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第5章
暁の星 5
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もう二十一時か。
急な海外出張の打ち合わせですっかり遅くなってしまった。一日中バタバタで昼間は一度も涼へメールすら出来なかった。
涼、今日が入学式だったのに悪かったな。「おめでとう」って直に言ってやりたかったな。
この時間になってやっと電車の中でスマホのメールをチェックできる。
「……」
思わず苦笑してしまった。
心の中でどこか期待していたんだ。涼から何度もメールが来ていることを……涼からの着信が表示されることを。
そんなに上手くいくはずないか。少しだけがっかりして、俺はスマホの電源を落とした。
入学式で友達でも出来たんだろうな。まだ十八歳か……若いよな。その頃の俺は周りなんてろくに見ずに、やりたいことをやって生きていたんだ。だから涼が俺に連絡しないなんて当たり前のことだよな。
それにしても俺はもう二十八歳だ。いい年になったものだ。
十年……
十歳……
その差は永遠に近づいてはくれない。十歳も年下の涼が、俺なんかを好きになってくれたこと自体が奇跡だ。電車に揺られながら、とりとめもないことばかり考えてしまった。
駅から家までの足取りも心なしか重い。この前は涼が遊びに来てくれたから心が弾んで仕方がなかったのに。
弱気になるな。こんな一人の生活にはもう慣れただろう。あの日洋を送り出してから、ずっとそうやって生きて来たじゃないか。相手は俺よりずっと若い。自由に羽ばたかせてやらないと駄目だ。
「えっ」
ため息交じりに、マンションの俺の部屋を見上げると灯りがついていた。
えっ……もしかして。
急いで階段を駆け上り玄関を開けると、やはり部屋に電気がついていた。
「お帰りさない!」
その途端にリビングからひょいっと涼の顔を覗く。その柔らかな鈴のような声が、耳に心地よい。
「涼、来ていたのか!」
嬉しさが半端なく、その後に続ける言葉が浮かばない。沈黙してしまった俺を、涼が少し不安げに見つめている。
「うん。今日は俺も入学式のあとガイダンスに出て、クラブ見学なんかもして忙しくて……全然連絡出来なくてごめんね。でもどうしても安志さんの顔見たくなってしまって、あの……駄目だった? 勝手にあがってごめんね」
涼は素直だ。感情を言葉に乗せて真っすぐに伝えてくれる。だから俺はその言葉を素直に受け止めればいい。
「涼、今日会えると思ってなかったから凄く嬉しいよ。ありがとう」
「ふふっ安志さん、僕のスーツ姿見たいって言っていたから」
「あっそうか」
改めて涼の全身を見ると、今朝見たあの紺色のノーブルなスーツ姿だった。
凄くいい。
まだ若い涼が、ネクタイをきっちり締めているのがまた何とも言えずいい。
「やっぱり似合っているな」
「そうかな? 首が苦しいよ。ネクタイはまだ慣れないよ」
首のネクタイを気にしながら、涼は俺の背中に手を回して甘えるように抱きついて来た。
「ふぅ……安志さんの香り……安心する」
「そうか。汗臭いだろ」
「全然……僕、今日疲れたよ。緊張した……新しい環境、新しい人との交流に」
「あっ涼、そうだ、大学入学おめでとう!」
「ありがとう、安志さん」
「あーお前が来てくれるって分かっていたらなにか美味しいもの買ってきたのに」
「そう思って、今日は僕がお弁当買って来たんだよ」
「本当か」
ダイニングテーブルを見ると、確かに弁当が二つ並んでいた。そして、その横に美味しそうなあんみつが置いてあるのを俺は見逃さなかった。
「おっ涼よくわかったな。俺が和風甘味好きだって」
「分かるよ~安志さんよく甘いのが好きだって顔してる」
「えっ俺がいつ?」
「それは……」
「おいっいつだよ~ちゃんと言えよ」
「あ……うん……それはね……僕とキスするとき……そう思ったから」
恥ずかしそうに頬をうっすら染めて答える涼が、滅茶苦茶、可愛くて悶絶してしまった。
「ねっ安志さん、もうネクタイ外してもいい? 喉が苦しくて」
そう言いながら苦し気に喉をくいっとあげる涼の仕草に、眩暈がしてきた。
な……何て無邪気に甘えてくる罪な奴なんだ。
急な海外出張の打ち合わせですっかり遅くなってしまった。一日中バタバタで昼間は一度も涼へメールすら出来なかった。
涼、今日が入学式だったのに悪かったな。「おめでとう」って直に言ってやりたかったな。
この時間になってやっと電車の中でスマホのメールをチェックできる。
「……」
思わず苦笑してしまった。
心の中でどこか期待していたんだ。涼から何度もメールが来ていることを……涼からの着信が表示されることを。
そんなに上手くいくはずないか。少しだけがっかりして、俺はスマホの電源を落とした。
入学式で友達でも出来たんだろうな。まだ十八歳か……若いよな。その頃の俺は周りなんてろくに見ずに、やりたいことをやって生きていたんだ。だから涼が俺に連絡しないなんて当たり前のことだよな。
それにしても俺はもう二十八歳だ。いい年になったものだ。
十年……
十歳……
その差は永遠に近づいてはくれない。十歳も年下の涼が、俺なんかを好きになってくれたこと自体が奇跡だ。電車に揺られながら、とりとめもないことばかり考えてしまった。
駅から家までの足取りも心なしか重い。この前は涼が遊びに来てくれたから心が弾んで仕方がなかったのに。
弱気になるな。こんな一人の生活にはもう慣れただろう。あの日洋を送り出してから、ずっとそうやって生きて来たじゃないか。相手は俺よりずっと若い。自由に羽ばたかせてやらないと駄目だ。
「えっ」
ため息交じりに、マンションの俺の部屋を見上げると灯りがついていた。
えっ……もしかして。
急いで階段を駆け上り玄関を開けると、やはり部屋に電気がついていた。
「お帰りさない!」
その途端にリビングからひょいっと涼の顔を覗く。その柔らかな鈴のような声が、耳に心地よい。
「涼、来ていたのか!」
嬉しさが半端なく、その後に続ける言葉が浮かばない。沈黙してしまった俺を、涼が少し不安げに見つめている。
「うん。今日は俺も入学式のあとガイダンスに出て、クラブ見学なんかもして忙しくて……全然連絡出来なくてごめんね。でもどうしても安志さんの顔見たくなってしまって、あの……駄目だった? 勝手にあがってごめんね」
涼は素直だ。感情を言葉に乗せて真っすぐに伝えてくれる。だから俺はその言葉を素直に受け止めればいい。
「涼、今日会えると思ってなかったから凄く嬉しいよ。ありがとう」
「ふふっ安志さん、僕のスーツ姿見たいって言っていたから」
「あっそうか」
改めて涼の全身を見ると、今朝見たあの紺色のノーブルなスーツ姿だった。
凄くいい。
まだ若い涼が、ネクタイをきっちり締めているのがまた何とも言えずいい。
「やっぱり似合っているな」
「そうかな? 首が苦しいよ。ネクタイはまだ慣れないよ」
首のネクタイを気にしながら、涼は俺の背中に手を回して甘えるように抱きついて来た。
「ふぅ……安志さんの香り……安心する」
「そうか。汗臭いだろ」
「全然……僕、今日疲れたよ。緊張した……新しい環境、新しい人との交流に」
「あっ涼、そうだ、大学入学おめでとう!」
「ありがとう、安志さん」
「あーお前が来てくれるって分かっていたらなにか美味しいもの買ってきたのに」
「そう思って、今日は僕がお弁当買って来たんだよ」
「本当か」
ダイニングテーブルを見ると、確かに弁当が二つ並んでいた。そして、その横に美味しそうなあんみつが置いてあるのを俺は見逃さなかった。
「おっ涼よくわかったな。俺が和風甘味好きだって」
「分かるよ~安志さんよく甘いのが好きだって顔してる」
「えっ俺がいつ?」
「それは……」
「おいっいつだよ~ちゃんと言えよ」
「あ……うん……それはね……僕とキスするとき……そう思ったから」
恥ずかしそうに頬をうっすら染めて答える涼が、滅茶苦茶、可愛くて悶絶してしまった。
「ねっ安志さん、もうネクタイ外してもいい? 喉が苦しくて」
そう言いながら苦し気に喉をくいっとあげる涼の仕草に、眩暈がしてきた。
な……何て無邪気に甘えてくる罪な奴なんだ。
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