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第6章
贈り物 2
しおりを挟む安志の実家からすぐにバスに乗ると、バスの車窓から見える風景が懐かく切なく胸に迫って来た。
「この風景……懐かしいな。あの森も川も、全部覚えている」
メモで示されたバス停で降りると、すぐに小高い丘が見えた。あそこだ……あそこに本当の血が繋がった父が眠っている。どうして俺は忘れていたのか、ずっと大事な人のことを。
堪え切れずに小高い丘へ駆け上った。小さい頃は急な斜面で登るのが大変だと思った丘は、今はとても緩やかな斜面に感じだ。
俺はこんなに成長した。
父の墓石の周りは雑草だらけだった。でもその雑草には白い小さな花が咲いていて、まるでふんわりと墓石を抱きしめるように可憐に揺れていた。それはまるでなくなった母のように可憐な花だった。
「父さん。遅くなってごめん」
あれは父の納骨の日だったのだろう。空から大粒の涙のような雨が降りしきる中、真っ黒な洋服を着た母とこの丘に立っていた。お互いぎゅっと手を握り合って……
「ママ、どうしてパパのおそうしきなのに誰もいないの? ママと僕だけなんて、さみしいね」
「洋、ごめんね。ママがんばるから。パパの分も……本当にごめんね」
今から考えると不思議な話だが、葬式には母と俺しかいなかった。そんな大人の事情なんて知らないまだ七歳だった俺は、とても不思議に思ったのを覚えている。
結局、母は病気で亡くなるまで俺にその情を説明することはなかった。あのアメリカで母の姉という人に出会うまで、俺は母に双子の姉がいることや、父と駆け落ちで結婚したことも知らなかった。実家から勘当されたことも……何も知らない子供だった。ただずっと親戚すらいない境遇が、寂しいとだけ思っていた。
それから母は女手一つで俺を育ててくれた。だがもともと身体も弱い母だったから体調を崩すことも多くなり、子供心に心配だった。不安だった。
まだ小さかった俺は、もうあの優しかった父はもういない。あの生活はもう帰ってこない。二度と……それだけは分かっていた。
あれは父が亡くなって一年が過ぎた頃だ。
****
「ただいま。ママ?ママ?どこ?」
「あっ洋くん、お帰りなさい」
「あれ? 安志のおかあさん……ねぇママはどこなの? 」
「あのね、よく聞いてね。夕は風邪をこじらしてお昼間に病院に入院したの。だから今日から少しの間、うちで過ごそうね」
「えっ!」
そのまま息が出来なくなるかと思った。そして躰がぶるぶると震えた。
「ママは……」
「んっ? 」
「ママは僕を置いていかないよね」
不吉な言葉と引き換えに、ポロポロと大粒の涙が足元に零れ落ちていく。
「洋くん大丈夫よ。肺炎っていう病気だけど、入院すればすぐによくなるから」
「………ぐすっ」
不安だった。母も俺を置いていなくなってしまうのではないか……そんな不安に押しつぶされそうだった。
その夜は安志の部屋で布団を並べて一緒に寝た。安志のおばさんはとても優しかった。安志も夕食の時に面白い話を沢山して、一生懸命笑わせようとしてくれたのに。夜になると暗闇が怖くて怖くて心臓がドクンドクンと音を立てていた。
「洋、眠れないの?」
眠れないでもぞもぞしていると安志が覗き込んで来た。その目はとても優しそうで、なんだかほっとした。
「安志……もしも、ママが死んじゃったらどうしよう」
「ばかだな。洋、そんなことあるはずないじゃないか。大丈夫だ! 絶対に大丈夫だから」
「本当に? 」
「うん絶対だ! 」
「ほらっ手を貸せよ。つないでいてやるから」
安志は俺の手をぎゅっと握ってくれた。必死に握ってくれた。その温もりが、すごく嬉しかった。
「ありがとう。あったかくなってきたよ」
****
あの時、俺たちはまだ七歳か八歳だったか。安志だって俺と同じ年だったのに、必死になって励ましてくれたな。あいつはいつだってそんな風に懐の深い奴だった。
「父さん、また来るよ。今、母さんと一緒にいるの?」
そう問いかけてみた。返事はないが爽やかな秋風が俺を通り抜けていった。
「俺は今……幸せだよ。父さんがいなくなってから辛くて大変だったよ。でも今はもう大丈夫。大丈夫だから安心して欲しい」
あの日安志が俺に言ってくれた言葉を繰り返しながら、父さんの眠る小高い丘を後にした。
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