重なる月

志生帆 海

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第5章

暁の星 10

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「すげっ!あいつ何者だ」

 月乃がコートに入って躰を慣らすためにドリブルをするなり、周りが一気にざわついた。皆が言う通り顔も綺麗だが、動きがとても綺麗なんだ。そうか、姿勢がいいんだ。真っすぐに前を見据える曇りなき眼が清々しい。ゴールの前で軽やかにジャンプして※クロスでいともたやすくゴールを決めていく。

「※レイアップが決まってるな!」

※クロス…踏み切る足が逆になったレイアップ
※レイアップとはバスケットボールで、ボールをゴールのリングの上に置くように放つシュートのこと。

「そろそろ試合始めるか」
「うん、いいよ」

 身体を慣らして気持ち良さそうな月乃が、額の汗を拭いながらにこっと笑顔で答える。

「月乃※ポイントガードやらないか」

※ポイントガード
ポイントガードの「ポイント」とは得点ではなく線路の分岐器 (ポイント) を意味し、チームの司令塔の役割を担う。そのため、ポイントガードは通常チーム内で最も器用な選手が務める。チーム戦術によっては大きな選手が務めることもあるが、センターやパワーフォワードとは違い高身長が要求されるわけではない。体格に関わりなく敏捷性、バスケットボールIQとリーダーシップが要求されるのは同じである。

「いいの?」
「あぁ」

 月乃はバスケをやるには少し背が低いのがネックだが、ポイントガードなら関係ない。問題はチームワークをよくできるかだ。

「了解!」
「ジャンプボールもいけよ」
「OK!」

 ボールが高くあがる。同時に月乃が周りの誰よりも高く飛び上がる。

「うわ!高いっ」

 まるで羽が生えたように軽やかに飛んだ。周りの奴らがみんな思わず歓声を上げてしまった。

「pass me!」

 あとはコートの中を縦横無尽に俊足で駆け巡り、パスをつないでいく。強気に突破していくが、決して出しゃばらず、人に任すことも知っている。

 うっ上手い!
 なんだあのフットワーク!
 流石本場仕込みだ!

 俺はますますその才能に惚れ込んだ。試合が終わるころには、相手チームもこちらのチームも皆、月乃の俊敏な動きの虜になっていた。

「Nice shot!」

 月乃の口から綺麗な発音の英語が零れていく。

 こいつ本当にすごい! 
 絶対このチームに欲しい!
 そう思わせるには十分な時間だった。

 試合が終わるころには、月乃はすっかりチームに溶け込んでいた。

****

「山岡またな!」
「あれ? お前そっち方面じゃないだろ? 」

 午後の講義の後。お願いだからバスケットボールの入部を前向きに考えてくれと切実に訴えながら、駅まで一緒に帰って来た。家は確か自由が丘だって聞いたのに渋谷方面の電車ではなく、逆方面に乗ろうとする月乃に思わず声をかけてしまった。

「あー今日はちょっと横浜に行くよ」
「なんの用? 買い物か映画? 俺も暇だから付き合うよ」
「ははっ、それはまた今度なっ」
「なんだよ。やっぱりデートか」
「またっ違うって」

 困ったように笑顔で首を振る月乃は、カッコよくて可愛い奴だと思った。

 絶対バスケ部に入部させてみせるぞ。お前と一緒のチームでプレイしたい!

****

 電車の中でもう一度スマホのメールを確かめる。安志さんからの返信は、短い言葉なのにとても温かい。

『涼、嬉しいよ。待っている』

 待っていてくれる。嬉しく思ってもらえた。

 そんな些細な言葉が僕の心を癒してくれる。出張に行ってしまう前に、写真を絶対に撮ろう。

 えっと『SI警備』ってここかな。

 約束の時間の少し前に、スマホのナビで調べながら辿り着いた。会社のロビーの様子を伺うと、スーツの人が出入りする立派な場所で気後れしてしまう。

 ふと自分の姿を見ると、ジーンズにスニーカーにリュック。どうみても安っぽい恰好の学生だ。しかも昼間にバスケを思いっきりしたから汗臭いんじゃないかって、気にもなってくる。

 やっぱり、こんな格好じゃ迷惑だな。そう思い、僕は会社を挟んだ向こう側の歩道で待つことに決めた。

 しばらくすると一台の黒い車が停まり、スーツ姿の安志さんが降りて来た。

「あっ安志さんっ」

 走り寄って声を掛けようと思ったが、どうやらまだ仕事中のようだ。隣には同僚らしき人がいて、身振り手振りを加えながら真剣な顔で話している。

 凄く凛々しい。

 仕事中はあんな顔をするんだ。安志さん……黒い短髪にスーツ姿が大人の男性といった感じでドキドキしてしまう。真っ白なワイシャツが安志さんらしい清潔感を出していて本当に精悍だ。

 あんな大人の人が僕なんかと一緒でいいのかな。そんな不安を感じさせるほど、会社で働いている安志さんの姿は素敵だった。

 そして安志さんのことが好きだという気持ちが、会えば会うほど増してくるのを改めて実感した。
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