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第6章
贈り物 12
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母はそのまま入院することになった。
「夕、どんな治療でも受けさせてやるから、必ず元気になってくれ」
「貴司さん……ありがとう。洋のこと……どうかよろしくお願いします」
「あぁ洋くんのことは任せておけ」
義父と共に、母がいない家に戻った。母がいないというだけで、家の中は灯が消えたようだった。
母の作った美味しそうな料理がいつもなら並ぶはずの食卓で、冷めた弁当を無言で食べた。
義父と向かい合っても、会話が思いつかない。いつもの光景が見られないということに隙間風のような寂しさが胸を通り抜けていく侘しい日々が、何週間も続いた。
心の支えは学校帰りに母の病室へ寄り、たわいもない会話をすることだった。だが白いカーテンの向こうの母は日に日にやせ細り、焦りを感じるようになった。
母がいなくなったらどうなるのだろう。俺は本当に一人きりになってしまう。母にもっと本当の父のことを聞きたい。様々な混乱した想いが込み上げて来て気持ちはどんどん乱れて行った。
「母さん、俺……入っていい?」
「えっ洋なの? 来てくれたのね」
「うん」
「なんだか急に大人びてしまって……さっき『俺』なんて言うから驚いたわ。いつも『僕』だったのに……どういう風の吹きまわしなの?」
「中学に入ってから皆に揶揄われるんだ。その……顔が女みたいだって……だから少しでも男らしくなりたくて」
母にはなんでも話せる。父が亡くなってからずっと母と俺だけの暮らしだったから。お互いに秘密なんてないと思っていた。
「ふふっ、洋は私に似て女顔なのよね」
「女顔? なにそれ? やだな……」
「ママに似てるのは嫌? 」
「あっそういう意味じゃ。ねぇ僕……じゃなかった俺ね、もう亡くなった父さんの顔ぼんやりとしか思い出せないんだ。母さん、写真持ってないの? 家を探しても見当たらなくて」
「えっ……あっ洋、ごめんね……貴司さんが嫌がるので全部処分しちゃったの」
「なんで……そこまで……」
「貴司さんが妬いちゃって……分かってね。しょうがないの。この先のことを考えたら、もう今は、忘れないと駄目なのよ」
「でも……それじゃあ……あんまりじゃないかっ。父さんがかわいそうだ!」
「洋、ごめんね。本当に情けないわよね。なんでこんなことに……うっ……ゴホッゴホッ」
「あっ母さんごめん。興奮させた……大丈夫? 」
どうしてそこまで母さんが気を遣うんだよっ。病人に向かって、これ以上何も言う気が起こらず、これ以上いたらもっとひどいことを言ってしまいそうで、足早に病室を飛び出た。
「洋……許して。若い頃の私の我が儘が、こんなに周りを不幸にしていくなんて知らなかったの。でもあの時はどうしようもなくて、気持ちを止められなかったの」
母が呟いた懺悔の言葉は、まだ幼い俺には理解できなかった。
今なら母のことが、少しは分かるような気がする。
俺が丈に惹かれ初めて抱かれた時のことを思い出す。
どうしても止められない気持ちが、この世にはあることを知った日だ。
****
「涼、何か怒っているのか」
「……別に」
さっきから涼の様子が変だ。バスに乗ってから無言だし余所余所しい。でも理由が見つからず、焦ってしまう。
「じゃあ、どこか具合が悪い? あ……昨日初めてなのに、無理させたから。その躰がどっか痛いのか、辛いのか」
「違うからっ! もう安志さん、バスの中で変なこと言わないでくれよ」
ぱっと涼の顔が赤く染まって更にそっぽを向かれてしまった。うーむ俺は昔からこういう時うまくフォローできないんだ。
「涼……ごめんよ。何が原因を察してやれなくて悔しいよ」
「えっ」
落ち込んで、そう呟くと逆に涼の方が焦ったようだ。
「安志さん? 参ったな。もう子供みたいに拗ねないで」
「拗ねてない……凹んでいるんだ」
「くすっ、実は僕……安志さんの家でもう少しゆっくりしてみたかったんだ」
「俺んち?」
「だって初めてだったから……安志さんの部屋を見たりしたかったのに」
あっ……そうなのか。
涼はそんなこと考えてくれていたんだ。昨日の今日で……俺が抱いたばかりの涼を母に見せるが恥ずかしくて早々に出て来てしまった。
「実はさ……うちの母は昔から可愛い男の子が大好きだから、涼が餌食になりそうだったんだよ」
「餌食って? なんの?」
「ははっ!まぁうちの母さんには気を付けろ。それより洋が午前中、家に寄ったそうだ」
「えっ洋兄さんが、なんで! どうして日本にいるの?」
「あぁだから今からお墓に行けば会えるかもと焦っていた。ちゃんと説明せずに急かしてごめんな」
「そうだったのか。僕も拗ねてごめんなさい」
バスの一番後ろの席には俺達だけだ。涼は安心したように、にっこり微笑んで膝に乗せた鞄の後ろで見えないようにそっと手をつないで来た。
こういうとこ可愛いんだよな。甘え上手で素直でほんと可愛い。昨日あんなに抱き合ったのに、こうやって手を繋ぐだけでもドキドキしてくる。
「洋兄さんに会えるかな。僕は会いたい。今日、会いたい」
「きっと会えるよ」
きっと会える。そんな予感がした。
洋と涼には強い絆があるから広いアメリカで出逢えたのだろう。そしてそんな涼と出逢えた俺。
俺たちは、皆……縁あってここにいる。
「ありがとう。安志さん、こうしていると落ち着くね」
そう言いながら、涼が握っていた手をずらして指を一本一本組み合わさる様に絡めてきた。おぉ!これって憧れの恋人繋ぎだ。指を絡めることで涼の手と俺の手がしっかりとくっついた。普通の手のつなぎ方よりも密接につながって、涼の細く美しい指や腕が自然に深く触れるのでドキドキと落ち着かない。
こういう風に手を繋げるだけで、俺たちは今、付き合っていて特別な存在なんだと実感できるものだな。
それにしても涼って意外と大胆なんだな。
でも心地良い……涼のペースにのるのが。
「安志さん、どうしたの?」
隣で微笑む涼の笑顔が眩しくて、思わず目を細めてしまった。
「夕、どんな治療でも受けさせてやるから、必ず元気になってくれ」
「貴司さん……ありがとう。洋のこと……どうかよろしくお願いします」
「あぁ洋くんのことは任せておけ」
義父と共に、母がいない家に戻った。母がいないというだけで、家の中は灯が消えたようだった。
母の作った美味しそうな料理がいつもなら並ぶはずの食卓で、冷めた弁当を無言で食べた。
義父と向かい合っても、会話が思いつかない。いつもの光景が見られないということに隙間風のような寂しさが胸を通り抜けていく侘しい日々が、何週間も続いた。
心の支えは学校帰りに母の病室へ寄り、たわいもない会話をすることだった。だが白いカーテンの向こうの母は日に日にやせ細り、焦りを感じるようになった。
母がいなくなったらどうなるのだろう。俺は本当に一人きりになってしまう。母にもっと本当の父のことを聞きたい。様々な混乱した想いが込み上げて来て気持ちはどんどん乱れて行った。
「母さん、俺……入っていい?」
「えっ洋なの? 来てくれたのね」
「うん」
「なんだか急に大人びてしまって……さっき『俺』なんて言うから驚いたわ。いつも『僕』だったのに……どういう風の吹きまわしなの?」
「中学に入ってから皆に揶揄われるんだ。その……顔が女みたいだって……だから少しでも男らしくなりたくて」
母にはなんでも話せる。父が亡くなってからずっと母と俺だけの暮らしだったから。お互いに秘密なんてないと思っていた。
「ふふっ、洋は私に似て女顔なのよね」
「女顔? なにそれ? やだな……」
「ママに似てるのは嫌? 」
「あっそういう意味じゃ。ねぇ僕……じゃなかった俺ね、もう亡くなった父さんの顔ぼんやりとしか思い出せないんだ。母さん、写真持ってないの? 家を探しても見当たらなくて」
「えっ……あっ洋、ごめんね……貴司さんが嫌がるので全部処分しちゃったの」
「なんで……そこまで……」
「貴司さんが妬いちゃって……分かってね。しょうがないの。この先のことを考えたら、もう今は、忘れないと駄目なのよ」
「でも……それじゃあ……あんまりじゃないかっ。父さんがかわいそうだ!」
「洋、ごめんね。本当に情けないわよね。なんでこんなことに……うっ……ゴホッゴホッ」
「あっ母さんごめん。興奮させた……大丈夫? 」
どうしてそこまで母さんが気を遣うんだよっ。病人に向かって、これ以上何も言う気が起こらず、これ以上いたらもっとひどいことを言ってしまいそうで、足早に病室を飛び出た。
「洋……許して。若い頃の私の我が儘が、こんなに周りを不幸にしていくなんて知らなかったの。でもあの時はどうしようもなくて、気持ちを止められなかったの」
母が呟いた懺悔の言葉は、まだ幼い俺には理解できなかった。
今なら母のことが、少しは分かるような気がする。
俺が丈に惹かれ初めて抱かれた時のことを思い出す。
どうしても止められない気持ちが、この世にはあることを知った日だ。
****
「涼、何か怒っているのか」
「……別に」
さっきから涼の様子が変だ。バスに乗ってから無言だし余所余所しい。でも理由が見つからず、焦ってしまう。
「じゃあ、どこか具合が悪い? あ……昨日初めてなのに、無理させたから。その躰がどっか痛いのか、辛いのか」
「違うからっ! もう安志さん、バスの中で変なこと言わないでくれよ」
ぱっと涼の顔が赤く染まって更にそっぽを向かれてしまった。うーむ俺は昔からこういう時うまくフォローできないんだ。
「涼……ごめんよ。何が原因を察してやれなくて悔しいよ」
「えっ」
落ち込んで、そう呟くと逆に涼の方が焦ったようだ。
「安志さん? 参ったな。もう子供みたいに拗ねないで」
「拗ねてない……凹んでいるんだ」
「くすっ、実は僕……安志さんの家でもう少しゆっくりしてみたかったんだ」
「俺んち?」
「だって初めてだったから……安志さんの部屋を見たりしたかったのに」
あっ……そうなのか。
涼はそんなこと考えてくれていたんだ。昨日の今日で……俺が抱いたばかりの涼を母に見せるが恥ずかしくて早々に出て来てしまった。
「実はさ……うちの母は昔から可愛い男の子が大好きだから、涼が餌食になりそうだったんだよ」
「餌食って? なんの?」
「ははっ!まぁうちの母さんには気を付けろ。それより洋が午前中、家に寄ったそうだ」
「えっ洋兄さんが、なんで! どうして日本にいるの?」
「あぁだから今からお墓に行けば会えるかもと焦っていた。ちゃんと説明せずに急かしてごめんな」
「そうだったのか。僕も拗ねてごめんなさい」
バスの一番後ろの席には俺達だけだ。涼は安心したように、にっこり微笑んで膝に乗せた鞄の後ろで見えないようにそっと手をつないで来た。
こういうとこ可愛いんだよな。甘え上手で素直でほんと可愛い。昨日あんなに抱き合ったのに、こうやって手を繋ぐだけでもドキドキしてくる。
「洋兄さんに会えるかな。僕は会いたい。今日、会いたい」
「きっと会えるよ」
きっと会える。そんな予感がした。
洋と涼には強い絆があるから広いアメリカで出逢えたのだろう。そしてそんな涼と出逢えた俺。
俺たちは、皆……縁あってここにいる。
「ありがとう。安志さん、こうしていると落ち着くね」
そう言いながら、涼が握っていた手をずらして指を一本一本組み合わさる様に絡めてきた。おぉ!これって憧れの恋人繋ぎだ。指を絡めることで涼の手と俺の手がしっかりとくっついた。普通の手のつなぎ方よりも密接につながって、涼の細く美しい指や腕が自然に深く触れるのでドキドキと落ち着かない。
こういう風に手を繋げるだけで、俺たちは今、付き合っていて特別な存在なんだと実感できるものだな。
それにしても涼って意外と大胆なんだな。
でも心地良い……涼のペースにのるのが。
「安志さん、どうしたの?」
隣で微笑む涼の笑顔が眩しくて、思わず目を細めてしまった。
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