重なる月

志生帆 海

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第6章

贈り物 10

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「ただいま!母さんいる?」
「あら安志、珍しいわね、急に帰って来るなんて」
「あぁちょっと聞きたいことがあってさ、それとお客さんを連れて来た」
「まぁどなた? えっ……あら洋くん……? ちっ違うわよね」

 俺の横に立っている涼の姿を見て、母さんは目を丸くしてあからさまに驚いていた。まぁ無理もないよな。高校時代の洋そのものだもんな、涼の顔は。

「あの……はじめまして。僕、洋兄さんの従兄弟で、月乃 涼と言います」
「えっ……あ……洋くんじゃないのね。あぁびっくりした。おばさんタイムスリップしちゃったかと思ったわ。洋くんの従兄弟なの? まぁそっくりで驚いたわ、とにかく上がって頂戴」
「はい。ありがとうございます」

 涼を見ると頬をうっすら赤く染めて、緊張でガチガチだ。ついでに俺もガチガチだ。

 彼女をいきなり親に紹介する気分だよ。これってさ。

****

 涼はリビングのソファに緊張した面持ちで座り、母は台所でお茶の準備をしている。

「母さん、驚かせてごめん」
「もう安志ったら心臓が停まるかと思ったわよ。従兄弟といっても、何であんなにそっくりなの? 」
「それは、涼と洋のお母さん同士が双子だからなんだ」
「えっ夕に姉妹がいたの? しかも双子だなんて……夕ったら本当に自分のことは何も話さなかったから。道理でそっくりなはずね」

 そういながらも……母さんはいまだ狐につままれたような顔をしていた。

 母さんは少し涙ぐんでいた。洋のお母さんのことなら子供ながらに強烈に覚えている。目が逸らせないほどの、美しくそして儚げな人だったよな。

「あらやだ……ごめんね、涙腺緩んじゃってるわね。もう歳かしら。それにしても驚いた。今日はなんていう日なのかしら」
「何が?」
「だって今日の午前中の出来事よ」
「午前中に何かあった?」
「それが洋くんが突然訪ねてきたのよ。5年ぶりよね。なんだか大人びて、ますます綺麗になって……美しかった夕のことを思い出しちゃったわ」
「ええっ!! なんだって! ここに洋が来ていたのか。あいつ今、日本にいるのか」
「えっ……あなた知らなかったの? てっきり連絡を取っているのかと」
「洋は何をしにここに? 」

 驚いた。洋はソウルにいるはずなのに帰国していたなんて、それ聞いてないぞ!

「洋くんはね、ご両親のお墓の場所を教えて欲しいって」
「そうか!」

 やっぱり血が繋がった従兄弟同士だ。同じことを考えているなんて!

 それにしても、洋がついさっきここに来たなんて……空港ですれ違ったあの香りのことをふと思い出した。もしかしてあの時洋は近くにいたのか。もしかしたら今なら間に合うかも!

「俺たちにも洋の両親の墓の場所教えてくれ、母さん、また改めて家には寄るよ」
「えっそうなの? あっ涼くんをまた連れて来てね、もっと話してみたいわ」
「分かった! 涼、行くぞっ」

****

 バスにもう一度乗って次は母の墓に向かう。遠ざかって行く父さんの墓をもう一度振り返った。しっかり目に焼き付けておこう。蘇る思い出は甘く幸せなもので俺を和ませてくれた。

 さぁ次は母の墓だ。

 ドクンドクン

 一歩歩くたびに心がざわつく。最後にここを訪れたのはいつだろう。俺が十一歳の時、急に再婚した母のことを思い出す。

「洋、新しいお父さんの崔加 貴史さんよ」

 そう紹介されたあの日からだったのかもしれない。俺の人生が歪みだしたのは……

 七歳で父を交通事故で失くし、親戚が一人もいないことに気が付いた。みんなが楽しそうに話す祖父母も従兄弟の存在も、みんな俺には無縁だった。その後の数年間、今思い出しても母は辛そうだった。

 最初は急に父を失ったショックで寝込み、その後は俺を育てるために一生懸命働いては躰を壊すの繰り返しだった。まだ子供だった俺は何も出来なくてもどかしい思いをしていた。つくづく母はどこか浮世離れしていて働くことに不慣れな人だった。今考えると深窓のお嬢様育ちだったということか。

****

 小学校の帰り道、安志に嬉しそうに話かけられた。

「洋、明日の遠足楽しみだな! なぁ一緒にお菓子を買いに行こうぜ」
「……うん」
「どうした?」
「お菓子って、お金かかるよね」
「何言ってんだよ? たったの100円だぜ」
「でも……」
「とにかく帰ったら迎えに行くよ。まずはランドセル置いてくる」
「……分かった」

 その日も母は朝から寝込んでいた。幼いながらも自分の家にはお金があまりなく、生活が苦しいことは理解していた。

「ママ、ただいま」
「洋、お帰り」

 ベッドに横たわる母の細い身体。陽に透けて茶色い髪が輝いている。子供ながらにこのまま天国に召されてしまうのではと心配で、思わずかけよって抱きついてしまった。

「まぁどうしたの? 赤ちゃんみたいに甘えて」
「どこにもいかない?」
「どこへ? 変な子ね。ママはずっとここにいます。洋が大人になるのをパパの代わりにちゃんと見届けたいの」
「じゃあ、約束して……」
「いいわよ。じゃあ洋、目を瞑って手を出してみて」
「うん……何?」

 言われた通り目を瞑って手を母の方へ差し出すと、丸くてかたいものがそっと置かれた。

「あっ! あっ百円だ。温かいね、このお金」
「そうよ。ママがずっと握りしめていたの。明日遠足でしょう。おやつ買いに行くんじゃないの?」
「うん! 安志と約束したんだ! 一緒に買いに行くって」

 嬉しくて興奮して話すと、母は嬉しそうに微笑んでいた。だがその後ポロリと大粒の涙を流した。

「ママ……どうしたの? なんで泣くの?」
「んっごめんね。お弁当作ってあげれなくて……安志くんのママに、洋の分頼んであるの」
「お弁当……」
「ママお熱が高くてね。洋ごめんね。寂しい思いさせて……」

 お弁当なんて、どうでもいい。
 ママさえ傍にいてくれればいい。
 ずっと傍にいてくれたらいい。

 子供ながらに本気でそう思っていた。

「この百円玉もらったから、我慢できる。だからママ泣かないで」

 母の温もりを感じる百円玉をぎゅっと小さな手に握りしめて、つられて泣きたい気持ちをぐっとこらえた。

「なぁ……洋、なんでおやつ買わないの? 」

 お菓子やさんで安志が不思議そうに問う。

「お金、忘れたの?」
「違うよ。ほら持ってる」
「なんだ持ってるじゃん。なぁ一緒のお菓子買おうよ」
「僕はいいや。この百円玉ね。ママがずっと握っていたから温かいんだよ。なんだか使うのもったいなくて」

 安志は少し驚いたようだったが、すぐに笑顔になった。

「そうだな! それは洋が持ってないと駄目だよな。よしっ俺のおやつはこれとこれにする。さぁ早くおばさんの所に帰ろう。おやつは俺のを半分こにしよう」
「えっいいよ」
「だって、洋と食べた方がおいしいから」

 あの時の百円玉は何処にいったのだろう。

 ずっと大事なものを入れる箱にしまっていたような気がする。


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