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第6章
穏やかな時間 4
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ーソウル 10p.m.ー
すぐにスマホを確認すると、やっぱり松本さんからのメールの返信だった。
ーKaiくん、今日は用事があって無理です。ごめんなさい-
実に簡潔な断りの内容だった。えっそんなぁ……あっさりと振られてしまった。うう……ますますズドーンと気分が落ち込んだ。
「……振られたのか」
丈がウイスキーのグラスを傾けながら聞いてくる。丈の奴、酒飲むとクールな男の色気が全開じゃないか。洋は、いつもこれにやられているんだなと変な納得をしてしまう。
くそっ大人の余裕みたいなのちらつかせて……俺の方はさっきから松本さんに対して一喜一憂して、まるで子供みたいだ。
「っつ」
「君の誘いを断るなんてな。まぁ飲めよ。明日は休みなんだろう? 」
「丈も明日は休みなのか」
「あぁ……洋もいないし、ゆっくり自宅で論文でも書くつもりだ」
「洋がいないと寂しいか」
「……まぁな」
丈にしては珍しく素直に答えたな。まったくこの二人の絆は深すぎて、こっちが照れる位だよ。でも二人を見ていると、俺もこんな深く想い合う相手が欲しくなる。今まで付き合った後腐れのない上辺だけの奴じゃなくて、ずっと一生一緒に過ごしたくなるような、大切にしたい相手が欲しい。
「洋、いつ帰って来るって?」
「さぁ……昨日の夜電話で話しただけだから分からない。まだ着いたばかりだし、しばらくゆっくりして来るんじゃないか」
「えー困るな。通訳の仕事の依頼がもう何件か来ているのに」
「それならもう一人の通訳の彼がいるじゃないか」
「松本さんのこと? うん……彼の仕事は丁寧で真面目だよな。でももう少し打ち解けて欲しくて」
「Kai……ならば今日は私じゃなくて彼を誘えばよかったのに」
「っつ」
まったく嫌味な奴だ。とっくに誘っているとは言えなかった……たいがい俺も見栄っ張りなんだ。
「じゃあ、またな! また寂しくなったら付き合ってやる。洋が帰ってくる日分かったら教えてくれよ」
「あぁKaiも明日はゆっくりしておけよ、ホテルもこれから忙しい時期になるだろう」
「なにかあったら丈先生よろしくな! 了解~」
丈と軽食を取りながら、何杯か酒を飲んでから道で別れた。丈も今日はだいぶ飲んでいたな。なんとなく寂しさを紛らわしたかったのはお互い様だったのだろう。さてと……俺はこの後どうするか。まだ帰りたくないので、明洞の雑踏に紛れ込んだ。この時間でもまだ賑わっているソウル一の繁華街だ。なんだか人恋しくて、会う人もいないのに、その流れに任せて俺もぶらぶらと歩いた。
「はぁ……寒っ」
もう冬がだいぶ近いんだな。ソウルのは冬は日本よりもずっと早く訪れてくるって洋が言っていたな。本当に肌に触れる空気がぐっと冷たくなってきている。躰がぶるっと寒さで震えて、一気に飲んだ酒が冷めていくのを感じた。
そしてその時だった。通りのカフェのガラス越しに知っている顔を見つけたのは……
「あれ? 松本さんだ。なんであんな所に?」
誰かと一緒なのかと思ったが、カウンターにぽつんと一人きりだ。手にはコーヒーカップを持って、ぼんやりと外を行き交う人混みを見つめていた。
ドキっとした。
あんな寂しそうな目をしているなんて………
松本さんはいつも俯きがちで、ろくに目も合わせないでしゃべるので気が付かなかったけれども、まるで今にも消えそうな心もとない雰囲気だ。俺には用事があると言って断っておきながら、こんなところで夜遅くまで一人で過ごしているなんて、一体どういうつもりなんだ。
もしかして彼は……何かとてつもない悲しみを抱えているのかもしれない。
思いつかなかったな。いつも少し元気がなくて内気な男性なだけかと思っていたから……
「松本さん……」
そう心の中で名前を呼んでみると、妙な罪悪感と心の奥底にぽっと火が付いたような不思議な感情が沸いて来た。
それは、松本さんのことをもっと深く知りたいと自然にそう思った瞬間だった。
あとがき(不要な方はスルーでご対応を)
****
松本さんとKaiのサイドストーリーは別途連載しておりました『深海』にて。
このカフェシーンの松本さんの心境を丁寧に追っています。
すぐにスマホを確認すると、やっぱり松本さんからのメールの返信だった。
ーKaiくん、今日は用事があって無理です。ごめんなさい-
実に簡潔な断りの内容だった。えっそんなぁ……あっさりと振られてしまった。うう……ますますズドーンと気分が落ち込んだ。
「……振られたのか」
丈がウイスキーのグラスを傾けながら聞いてくる。丈の奴、酒飲むとクールな男の色気が全開じゃないか。洋は、いつもこれにやられているんだなと変な納得をしてしまう。
くそっ大人の余裕みたいなのちらつかせて……俺の方はさっきから松本さんに対して一喜一憂して、まるで子供みたいだ。
「っつ」
「君の誘いを断るなんてな。まぁ飲めよ。明日は休みなんだろう? 」
「丈も明日は休みなのか」
「あぁ……洋もいないし、ゆっくり自宅で論文でも書くつもりだ」
「洋がいないと寂しいか」
「……まぁな」
丈にしては珍しく素直に答えたな。まったくこの二人の絆は深すぎて、こっちが照れる位だよ。でも二人を見ていると、俺もこんな深く想い合う相手が欲しくなる。今まで付き合った後腐れのない上辺だけの奴じゃなくて、ずっと一生一緒に過ごしたくなるような、大切にしたい相手が欲しい。
「洋、いつ帰って来るって?」
「さぁ……昨日の夜電話で話しただけだから分からない。まだ着いたばかりだし、しばらくゆっくりして来るんじゃないか」
「えー困るな。通訳の仕事の依頼がもう何件か来ているのに」
「それならもう一人の通訳の彼がいるじゃないか」
「松本さんのこと? うん……彼の仕事は丁寧で真面目だよな。でももう少し打ち解けて欲しくて」
「Kai……ならば今日は私じゃなくて彼を誘えばよかったのに」
「っつ」
まったく嫌味な奴だ。とっくに誘っているとは言えなかった……たいがい俺も見栄っ張りなんだ。
「じゃあ、またな! また寂しくなったら付き合ってやる。洋が帰ってくる日分かったら教えてくれよ」
「あぁKaiも明日はゆっくりしておけよ、ホテルもこれから忙しい時期になるだろう」
「なにかあったら丈先生よろしくな! 了解~」
丈と軽食を取りながら、何杯か酒を飲んでから道で別れた。丈も今日はだいぶ飲んでいたな。なんとなく寂しさを紛らわしたかったのはお互い様だったのだろう。さてと……俺はこの後どうするか。まだ帰りたくないので、明洞の雑踏に紛れ込んだ。この時間でもまだ賑わっているソウル一の繁華街だ。なんだか人恋しくて、会う人もいないのに、その流れに任せて俺もぶらぶらと歩いた。
「はぁ……寒っ」
もう冬がだいぶ近いんだな。ソウルのは冬は日本よりもずっと早く訪れてくるって洋が言っていたな。本当に肌に触れる空気がぐっと冷たくなってきている。躰がぶるっと寒さで震えて、一気に飲んだ酒が冷めていくのを感じた。
そしてその時だった。通りのカフェのガラス越しに知っている顔を見つけたのは……
「あれ? 松本さんだ。なんであんな所に?」
誰かと一緒なのかと思ったが、カウンターにぽつんと一人きりだ。手にはコーヒーカップを持って、ぼんやりと外を行き交う人混みを見つめていた。
ドキっとした。
あんな寂しそうな目をしているなんて………
松本さんはいつも俯きがちで、ろくに目も合わせないでしゃべるので気が付かなかったけれども、まるで今にも消えそうな心もとない雰囲気だ。俺には用事があると言って断っておきながら、こんなところで夜遅くまで一人で過ごしているなんて、一体どういうつもりなんだ。
もしかして彼は……何かとてつもない悲しみを抱えているのかもしれない。
思いつかなかったな。いつも少し元気がなくて内気な男性なだけかと思っていたから……
「松本さん……」
そう心の中で名前を呼んでみると、妙な罪悪感と心の奥底にぽっと火が付いたような不思議な感情が沸いて来た。
それは、松本さんのことをもっと深く知りたいと自然にそう思った瞬間だった。
あとがき(不要な方はスルーでご対応を)
****
松本さんとKaiのサイドストーリーは別途連載しておりました『深海』にて。
このカフェシーンの松本さんの心境を丁寧に追っています。
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