に飛行機を手配してしまった。両親の墓参りと俺達の姿を見れたから、もう日本へ来た目的は達せられたと言っていた。実は何より丈に会いたくなってしまったと、こっそり照れ臭そうに言う洋が可愛いかったな。
幼馴染よりもっと深くなった洋は、俺にとってやっぱりずっと見守っていきたい存在だ。
「あっ洋……」
ふと思いついたことがあったので、もう行こうとしている洋を思わず引き留めてしまった。
「あのさ、お前ずっとソウルにいるつもりか」
「えっなんで?」
「もう逃げ回る必要はないんだろう。それだったら戻って来てもいいんじゃないか」
「そうか……そうだね。日本には母さんや父さんの墓もあるし、俺もやっぱり生まれ育ったところに帰ってきたい気持ちはあるよ。今回の帰国で一気に日本が恋しくなってしまったよ」
「そうかよかった。俺も洋のこと心配なんだ」
「考えてみるよ。安志はこれからは涼のことしっかり見ていてくれよ。じゃあまたな」
あの日、川岸で別れたように相変わらず華奢な手を振りながら、洋は出国手続きをしにいった。悲しい分かれじゃなかった。やっと安心して洋のこと送り出せた。
「ふぅ行ってしまったね」
「涼もさみしいのか」
「当たり前だよ。もっと話したかったし、一緒に出掛けたりしたかったのになぁ。ソウルかは近いけど外国だからさ。あー洋兄さん日本に戻ってきて欲しいな」
「そうだな、俺もそう思うよ。さてと涼、今日はこれから空いてるか」
「うん日曜日だし天気もいいし……何処かへ出かけたいな」
「そうだなこのままデートだな」
「ふふっ安志さんの口からそんな言葉、嬉しいよ。ありがとう」
振り返ると空港の明るい陽ざしを浴びた涼が嬉しそうに微笑んでいた。まるでそこだけ映画のワンシーンみたいな輝いて見える。通りすがりの人たちも涼の美しさに見惚れているのが分かる。
「あの男の子、誰? 綺麗ね」
「モデルさんかな。すごいスタイルいい~」
「かっこいい。あの男の子」
「眼福~!」
そんなひそひそと、嬉しそうな女の子の声が耳に届く。
俺も思わず涼の綺麗な笑顔に思わず見惚れてしまった。
美しく透明感のある爽やかな笑顔を、ずっと見ていたくなる。涼は本当に俺なんかにもったいないほどの贈り物だよ。
俺も涼とずっと穏やかな時間を過ごしていきたい。
『穏やかな時間』了
10
お気に入りに追加
445
あなたにおすすめの小説
【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語
ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ……
リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。
⭐︎2023.4.24完結⭐︎
※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。
→2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

代わりでいいから
氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。
不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。
ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。
他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる