重なる月

志生帆 海

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第6章

穏やかな時間 1

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「まぁ、まぁ……あなたたち一体どうしちゃったの!?」

 安志のお母さんは俺たちを見るなり絶句した。それもそのはずだ。もう晩秋だというのに三人とも腰から下が泥だらけでずぶ濡れ状態なんだから。

「母さん悪いっ、早く風呂沸かして」
「分かったわ。あっでもその足で家に上がらないでね」

 慌ててタオルを持ってきてくれたので、玄関先で俺たちは三人並んで靴を脱いで汚れを落とした。

「おや珍しいね、あれ?」

 その時頭上で男性の声がしたのではっと見上げると、安志のお父さんが立っていた。

「あっおじさんっ」
「君は……洋くんかっ。いや~何年ぶりだろう。久しぶりだな、っとこの子は……あれ?」

 続けて涼のことを見つめて目を丸くしている。それもそのはずだ。改めてこうやって二人で並ぶと俺と涼は双子のようにそっくりで、自分でも驚いてしまう程だから。

「おじさん、お久しぶりです。 この子は俺の従兄弟の涼です。涼、安志のお父さんなんだよ」
「あっ……はっはじめまして。涼といいます」

 涼は緊張した面持ちになっていた。頬をあんなに赤く染めて可愛い。

「そうか従兄弟なのか。驚いたな。昔の洋くんにそっくりだな」
「急にすいませんっ。こんなに玄関汚しちゃって」

 安志のお父さんに会うのは何年振りだろう。相変わらず人が良さそうな柔和な笑顔を浮かべてくれてほっとした。その一方で涼はもう緊張で倒れそうな勢いだ。それもそうだろう。付き合っている彼の家でいきなり両親と対面だ。その初々しい反応が微笑ましい。

「いやいや、一体これは……まぁ青春だな」

 おじさんが愉快そうに笑っていると、安志のおばさんが戻って来た。

「あらやだ、お父さんまで帰ってきちゃったの? んーじゃあ、あなたたちはまとめて銭湯にいってらっしゃい」
「えっ母さん……うちの風呂でいいよ」

 安志が驚いて文句を言ったが俺達三人で銭湯か。それも悪くないかも。

「駄目よ。うちのお風呂は狭いし、それに時間があくと風邪ひいちゃいそうよ。商店街の銭湯覚えているでしょ。幼馴染と水入らずでいいじゃない。ほらっ安志、タオルと着替え取りにきて」
「はぁ……母さんは、横暴だな」
「銭湯ってなに? なんか楽しそう!」

 涼はどこそれ? といった不思議そうな顔をしていた。そうかアメリカにずっといた涼は日本の文化に疎いんだなと納得した。次々と表情が変わっていく涼が明るくて可愛くて、なんだか楽しい気分になった。

「洋兄さん、僕、銭湯に行ってみたいな」
「そうだね。行ってみよう」
「やった!」

 俺と涼は顔を見合わせて笑った。こんな平凡で平和な時間が愛おしい。


****

 というわけで、今俺は母さんの横暴いや計略? により洋と涼を連れて銭湯へ向かっている。

 しかし……うぉぉぉ……こんな幸せがあっていいのだろうか。
 洋と涼と一緒に銭湯か。裸の付き合いとは、ううう……幸せすぎる。

「安志、お前大丈夫? なんかさっきから変だよ? 」
 
 洋が冷たい眼で見つめてきたので、慌てて姿勢を正した。

「おっおう」
「それにしても安志と銭湯なんて久しぶりだな。小学校の時以来じゃないか」
「……そうだな」

 意識し過ぎで歩き方までギクシャクしてくる。まったく俺はかなり挙動不審だ。銭湯の中では気をつけないと。

「ここだよ」
「懐かしいな」

 俺達が子供の頃からある街の古びた銭湯に場違いな二人を連れて入ると、『掃き溜めに鶴』とはこのことか。二人が輝いて見えた。

 怪しい奴がいないか目を光らせるが、のどかな街の銭湯は、ほのぼのとした光景で大丈夫そうだ。腰にタオルを巻いて白い湯気が立ち込める湯船に浸かると冷え切った躰にお湯が痛いくらい凍みた。

「あー極楽~生き返るな」
「ふふっ」
「くすっ」

 双子の天使のような美しい洋と涼が微笑みあって、俺を見ている。

「なんだよ」
「いや、なんだか安志って、おじさんみたいだ」
「洋兄さんキツイなぁ」
「そうだよ!洋、お前さ、なんか最近……俺に厳しくなっていないか」
「そう?」

 洋が冷たい一言を言って、それに対して涼が可愛く笑っている。なんだか白い湯気で霞んで見える先の二人が幸せそうにしている姿が目に沁みるな。まさかこんな日が来るなんて。

 やっぱり昔の寂し気な洋のことを思い出すとぐっとくるものがある。その一方で昨日初めて抱いたばかりの涼の若さ溢れる躰をちらっと見ると、ドキドキしてしまうじゃないか。

 まずい……まずいぞ。あまり余計なことは考えない方がいい。
 ここは公衆の面前だ 目のやり場に困ってしまうよ。

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