重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
321 / 1,657
第6章

穏やかな時間 5

しおりを挟む
「まだか……」

 洋と涼の奴、いつまで二人きりで入っているつもりだ。

 あぁあんなに綺麗な二人を銭湯なんかに連れて来て後悔している。銭湯には、よぼよぼの爺さんばかりとはいえ……二人がいる露天風呂には誰も近づけたくない。

「あっ爺さん! 駄目ですよ。今日は露天風呂は立ち入り禁止だそうですよ」

 だからつい……よたよたと外に出ようとする老人に思わずそんな嘘をついてしまった。

「んーそうかぁ……わしゃよく見えないがぁ……誰かいるような? あれ? なんであんな所にえらい別嬪さんが」
「いっいやっ幻ですって」
「そーかーそーかー」

 確かに白い湯気が立ち込める湯船に肩を並べて浸かる二人は、本当に美しくて、同じ男性とは到底思えない。はぁ……こんな場所に洋を連れて来たことを丈に知られたら殺されるな。

 二人きりの話は終わったのか、もうそろそろいいか。

 俺が寒いんだよぉ~!

 ブルブルっとした躰を奮い立たせ、堪忍しかねて早くあがる様に声をかけてしまった。


「ほら早く早く!」
 
 脱衣場でバスタオルを二人に乱暴に被せた。

「おいっ雑だな! 安志、何をそんなに焦っているんだ? 」
「いいから早く着替えろ、もう帰るぞ」
「……えっ安志さん僕……何か気に障ることした? 何か怒っているの?」

 あまりに俺が急いたせいで涼が心配そうな表情になったので、ドキっとした。その瞳に少しでも影がさすのは嫌だから慌てて取り繕う。

「違う違う! その……心配しただけだ」

 涼はきょとんとした顔になった。

「なんだ。今日は安志さんも洋兄さんも一緒なのに何言ってるの? 」
「いや……だって、その」

 あーもう風呂上がりで上気した薔薇色の頬の涼から、石鹸のいい香りがしてクラクラしてくる。それに洋はあてにならないぞ……絶対に。かえって危険を増殖させる奴だ。そんな俺たちのやりとりを洋が隣で聞いて肩を揺らした。

「くくっ安志、心配するなよ。ほらっもう俺は着替えたよ」

 俺の想いを察したのか、洋は手際よく着替えていた。

「安志はいつも心配性だな。ここは大丈夫だよ。お前もいるしな」
「あぁそうだな。でも万が一ってことあったら」
「安志、俺も一応男なんだから……必要以上に心配するな」

 涼の前でそれ以上言うなと目で制されてしまった。

「……まぁそうだが」

 洋はなんだか明るく強くなった。五年前よりずっと健康的になった。でも俺は涼の前でも、やっぱり洋のことを心配してしまう。この癖はもういい加減に治さないとな。


****


「お帰りなさい、まぁ~ふふっ。みんな安志の服着ちゃって~そして洋くんも涼くんも華奢だから、ぶかぶかね」
「母さん、そんなにじろじろ見るなよ。目が怪しいぞ」
「ふふっごめんなさいね、二人ともあんまり綺麗だから。さぁあがって」

 ダイニングルームに入ると、母さんが上機嫌で鍋の用意をしていた。

「洋くんも涼くんも、今日はよかったらこのまま泊っていってね。久しぶりに我が家がにぎやかで嬉しいわ」
「えっ? いいのですか」

 洋と涼も口を揃えて驚いていた。へぇ母さんもなかなか気が利くな。こんな機会滅多にない。俺も今日はもっとこの二人と一緒にいたかったから感謝だ。

「母さんありがとうな。二人とも、ここに泊って行けよ」
「うっうん」

 思いがけず両親と俺、涼と洋という豪華なメンバーで鍋を囲んだ。湯気の向こうに広がる和やかで穏やかな時間が夢みたいだ。

「しかし洋くんがいつの間にかソウルに住んでいるなんて驚いたな。今どんな仕事をしているんだい?」

 珍しく普段控えめの俺の父が、洋と話している。

「あっはい。あのホテルと契約して通訳の仕事をしています」
「ほぅ……通訳か、やっぱり親子だな」
「え? どういうことですか」
「あぁ君の本当のお父さんのことだよ」
「父のことおじさんは、何か知っていますか。俺……亡くなった時まだ小さくてよく覚えていないんです。どんな人だったのか……うろ覚えなんです」

 洋の瞳が切なげに訴えている。

「そうか……浅岡 信二さんか。懐かしいな。あの時、君はまだ七歳だったものな」
「……はい、あのよかったら教えていただけませんか」
「そうだな。私たち夫婦が知っているのは一握りのことだがそれでもいいかい? 」
「ぜひお願いします」


 俺も聞いてみたい。

 あの義父じゃなくて、洋と血が繋がったお父さんの話。
 涼も興味を持ったようで、耳をじっと傾けていた。


 
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

処理中です...