重なる月

志生帆 海

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第6章

穏やかな時間 3

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ーソウル9p.m.ー

「Kaiおつかれ!」
「あっ俺、明日は公休だからよろしくな」

 仕事が終わりホテルの制服をロッカールームで着替えた。チノパンにセーターとラフな姿になれば一気に気も緩んでくる。

 はぁ~しかし俺もいい歳して明日は休みだっていうのに、何の予定もないなんて悲しいな。こんな日は真っすぐ家に帰るのではなく誰かと飲みたい気分だ。

 頭の中に飲みに付き合ってくれそうな人の顔を思い浮かべると、意外なことに洋の同僚の松本さんの顔が浮かんだ。

 あれ? なんで俺……急にあの人のことを。もしかしてここ数日仕事で絡んだのと昨日偶然公園で会えたからな。

 なんか放って置けないんだよな~あの人って。

 昨日もせっかく公園で偶然会えたのに、俺が洋たちと来ているって言った途端、顔色変えて余所余所しくなってしまって。なんであの人は周りと打ち解けないんだろう。飲みに誘って酒でも飲ませたら笑ってくれるかな。

 そんな軽い気持ちでスマホの電源を入れて登録したばかりの松本さんのメールアドレスを見つめた。

 よし、声かけてみるか。なんだかもっと話してみたい!そう思ったから。

……
松本さん、お疲れ様です。今日はもう仕事終わりました? 俺、明日は公休なので飲みたい気分です。よかったら一緒にどうですか。
……

 しかし、いくら待っても返事は来ない。あれ? まだ仕事中だったかな。こんな時間だからもう終わっていると思ったのに。しょうがない、あいつにするか。今度は電話をかけてみる。何故か俺はあいつの予定を知っている。そして今、洋が日本に行っていないことも。悲しいかな。

 俺は洋のボディガードを祖先から引き受けてしまったようで、どうにもこうにも洋のことを守ってやらないという気持ちから、なかなか切り替えられない。

 洋はもう自由になっていて、丈という恋人と熱々なのに、まったく損な役回りだよ。

「おっ丈? 」
「……なんだKaiか」
「おいっ露骨にがっかりするなよ」
「ははっまぁな」
「酷い奴だな~。まぁいいや。洋が今いないから寂しいだろう? 俺と飲まないか」
「寂しいって……Kai……お前な。年上に向かってその口の聞き方……なんとかならないのか」
「まぁいいじゃないか。で、飲みに行くか」
「……行く」

 丈の奴、やっぱり一人でいたな。丈はずっと年上で普段は大人っぽく余裕がある癖に、洋がいないとなんだか腑抜けだ。

 あの不思議な過去からの縁を乗り越えた俺たちは同士のような気分だから、ついため口になってしまうよ。

 違うホテルのバーで待ち合わせをした。ホテルの地下にある重厚な雰囲気は寂しいもの同士が集うには格好のアンニュイな場所だ。

 先に一杯飲んでいるとスーツ姿の丈が入って来た。長身で落ち着いた大人の雰囲気だから、こういう場所が妙に様になるな。

「早かったな」
「お前明日休みなのか」
「そうだよ」
「だと思った。珍しくこんな場所に誘うから」
「はははっそうだね、柄でもなかったか」

 カウンターでカクテルを傾けながら、丈と語る。

「乾杯っ!はて、何にだろう? 俺達二人で……」
「ははっ……こういう所は恋人同士で来た方が似合うぞ。そうだKaiは今つきあっている人いないのか」
「全く……いたら丈なんて誘っていないよ」
「それもそうだが、Kaiは女とは付き合えないのか」

 随分ストレートに聞いてくる。

「俺は知っての通りゲイだよ。中学の時自覚したんだ。女は抱けないタイプさ」

 小声で丈に話してやる。丈には自分のセクシュアル・マイノリティのことは伝えてある。

「そうか……」
「まぁさ、ここのとこ丈の大事な洋に夢中だったけどな」
「おいっ」
「でも、あれは恋愛感情ではなくて守らないといけない使命感みたいなもんだった」
「……そうかもしれないな。私たちしか知らない過去からの繋がりがあるから」
「そうだな」
「本当に今は誰かいないのか。気になっている人でも」

 珍しく丈と、普段はしない恋愛の話もした。なんだか自分のこととなると照れ臭いものだな。

「んー居ると言えばいるような。あーでもよく分からない、もっと知りたいと思っている人ならいる」
「じゃあ私なんかでなく、その人を誘えばよかったのに……」

 丈が呆れ気味に言うので腹が立った。そんな上手くは行かないんだよ。待っても返事来なかったし。

「はぁ……丈はいいよな」

 その時スーツのポケットにいれておいたスマホがぶるっと震えた。
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