重なる月

志生帆 海

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第6章

穏やかな時間 5

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「まだか……」

 洋と涼の奴、いつまで二人きりで入っているつもりだ。

 あぁあんなに綺麗な二人を銭湯なんかに連れて来て後悔している。銭湯には、よぼよぼの爺さんばかりとはいえ……二人がいる露天風呂には誰も近づけたくない。

「あっ爺さん! 駄目ですよ。今日は露天風呂は立ち入り禁止だそうですよ」

 だからつい……よたよたと外に出ようとする老人に思わずそんな嘘をついてしまった。

「んーそうかぁ……わしゃよく見えないがぁ……誰かいるような? あれ? なんであんな所にえらい別嬪さんが」
「いっいやっ幻ですって」
「そーかーそーかー」

 確かに白い湯気が立ち込める湯船に肩を並べて浸かる二人は、本当に美しくて、同じ男性とは到底思えない。はぁ……こんな場所に洋を連れて来たことを丈に知られたら殺されるな。

 二人きりの話は終わったのか、もうそろそろいいか。

 俺が寒いんだよぉ~!

 ブルブルっとした躰を奮い立たせ、堪忍しかねて早くあがる様に声をかけてしまった。


「ほら早く早く!」
 
 脱衣場でバスタオルを二人に乱暴に被せた。

「おいっ雑だな! 安志、何をそんなに焦っているんだ? 」
「いいから早く着替えろ、もう帰るぞ」
「……えっ安志さん僕……何か気に障ることした? 何か怒っているの?」

 あまりに俺が急いたせいで涼が心配そうな表情になったので、ドキっとした。その瞳に少しでも影がさすのは嫌だから慌てて取り繕う。

「違う違う! その……心配しただけだ」

 涼はきょとんとした顔になった。

「なんだ。今日は安志さんも洋兄さんも一緒なのに何言ってるの? 」
「いや……だって、その」

 あーもう風呂上がりで上気した薔薇色の頬の涼から、石鹸のいい香りがしてクラクラしてくる。それに洋はあてにならないぞ……絶対に。かえって危険を増殖させる奴だ。そんな俺たちのやりとりを洋が隣で聞いて肩を揺らした。

「くくっ安志、心配するなよ。ほらっもう俺は着替えたよ」

 俺の想いを察したのか、洋は手際よく着替えていた。

「安志はいつも心配性だな。ここは大丈夫だよ。お前もいるしな」
「あぁそうだな。でも万が一ってことあったら」
「安志、俺も一応男なんだから……必要以上に心配するな」

 涼の前でそれ以上言うなと目で制されてしまった。

「……まぁそうだが」

 洋はなんだか明るく強くなった。五年前よりずっと健康的になった。でも俺は涼の前でも、やっぱり洋のことを心配してしまう。この癖はもういい加減に治さないとな。


****


「お帰りなさい、まぁ~ふふっ。みんな安志の服着ちゃって~そして洋くんも涼くんも華奢だから、ぶかぶかね」
「母さん、そんなにじろじろ見るなよ。目が怪しいぞ」
「ふふっごめんなさいね、二人ともあんまり綺麗だから。さぁあがって」

 ダイニングルームに入ると、母さんが上機嫌で鍋の用意をしていた。

「洋くんも涼くんも、今日はよかったらこのまま泊っていってね。久しぶりに我が家がにぎやかで嬉しいわ」
「えっ? いいのですか」

 洋と涼も口を揃えて驚いていた。へぇ母さんもなかなか気が利くな。こんな機会滅多にない。俺も今日はもっとこの二人と一緒にいたかったから感謝だ。

「母さんありがとうな。二人とも、ここに泊って行けよ」
「うっうん」

 思いがけず両親と俺、涼と洋という豪華なメンバーで鍋を囲んだ。湯気の向こうに広がる和やかで穏やかな時間が夢みたいだ。

「しかし洋くんがいつの間にかソウルに住んでいるなんて驚いたな。今どんな仕事をしているんだい?」

 珍しく普段控えめの俺の父が、洋と話している。

「あっはい。あのホテルと契約して通訳の仕事をしています」
「ほぅ……通訳か、やっぱり親子だな」
「え? どういうことですか」
「あぁ君の本当のお父さんのことだよ」
「父のことおじさんは、何か知っていますか。俺……亡くなった時まだ小さくてよく覚えていないんです。どんな人だったのか……うろ覚えなんです」

 洋の瞳が切なげに訴えている。

「そうか……浅岡 信二さんか。懐かしいな。あの時、君はまだ七歳だったものな」
「……はい、あのよかったら教えていただけませんか」
「そうだな。私たち夫婦が知っているのは一握りのことだがそれでもいいかい? 」
「ぜひお願いします」


 俺も聞いてみたい。

 あの義父じゃなくて、洋と血が繋がったお父さんの話。
 涼も興味を持ったようで、耳をじっと傾けていた。


 
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