重なる月

志生帆 海

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第5章

すぐ傍にいる 1

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『 安志さんおはよう!気を付けて行ってきてね。講義があって見送りに行けなくて残念だよ。六日間寂しいけれども仕事頑張ってきてね。帰国日には空港に迎えに行くよ』

 涼からの可愛いメールを何度か読み返した後、横浜で二人で撮った写真をもう一度だけ見つめスマホを閉じた。

 よしっ!

 気持ちを入れ替え、飛行機の搭乗手続に向かう。これから先は仕事優先だ。クライアントの製薬会社の重役とはソウル便の搭乗口で待ち合わせをしている。

 あの人だな。約束の場所に黒いスーツの恰幅の良い中年の男性とその秘書が立っている。

「お待たせ致しました。SI警備の鷹野安志です。今日から帰国されるまでボディガードを務めさせていただきます」

「あぁ君か。なんだ随分若いな。なんか堅苦しそうな奴だな。全く私はいらないっていたんだが、社の方針でね。まぁよろしく頼むよ」

「はい、よろしくお願いします。」

 横柄なものいいで、侮蔑したような眼で俺のことを見るのが癪にさわったが、仕事だ。しょうがない……六日間の辛抱だ。割り切って仕事をしなくてはいけない。

『この飛行機の現地到着時刻はただいまの所十一時五分を予定しています』

 到着時刻は予定通りだな。向こうに着いたら通訳と現地のボディガード二人と落ち合う予定になっている。

 はたして洋のことを探す時間があるだろうか。少しでもいいから何か手掛かりが欲しい。

****

「丈、それじゃ空港に行ってくるね」
「あっそうか。空港までアメリカの代議士とやらをわざわざ迎えにいくのか。洋一人で大丈夫か」
「大丈夫だよ。心配性だな。Kaiも仕事には同行するし」
「やれやれ……Kaiは役得だな、気を付けていっておいで」
「んっ」

 出かけにいつものように洋を抱きしめキスを交わす。軽くのつもりが、つい舌を絡める濃厚なキスになってしまう。
 
 本当は片時も放したくない……なんて洋に告げたら怒られるだろう。

 洋だって男なのだから、守ってもらうだけでなく、ちゃんと自分の足で立っていたいと思っているのだ。もっとしっかり自立したいという気持ちが、特にアメリカから帰国して強くなっている気がする。

 だが洋が仕事へ行く時は無性に別れ難くて、ついぎゅっときつく抱きしめ執拗にキスをしてしまう。

「丈っ、もう……遅刻するよ」

 キスを途中でストップさせられて、私はちょっとむっとしてしまう。そんな私の些細な感情の変化を洋は見逃さない。洋は私の手を握りしめ、とびっきり甘い微笑みを浮かべながら、可愛いことを耳元で囁いてくる。

「丈、怒ったのか。続きは夜にな」

 参ったな。そんな甘い囁きに、私は滅法弱くなったものだ。

****

 玄関を開けると、Kaiが迎えの車にもたれて煙草を吸っていた。本当にKaiとこの地で出会えてよかった。俺のすべてを分かってくれている大切な友だ。

 俺に出来た二人目の大切な友……

「Kaiお待たせ」
「遅かったな」
「んっ悪い、出かけにちょっと」
「どうせまた丈がベタベタして離してくれなかったのだろう」

 いつもの調子で揶揄われるが、あながち間違っていないので、なんだか照れてしまう。

「違うっ」
「ははっまあいいや。今のところ飛行機は予定通り、十一時に金浦空港に到着だ、急ごう」
「了解っ」

 車は、空港へ向けて一気に加速していく。
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