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第5章
変わっていく 2
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大学の講義を受けながら窓を見上げると、抜けるような秋の空が天高く広がっていた。
あの空の向こうには安志さんがいる。今頃何をしているのだろう。真面目な安志さんのことだから、僕のことなんて考えないで仕事に集中しているのだろう。朝からメールが一通もないことが少し寂しく、講義の終了のベルと共にもう一度スマホの画面を見つめてみた。
ふぅ……やっぱり来てないか。
その時誰かに頭をポンっと叩かれた。
「っつ、痛いな! 」
「月乃、おいっ何さっきから上の空なんだよ」
「えっ? 」
「そのスマホちょっと貸せよ~彼女からのメール待ちなんだろ」
「違うって、ちょっと返せよ! 」
冗談でスマホを見ようとする山岡とひとしきりじゃれ合って笑い合う。
「山岡こそ、彼女いるんだろ? 」
「あっ? 俺? 聞いてくれよっ。別れたばかりなんだよーだから俺寂しいっ! 月乃っ慰めてくれ」
抱きついてこようとする山岡から、ひょいっと躰をずらして逃げる。
「つれないなぁ」
「そうだったのか。まぁ環境変わるとしょうがないよな」
「そういう月乃には向こうでは彼女がいたんだろう? 」
「いや残念ながら、なんかモテなかったよ」
「またまた! あーお前、そっか男にモテそうだもんな。女顔だから」
「おいっ本気で怒るぞ! 」
まぁ間違ってはいないが……山岡の軽いジョークに適当に付き合いながら、教室を後にした。本当は安志さんと一緒に撮ったあの写真を見たかったが後にしよう。
「バスケ部行くか」
「ああ」
「よし、部室まで競争だな」
「ははっいいよ。勝った方がジュースおごりだぞ」
「了解! 」
そうだ、思いっきり、走ろう!
走ればもやもやした気持ちなんて飛んでいくはずだ。
本当は俺の大事な従兄弟の洋兄さんに、最近少し嫉妬してしまう自分が嫌だった。洋兄さんを探してくれと頼んだのは自分なのに、安志さんが捜索に夢中になり集中してしまうのが、寂しくなるなんてな。
本当は早く洋兄さんを見つけて、安志さんの気持ちを整理して、僕のところに戻ってきて欲しい。僕はこんなに心が狭かったのか、意地悪だったのか。
最近こんなことばかり考えてしまう自分が嫌になるよ。きっと離れているから、こんな気持ちになるのだ。無性に安志さんに会いたくて触れたくなって、自分自身の躰が妙に熱くて苦しいよ。
****
「あー通訳の君、今日はもういいよ。明日の八時から会議の最終打ち合わせだからよろしくな」
「あっはい」
良かった。今日はもう解放されるのか。明日のことを早く考えないと。落ち着け、絶対に解決方法があるはずだ。
退出してロッカーへ荷物を取りに行こうと一人歩いていると、後ろから近づいていて来た重役に突然腕を掴まれて、はっと我に返った。そのまま廊下の奥の暗い物陰に引きずり込まれてしまった。
「なっ」
「崔加くんご苦労だったね。明日の約束、分かっているだろうな」
重役の両手が俺の腰をグイッと引き寄せ、下半身をぐりぐりと密着させてくる。
うっ吐き気がする!
「ははっ、さっきから君のその色気のある思い詰めた顔を眺めていたら、こんなになってしまったぞ。なぁ明日じゃなくて今日にするか」
「なっ」
「君は日本にいた時もよくそんな風に緊張した顔をしていたな。全く嗜虐心を煽ってくれる。あの頃は君の父親の方が力を持ってたから逆らえなかったが、もう私の方がはるかに強い。はははっ」
「離せっ、約束が違う! やめろっ」
五十も過ぎているというのにギラギラとした目つきで、元ラグビー選手だったという重役とは体格差で敵わないのが悔しい。必死に手をつっぱり下半身の拘束を解こうともがいていると、遠くから話し声が近づいて来た。
この声は……Kaiだ!
「松本さん、お疲れ様!今日は一緒に仕事が出来て良かったです」
「……僕で大丈夫だったのかな」
「とても先方も喜んでいたし、松本さん、英語の発音もとても綺麗だから驚いた」
「えっ」
和やかな声が通り過ぎようとした時、Kaiが突然立ち止まったようだった。
「松本さん、俺、ちょっと上司に報告して来るから、先にロッカーに行ってもらっていいですか」
「うん、分かった。じゃあ、お疲れ様」
「はい。明日もよろしくお願いします!」
「ちっ邪魔が入ったな」
そのまま方向転換したKaiがこちらに向かってくるのを重役も察したらしく、俺をドンっと突き飛ばして消えて行った。
「洋だろ? そこにいるのは」
そのタイミングでKaiに声を掛けられたので、俺は慌てて乱れたスーツを直して返事をした。
「Kai……」
振り返ると、kaiが俺の顔を心配そうに見つめていた。
あの空の向こうには安志さんがいる。今頃何をしているのだろう。真面目な安志さんのことだから、僕のことなんて考えないで仕事に集中しているのだろう。朝からメールが一通もないことが少し寂しく、講義の終了のベルと共にもう一度スマホの画面を見つめてみた。
ふぅ……やっぱり来てないか。
その時誰かに頭をポンっと叩かれた。
「っつ、痛いな! 」
「月乃、おいっ何さっきから上の空なんだよ」
「えっ? 」
「そのスマホちょっと貸せよ~彼女からのメール待ちなんだろ」
「違うって、ちょっと返せよ! 」
冗談でスマホを見ようとする山岡とひとしきりじゃれ合って笑い合う。
「山岡こそ、彼女いるんだろ? 」
「あっ? 俺? 聞いてくれよっ。別れたばかりなんだよーだから俺寂しいっ! 月乃っ慰めてくれ」
抱きついてこようとする山岡から、ひょいっと躰をずらして逃げる。
「つれないなぁ」
「そうだったのか。まぁ環境変わるとしょうがないよな」
「そういう月乃には向こうでは彼女がいたんだろう? 」
「いや残念ながら、なんかモテなかったよ」
「またまた! あーお前、そっか男にモテそうだもんな。女顔だから」
「おいっ本気で怒るぞ! 」
まぁ間違ってはいないが……山岡の軽いジョークに適当に付き合いながら、教室を後にした。本当は安志さんと一緒に撮ったあの写真を見たかったが後にしよう。
「バスケ部行くか」
「ああ」
「よし、部室まで競争だな」
「ははっいいよ。勝った方がジュースおごりだぞ」
「了解! 」
そうだ、思いっきり、走ろう!
走ればもやもやした気持ちなんて飛んでいくはずだ。
本当は俺の大事な従兄弟の洋兄さんに、最近少し嫉妬してしまう自分が嫌だった。洋兄さんを探してくれと頼んだのは自分なのに、安志さんが捜索に夢中になり集中してしまうのが、寂しくなるなんてな。
本当は早く洋兄さんを見つけて、安志さんの気持ちを整理して、僕のところに戻ってきて欲しい。僕はこんなに心が狭かったのか、意地悪だったのか。
最近こんなことばかり考えてしまう自分が嫌になるよ。きっと離れているから、こんな気持ちになるのだ。無性に安志さんに会いたくて触れたくなって、自分自身の躰が妙に熱くて苦しいよ。
****
「あー通訳の君、今日はもういいよ。明日の八時から会議の最終打ち合わせだからよろしくな」
「あっはい」
良かった。今日はもう解放されるのか。明日のことを早く考えないと。落ち着け、絶対に解決方法があるはずだ。
退出してロッカーへ荷物を取りに行こうと一人歩いていると、後ろから近づいていて来た重役に突然腕を掴まれて、はっと我に返った。そのまま廊下の奥の暗い物陰に引きずり込まれてしまった。
「なっ」
「崔加くんご苦労だったね。明日の約束、分かっているだろうな」
重役の両手が俺の腰をグイッと引き寄せ、下半身をぐりぐりと密着させてくる。
うっ吐き気がする!
「ははっ、さっきから君のその色気のある思い詰めた顔を眺めていたら、こんなになってしまったぞ。なぁ明日じゃなくて今日にするか」
「なっ」
「君は日本にいた時もよくそんな風に緊張した顔をしていたな。全く嗜虐心を煽ってくれる。あの頃は君の父親の方が力を持ってたから逆らえなかったが、もう私の方がはるかに強い。はははっ」
「離せっ、約束が違う! やめろっ」
五十も過ぎているというのにギラギラとした目つきで、元ラグビー選手だったという重役とは体格差で敵わないのが悔しい。必死に手をつっぱり下半身の拘束を解こうともがいていると、遠くから話し声が近づいて来た。
この声は……Kaiだ!
「松本さん、お疲れ様!今日は一緒に仕事が出来て良かったです」
「……僕で大丈夫だったのかな」
「とても先方も喜んでいたし、松本さん、英語の発音もとても綺麗だから驚いた」
「えっ」
和やかな声が通り過ぎようとした時、Kaiが突然立ち止まったようだった。
「松本さん、俺、ちょっと上司に報告して来るから、先にロッカーに行ってもらっていいですか」
「うん、分かった。じゃあ、お疲れ様」
「はい。明日もよろしくお願いします!」
「ちっ邪魔が入ったな」
そのまま方向転換したKaiがこちらに向かってくるのを重役も察したらしく、俺をドンっと突き飛ばして消えて行った。
「洋だろ? そこにいるのは」
そのタイミングでKaiに声を掛けられたので、俺は慌てて乱れたスーツを直して返事をした。
「Kai……」
振り返ると、kaiが俺の顔を心配そうに見つめていた。
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