重なる月

志生帆 海

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第6章

帰国 1

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「洋、行って来い。最終便の飛行機のチケットだ」
「えっだって、そんな」
「このタイミングでないと帰りにくいだろう」
「それは……」

 あれからホテルに一度戻って帰国の準備をするという安志を見送ると、行き違いで丈が戻って来た。俺は興奮し、あの時アメリカで助けた涼と安志が付き合っていることを伝えると、丈も驚いたようだったが、俺の頭をポンポンっと叩いて微笑んだ。

「そうか、そうなのか。良かったな安志くん。洋も良かったな」
「うーん、そうだね」

 俺としては、この夏、直接ではなかったが再会できた涼の美しく健康的な寝顔を思い出して、少しだけ複雑な気分になっていた。それにしても涼が恋の相手に男を選んでしまうなんて……血は争えないのか。なんてとんちんかんなことまで思ってしまう始末だ。

 まったく俺は涼の父兄でも何でもないのに心配性だよな。それにその相手が安志だなんて、何の運命の悪戯だか。安志の前ではあんなに素直に喜べたくせに、時間が経つと戸惑っている自分が嫌になる。

 今だから正直に言うと俺は安志のことが好きだ。幼馴染・友達・親友……言葉では言い表せない程の大切な存在だ。丈とは運命の定めの関係で揺らぎないし、丈を愛するのとは次元が違うのだが……でも……安志とは時が育てた大切な関係だ。

 こんな考え少し変だろうか。安志の恋の始まりが嬉しいのに少し寂しい。相手が俺とそっくりな涼ということも影響しているのだろうか。これはなんて自分勝手な考えなんだと思わず苦笑してしまう。

 そんな俺の歪んだ思考回路は丈にはバレバレのようで、しばらく俺のことを見つめた後、ため息まじりに日本への一時帰国を提案されてしまった。


「洋、安志くんのこと複雑なんだろう。自分の眼でしっかり二人のことを見て来るといい」
「……丈は余裕だな」
「まさか! 私だって心配だよ。安志くんはいい男だ。今回だって洋のこと救ってくれたしな」
「うん……」
「洋が一番困惑しているだろう。行って気持ちを整理しておいで。帰国は洋が秘かに願っていたことだろう」
「全く、流石……俺の丈だな。なんでもお見通しか」
「洋、おいで。行く前に抱かせてくれ」
「ありがとう。行かせてくれて」

 俺はソファに座っている丈の上に跨って、抱きついてキスを落とす。いい香りだ。丈の逞しい腕の中は落ち着く。森林のような香りに包まれると、途端に張り詰めていたものは溶けて…その森の中で深呼吸したくなる。

「この前は、寝落ちしちゃってごめん」
「……あれは酷かった」
「今日は、お詫びするよ」
「飛行機に乗り遅れるなよ」
「丈も気を付けてくれよ」

 丈が俺の髪にそっと触れてくる。優しく指を絡ませて梳いてくれると髪の毛一本一本にも神経が通っているかのようにトクントクンと心地よい刺激が届く。

 そのまま顎を掬われ、唇を重ね合う。俺と丈……合わさっていく重なり合っていく体温と体温。

 マイナスでもプラスでもない。二人で一つになるような感覚だ。

 唇を滑り落ちた丈の舌が、俺の首筋に沿って降りて来る。次に丈の手がせわしなく着ていたセーターをたくし上げ裾からすっと侵入してくる。俺の小さな胸の突起はすぐに見つけられ、指先で捏ねまわされる。幾度となく繰り返された愛の儀式は、いつものように俺の躰を甘い疼きで一杯にしていく。

 途端に、くぐもった声があがってしまう。

「んんっ……あっ」

 次に、首筋にピリッとした痛みを感じた。きつく吸われた跡は、あとで花びらのように俺の躰に鮮やかに咲くだろう。

「ふっ……丈の印か」
「……ただでは日本に行かせない」
「馬鹿だな、丈」
「ははっ洋、ここでするか、ベッドにいくか」
「もう待てない。スイッチが入ってしまったよ。ここで……今すぐに」
「洋、あまり煽るなよ」
「でも、しばらく会えなくなるから……」
「分かっている」

 慣れた手つきでセーターを脱がされ、上半身、裸になった俺の躰を、丈が愛おしそうに見つめてくる。明るい室内でじっと見られるのはいつも恥ずかしい。そして丈の顔がそっと近づいてきて、乳首を交互にわざと音を立てて舐めて……もう片方の手は、俺のズボンへと伸びていく。

「うわっ! ちょっと待って……」

 展開が早いっ! でも……嬉しい。丈が求めてくれている。こんなにも……

 布越しに大事な部分を刺激されればもどかしく、もっとちゃんと触って欲しくなってしまう。ソファから落ちそうになる躰は、しっかりと丈に抱きつくことでバランスを取っている。あぁもう布越しでは物足りない。なのにいつものように中へと挿れてこない。

「うっ……うう」

 中途半端な所まで高められ、また去っていく。何度も何度も繰り返されて俺は困惑してしまった。なんとなくじらされているような、もどかしい気持ちで苦しくて躰を何度も捩って、気が付くと自分から腰を振って丈の下半身へと擦りつけてしまっていた。

「洋、いやらしいな。そんなに自分から」
「だが……丈がじらすから」
「この前の仕返しだ」
「やっぱり酷い奴だな。君は……」

 上に乗っていた躰をくるりと反転させられて、丈が雄の眼で俺を見下ろしてくる。

 俺はこの顔が好きだ。俺のことを求めていつもの冷静さが影を潜めた丈の男らしい少し乱れた顔が好きだ。大人の男性らしい知性と官能のはざまを揺らぐ熱い視線に、躰が自然に震えていく。

「丈、早く……もっと…」

 深く……深く抱いて欲しい。

 俺が少しの間いなくても大丈夫なように。




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