重なる月

志生帆 海

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第5章

心はいつも共に 2

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 朝日に包まれ自然に目覚めた。真っ白な新しい1日だ。洗濯をしたばかりの白いシャツのような清潔感を部屋の空気に感じた。

 怒涛のような昨日の出来事……でももうすべて片付いた。今日からは生まれ変わったように、また前を向いて歩んでいきたい。

 隣でまだ寝ている丈を起こさないようにそっとベッドを抜け出し、キッチンへと向かった。冷たい空気に震えたが、丈が昨晩タイマーをかけてくれていたのだろう、炊き立てのご飯の甘い香りが、俺の鼻腔を刺激した。

「ふわふわのあったかい匂いだ」

 壁のカレンダーを見ると、赤いペンで数字が囲まれていた。これは俺も丈もフリーで仕事は休みという印だ。Kaiや安志の都合はどうだろうか。もし時間が合えば、昨日のお礼を直に告げたい。そう思い時計を確認すると、もう朝の九時前だった。

「えっ俺こんなに寝ていたのか」

 スマホを開き、二人へとメールを打ってみる。

 ランチの誘いだ。

 思い切って、あのKaiと行った江南の※盤浦漢江公園 へと誘ってみた。

※ソウルを東西に流れる漢江にかかる21の橋。その真ん中あたりにある「盤浦大橋」の南端が「盤浦漢江公園」。

 するとすぐに返事が返ってきた。

「やった!」

 偶然にも二人とも昼間時間が取れるとのことだった。ならば、どうしても作りたいものがある。あの安志と食べたおにぎりだ。それから夢中で男4人分のおにぎりを握った。丈はともかく、Kaiと安志は大食いだもんな。これで足りるかな。

 ふと気配を感じて隣を見ると、まだパジャマ姿の丈が立っていた。

「洋……おはよう」
「あっ丈、おはよう」
「具合はどうだ?」
「あっすっかり忘れていた。うん、もう大丈夫だ」

 穏やかな丈の笑みに、その場の空気が一層和んでいく。丈は不思議そうに……俺の手元をのぞき込んでくる。

「良かったよ。で……こんな朝から何をしている? 」
「皆で外でランチしようと思って」
「へぇ料理下手な洋が珍しいな。でもおにぎりだけは上手だな」
「ひどいなっ! 他だって随分ましになっただろ? 」
「そうか」

 そういえば丈と出会った頃、料理に関してはまったく才能がなくて、丈をよく呆れさせていたな。あの日本のテラスハウスの狭いキッチンで初めて触れ合った日、フライパンを炒める俺の手に添えられた温かい丈の温もり。あの時と今、丈は何も変わらない。いつだって穏やかに俺を包み込んでくれる。

「そんなところにいつまでも立っていないで、丈も手伝ってくれよ」
「……」
「何? 」
「洋、おはようのキスは? 」
「もうっほらっ」

 腰に手を回して顔を寄せてくる、丈の甘えた仕草がなんだか可愛いといったら失礼になるか。軽く啄むようなキスをして、俺はまたおにぎりを握りだしだ。

「……洋……なんか強くなったな」
「えっ……どういう意味? 」
「意地が悪くなった」
「ふふっ前向きになったの間違いだろ? 俺は今おにぎりを握ることに集中しているんだ」

 朝起きてから、なんだか明るくキラキラした気持ちだ。

 丈ともこんな風にたわいもない会話を出来る時間がまた戻って来て、それが愛おしくてしょうがないよ。深く深く丈を求める気持ちは、いつまでも変わらない。辛い体験を乗り越え、また一層深まっていくようだ。

 それと同時に俺のことを自分のことのように大切に考え守ってくれた安志とKaiにも早く会いたくてしょうがなかった。

 俺は……こんなにも周りに支えられて生きている。それが今はそれが心地よくて堪らない。

 『人』という漢字がそうであるように、人はひとりでは生きていけない。支えあって生きている。

「洋、今日は優しい表情だな」
「そうか」
「あぁとても幸せそうに見える」
「嬉しいよ」

 そうか……心が満たされていると、その気持ちが自然と表面に滲み出ていくものなのか。不安で怖くて寂しくて怯えていた俺とは、もうお別れだ。優しくて穏やかで愛おしい朝を、俺は丈と肩を並べて迎えた。

「眩しいな……」
「何だ?急に……」
「今朝はとても世界が眩しい」

 そう口にして、はっとした。

 遠い昔の俺も、確かにこの瞬間を味わえたはずだ。
 遠い昔のヨウ・洋月……君たちも、あれからこんな風に穏やかな時を過ごせたのだろう。
 何故か、そう確信が持てた。

「俺も感じたよ。同じ気持ちを……」

 そう過去に向かってそっと呟いた。






※このお話は『悲しい月』のその後のふたり『秋風に染まる光と共に』とリンクしています。
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