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第5章
すぐ傍にいる 12
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「次の会議は17時からなので、通訳さんは1時間休憩取っていいよ」
「……ありがとうございます」
やっと少しの間解放される。重役と同じ空間にいると思うだけで胃の中がムカムカしてくる。
そして安志……ドア付近に立っている安志のことをちらっと見るが、近寄っていく勇気が出ない。
お前は今仕事中なんだな。ボディガードをしているなんてお前らしい。スーツ姿でキリっと逞しい姿が眩しい。
それにしても……せっかく五年ぶりの再会なのに、俺はまだこんな姿しか見せられないなんて、本当に自分が情けなくなる。
顔を合わせられない。
ずっとずっと会いたかったのに、どうしていつもこうなのか。俺は……
そのまま安志が立っている横を俯いて通り過ぎ、化粧室に真っすぐ向かった。
冷たい水で俺は顔を洗い、それから何度も何度も口をゆすいだ。まさかあんな風に脅されていきなり唇を塞がれると思っていなかった。
悪い予感が的中した。本当に気持ちが悪い。この五年間、丈以外に許していなかった唇を、あんな奴の感触で浸食されるなんて……許せない! バシャバシャと大量の水で顔まで洗った。
顔を拭こうと鞄からタオルを取り出そうとすると、目の前にすっと差し出された。
「えっ……」
思わずその手の持ち主を辿ると安志だった。困ったような顔で俺のことを真っすぐ見つめている。
「あ……安志」
「洋、久しぶりだな」
「うん……驚いた」
「あぁ俺もだ」
「仕事で? 」
「ボディガードの仕事だよ。お前の担当の重役のな」
「……そうか」
偶然ではない。
きっと必然なんだろう。
こんな風に再会するなんて……
どうしよう……次に何を話すべきか戸惑ってしまう。
「洋……ずっと顔色悪いな」
安志の真っすぐな心で心配そうに顔を覗きこまれると、心まで見透かされそうで、思わず顔を背けてしまった。すると安志の指がそっと伸びて来て、ためらうように俺の唇に触れた。
「洋……ここ、唇が少し切れてるな。どうした? 」
「あっ……」
抵抗した時に歯がぶつかったんだろう。今頃になって唇の端からうっすら血の味がすることに気がついた。
「……何でもないよ。乾燥していたせいだ」
安志には、もう心配をかけたくない。五年前、俺が幸せになることを願って背中を押してくれたのに、今日になってあの重役のせいで、また五年前の世界へ引き戻されてしまったなんて到底言えるはずない。
「嘘だ! なんでもないはずない。俺には隠すな。何かあったのだろう? おい、ちゃんと話せ」
「……」
真っすぐ穢れない目で見つめられると、居たたまれなくなってしまう。もうお前にそんな風に見つめられる資格なんてない。俺は今さっき、また汚れた世界に戻ってしまった。
「俺には話せない? 話せないなら自分で調べるよ」
「うっ……駄目だ。そんなことするな! 安志に迷惑がっ」
駄目だ。
安志を巻き込んでは駄目だ。
そう思うのに、安志の優しい穏やかな声に心のガードがつい緩んでしまう。
もう安志を頼ってはいけない。そう思うのに……
「俺は洋の笑顔が見たい。だから洋が困っていることちゃんと話してくれ。今度はちゃんと最初から俺の手で助けてやりたい。洋にまた何かあったら、俺はずっと自分を責めるだろう」
「安志……」
「……ありがとうございます」
やっと少しの間解放される。重役と同じ空間にいると思うだけで胃の中がムカムカしてくる。
そして安志……ドア付近に立っている安志のことをちらっと見るが、近寄っていく勇気が出ない。
お前は今仕事中なんだな。ボディガードをしているなんてお前らしい。スーツ姿でキリっと逞しい姿が眩しい。
それにしても……せっかく五年ぶりの再会なのに、俺はまだこんな姿しか見せられないなんて、本当に自分が情けなくなる。
顔を合わせられない。
ずっとずっと会いたかったのに、どうしていつもこうなのか。俺は……
そのまま安志が立っている横を俯いて通り過ぎ、化粧室に真っすぐ向かった。
冷たい水で俺は顔を洗い、それから何度も何度も口をゆすいだ。まさかあんな風に脅されていきなり唇を塞がれると思っていなかった。
悪い予感が的中した。本当に気持ちが悪い。この五年間、丈以外に許していなかった唇を、あんな奴の感触で浸食されるなんて……許せない! バシャバシャと大量の水で顔まで洗った。
顔を拭こうと鞄からタオルを取り出そうとすると、目の前にすっと差し出された。
「えっ……」
思わずその手の持ち主を辿ると安志だった。困ったような顔で俺のことを真っすぐ見つめている。
「あ……安志」
「洋、久しぶりだな」
「うん……驚いた」
「あぁ俺もだ」
「仕事で? 」
「ボディガードの仕事だよ。お前の担当の重役のな」
「……そうか」
偶然ではない。
きっと必然なんだろう。
こんな風に再会するなんて……
どうしよう……次に何を話すべきか戸惑ってしまう。
「洋……ずっと顔色悪いな」
安志の真っすぐな心で心配そうに顔を覗きこまれると、心まで見透かされそうで、思わず顔を背けてしまった。すると安志の指がそっと伸びて来て、ためらうように俺の唇に触れた。
「洋……ここ、唇が少し切れてるな。どうした? 」
「あっ……」
抵抗した時に歯がぶつかったんだろう。今頃になって唇の端からうっすら血の味がすることに気がついた。
「……何でもないよ。乾燥していたせいだ」
安志には、もう心配をかけたくない。五年前、俺が幸せになることを願って背中を押してくれたのに、今日になってあの重役のせいで、また五年前の世界へ引き戻されてしまったなんて到底言えるはずない。
「嘘だ! なんでもないはずない。俺には隠すな。何かあったのだろう? おい、ちゃんと話せ」
「……」
真っすぐ穢れない目で見つめられると、居たたまれなくなってしまう。もうお前にそんな風に見つめられる資格なんてない。俺は今さっき、また汚れた世界に戻ってしまった。
「俺には話せない? 話せないなら自分で調べるよ」
「うっ……駄目だ。そんなことするな! 安志に迷惑がっ」
駄目だ。
安志を巻き込んでは駄目だ。
そう思うのに、安志の優しい穏やかな声に心のガードがつい緩んでしまう。
もう安志を頼ってはいけない。そう思うのに……
「俺は洋の笑顔が見たい。だから洋が困っていることちゃんと話してくれ。今度はちゃんと最初から俺の手で助けてやりたい。洋にまた何かあったら、俺はずっと自分を責めるだろう」
「安志……」
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